紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

(9)奥様お手を

2022-09-18 11:09:30 | 江南文学56号(華の三重唱)16作
 受付にタキシードの男がいた。
「入場料は二千二百円です。手荷物は三百円と五百円のコインロッカーがありますから。お着替えは更衣室をご利用下さい。あ、スタッフをご希望でしたら申し込んで下さいね。三十分、二千円です」
 男が言い添えると、依子に笑顔を向けた。フロアーからサンバの曲が聞こえる。
更衣室の五百円のロッカーに、依子と徳子、孝江の三人分の荷物を詰め込んだ。
 孝江が、誰かからのプレゼントだと言って、ビーズ刺繍のついた黒いリボンを首に結んだ。徳子は、大きなイヤリングを輝かせている。
 ダンス習い立ての依子は、二人が眩しくて仕方がない。
 フロアーのまわりには椅子が並べてあり、男女の客が掛けている。
「独りで来ている男性が踊ってくれるわよ。依子さんは、スタッフを頼んだら」
 孝江が自分から男性客に近づいて行って、もうフロアーの真ん中に踊り出ている。徳子には、近くの男性が手を差し伸べた。初心者の依子は、壁際に取り残されてしまった。
 依子は、スタッフ案内所に行ってみた。女性スタッフの札は七個。男性スタッフの札が三十個ほどぶら下がっていて、既にみな出払っていた。壁に『初心者には丁寧にご指導致します』と書いてある。受付の男性が言った。
「空いた順番にお受けしています。予約はしていませんから、時々確かめに来て下さい」
 一時間後、やっと頼むことが出来た。
 タキシードのスタッフは「松山」と名乗った。二十代半ばだろうか。依子より二十センチくらい背が高い。
 三十分間に、何度か松山の靴を踏みつけた。その都度、松山は「いいんですよう」と笑った。左の八重歯が可愛いい。


江南文学56号掲載済「華の三重唱」シリーズ
初老の孝江と依子と徳子のプチ旅物語です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。



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