
微かに光が差し込んでいる。女はゆっくりと歩いていた。迷い込んだ時の焦りはない。小声で唄さえ歌っている。
「カツカツ」
気ぜわしい靴音が後ろからした。
痩せた男が、小脇に湿った臭いのカバンを抱えて、追いかけてきた。
「あのう、待ってください。よく歩調を乱さずに歩けますね」
「あなたは、この隧道に迷い込んで間がないのでしょう。目が慣れないだけですよ。わたしも最初はそうでした」
「一緒に歩いて頂けませんか」
「わたしの出口が見えてきました。ほら、この先に光が微かに見えるでしょう。あれがわたしの出口なのです」
「えっ・・・。僕には見えません。ただ、あなたの姿がぼんやり見えるだけです」
「ここでは、出口がみな別々なのよ。あなたの出口は、ご自分で探さなければね」
男は、闇に手を泳がせた。
「いま、何時ですか」
「ここには時間なんてないですよ」
「ない・・・?」
「ええ。楽しいことも、嬉しいことも、あなたなりにどうぞ」
「僕なりに? 僕はそれどころじゃない。一時も早く明るい陽を当てたい」
男は、顔を歪めた。
カビの生えたカバンは男の腕の中で変形し、破れた皮の間から、ビッシリと活字の印刷された書類がはみ出していた。
女は、佇んでしまった男に言った。
「出口を探すには、まずこの闇に慣れる事ね」
闇色にじっとりと染まった女は、ゆっくりと歩いて行った。
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