……(三月 掘削工事に)…………
三月二十五日(土) 晴れ
今日も朝から掘っては搬出の作業だけだ。
8時からの朝礼後、もうユンボ(掘削重機)はフル稼働だ。
ミニブルドーザーも持って来て地盤をフラットにしながらオペ(運転手)は飛び回っている。
「福原君、昨日は何㎥土を出したんだ?」と私。
「えッ?」
「今日は何㎥搬出予定なンだ?」
「・・・・(数量はどうやって計算すればいいのかナ、昨日の掘った所はこの辺りだから
大体200~230㎥かな・・・)」
「福原君、昨日は5台のダンプが何回、残土置き場間を往復したの?」
とやさしく聞いてみた。
「5~6回だと思います」
「バカモン!延台数ぐらい数えとけ!!」
と言いたいのをグッとこらえて、
「8時20分・11号車、35分・15号車という様に場外へ出て行った時間とダンプ車体番号を
メモしておきなさい。ダンプの往復時間によって明日のダンプの数、重機を増やす判断にも
なるし、一日に何㎥搬出したかもデータとして自分でつかむと以後楽だからネ」
「はい・・・(但し、俺今までそんな事したことないよ)」
とまあ親切と言うのか、おせっかいと言うのか一席ブッてしまった。
この事は私は今迄のどの現場でも、若手係員からケムたがられても、しつこく説いて来た。
中には(メモなどしなくても・・・今日のこと位覚えてるサ!)と強気なヤツもいた。
一週間後とか、掘削が終わってからとか、支払い精算時に
「あの時には確か・・・」
と状況をプレイバックしようとも、記憶が頼りならば何らデータがないので説得力すら出ない。
「あの時は10時~11時半迄はユンボのトラブルで搬出数が半減でした」
そう答えが出て来た職員は現場の第一戦に成長しているが、強気だったお方は………。
これからも福原君にはかなりキビシイ要求を出すが、頑張ってもらいたいと思う。
彼は積算課で3年勉強し、現場業務はここで三件目だがら次の行動を読むのがまだ弱い。
彼もそれを『弱み』と自覚しているので、この現場ではそこを重点補強ポイントとして
私も応援するし、最後まで頑張ってもらいたいと思う。
5時過ぎて日没近くになる迄仕事は終らず残業だ。
さぞかし残業手当てが多いと思える職業であるが、労働基準法の所在すら棚の上に祭ってし
まい無料奉仕、タダ働きと相い成るのだ。
残業時間は月に36時間迄と頭打ちに合い、早く帰れ、土休だ、日曜日全休だと業界筋
の『美辞麗句』をそのまま現場内に掲示しているのは、何の為だろうか。
昔は(オイルショック前頃まで)建設業は残業代で生活が成り立っていたのに、今は仕事
量は増えて残業代金のカットだから、何の為に働いているのか、フト悩む時もある。
仕事量と給与のバランスを考えていたら頭がプッツンして来そうになったので、今日は終
わりだ。
チャイムが鳴って作業終了という雰囲気が味あえる職業ではない事は確かだネ。
三月二十八日(火) 晴れ
今日も掘削で仕事内容は昨日と同じ。だが明日で終了出来そうな見通しは出てきた。
前日からの疑問〔仕事と給与のバランス〕について少し考えてみた。
―――建設業として工期迄に建物を完成させるのは絶対条件の一つである。
例え途中で大雨が続き、台風が来襲し、大雪で日本中がマヒしようとも
『工期厳守!』だ。
俗に言う『ケツは合わせる』のが当たり前の感覚だ。
現実に昨今の状況では『職人の絶対数』が不足しているが、何とかやり
くりして凌(しの)がねばならないと、所長は常におびえながらも工期に縛
られている。
当然、四六時中仕事に仕事・・・次の手配とその次の手配―――と
竣工迄は所長の思考はノンストップで爆発寸前だ。
予期せぬ事態の発生によるロスタイムが有っても、取り返せるだけの
日程を追い込んでおきたい。
そうなると必然的に毎日、そう毎日休みなく創り出しておかねば
ならない。
一歩でも前に進めようとアセる。だから朝の五時だろうと夜の夜中
だろうと現場に出ている。
あくまでも自主的にと解釈しておかないと、誰のタメにとか、残業
手当ても……とか言い出すと仕事への『ハリ』は出て来ない。
彼女は土休、週休二日、大型連休なンてトレンディな生活を送って
いるのに、現場の若手職員は次の日曜日さえ休めるかどうか分からな
い生活を送っている。
威勢のいい男たちの集団である建築現場に於いて、
「明日デートが有るので休ませて下さい」
とは恰好つかなくて言い出せない。
だから彼女にフラれてしまうのだ。
「遊ぶ女なんか相手にする事ないサ、現場がわかる女でないと
将来苦労するゼ」
なンて事を親方から哲学というか人生観を吹き込まれている独身者
もいる。
人生観に『仕事一本』とか『会社の為に』という考えは全くない。
楽しく生活出来て人並みに休みが有り、お金が何とかついて廻れば
満足なのだと思っている。
それが良い悪いとは言われないが、建設業界は体質が古い。
この古さを少しでも前進させようという気構えが欲しい。
なのに《仕方ないヤ》とか《まアいいサ》なンて言い、少し苦しいと、
「辞めようかと思っています、いつ迄も続けられる仕事と思って
ませんし………」
なンてよく耳にする。
「バッカヤロウ!なんて根性のない男だ―――」
と怒る私はもうオジングループにドップリと漬かっているという事
だろう。
あーア。イヤだ、イヤだ。
『建築現場は面白く、楽しい所だ』
という事を言いたかった私のテーマが、どんどん反対方向へ走ってしまう。
これではこの物語が続かないではないか・・・。
休日もない、給料も安い、危険だ、汚い、恰好悪い(以上全て頭にKが付く)
5Kの業界なのに何処が《面白い》のかを自問自答してみると・・・。
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