………………………(弋工の思い出 2)…………
鉄骨建方が始まった。
80㌧レッカーが2台、少し離れて45㌧レッカーが1台待機している。
先日地面に山積みしてある鉄骨を、45㌧レッカーで先ず柱から引きずり出して80㌧レッカーに柱を引き渡し、それを受け取って更に奥の80㌧レッカーに引き渡してから、やっと1台の柱が建つのである。
バケツリレーのように柱を2度手渡してから、柱が垂直になるように方向を変えてやっと柱を建てるのであるから、時間がかかっても鉄骨はなかなか建たない。
普通一日に30ピース(大小の30部材)ほどが取り付けの目安である。
昼まで作業しても遠い所から鉄骨を移動させていただけのようであり、だんだん焦って来る。
田の字にならなくてもせめて日の字のようになるまで、柱(コーナーの)4本と梁5本(周囲と中の1本)は繋いでおきたい。
それでも一日予定数の30分の9であるから、弋は今日、全く稼いだことにならない。
鉄骨建方の開始早々から、弋職人の周囲の空気は重くなってしまった。
それでも、三日間は耐えていた。
だが、四日目の朝礼時に弋さんが一人も来ていない。
今日からはトラックから直接吊り上げて、そのまま建てられる柱もある。
トラック3台はもう場内に入って荷降ろしを待っているのだが、肝心の弋さんがいない。
携帯電話のない(職長はポケベルを持たされていた)時代であるから、職人さんと連絡が付かないので、現場に現れるのを待つしかないが8時20分は廻っている。
朝礼が終わって、
「弋はどうした!いつ来るンだ!」
と周辺が騒がしくなった頃に、
「二日酔いで……、すぐには上に上がれんよ、福さん」
酔いが残っていれば上がれないのは当然だが、弋が鉄骨に上がれないでどうするンだ。
「じゃあ誰がこの荷を降ろすンだ?」
「アンタらで降ろしてくれ、まだ酔いが残っているから…」
だらしない職長であり、若い弋さんも下を向いているだけで何とも気まずい空気である。
刀を持っていたらブッタ切っているところだ。
「もう帰れ!宿舎に戻って寝てろ!」
弋は今までも不平タラタラ言いながら作業をしていて、周囲の意気が萎えている所に、チームワークを乱す態度は許せなかった。
足場組立ての弋さんにお願いして、トラックの荷物は降ろしたが鉄骨建方は休みとなった。
工事全体が遅れている所に、また遅れを重ねてしまったし、レッカー使用料も一日分無駄になってしまったのは私の短気からであり、所長にも鉄骨工事の関係者にも申し訳がなかった。
(雨が降って今日は高所作業が出来なかったンだ)
と自分に言い聞かせるしかなかった。
それ以後、弋は私の機嫌をとるかのように、少しは私の指示を聞くようになったようだった。
やっとのことで10日間が過ぎた頃、
「もう、帰ります!二度とこの現場には来ません……」
「何?何があったの?」
今度はレッカーのオペレーター(運転手)が蒼い顔をして来た。
《弋工の思い出3へ 続く》
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