建設現場の卵

建設現場からのエッセイ。「建設現場の子守唄」「建設現場の風来坊」に続く《建設現場の玉手箱》現場マンへ応援歌。

杭打工事 開始前にて

2022-06-13 06:49:21 | 建設現場 安全

  杭打工事 1

    四月  一日(土) 晴れ

 杭打業者の世話役さんと現場で会う約束をしていたので、朝から直接現場へ行った。
ふと空を見上げると公道と敷地の境界ライン上に高圧線(6600ボルト)があり、その下
に電話線と一般電線が走っている。

「あらあら困ったもンだ」と独り言だ。
でもこれは電力会社へ連絡をおこない即、接触予防の
対策としてカバーを取り付けるか、
配線の位置変更を依頼しよう。

今日の予定は杭のメーカー(Nコンクリート)の河合さんと現場で打ち合わせる事がポイント
だったのにいつしか電線、電気工事の方へ目が向いてしまった。

十時になった。杭打工事のオペレーターの清水さんも現場に来た。

「やア所長、久し振り……何時以来かねエ・・・。そう刑務所以来だね、もう二年近くになる
かねエ……。今回もよろしく」
「いえいえ、こちらこそ―――」
と久々の再会を喜び挨拶を交わした。

 えッ?今『刑務所』という言葉が出ましたネ。そうです私は刑務所にいたのです。
入所(
服役)していたのでは有りません。創ったのです。
約300m×250mの敷地の中に大小合わせて50
棟もの建物を16カ月で創った―――
この話はこれからも追々出て来るでしょう。

私達に取っても協力業者の方々にもインパクトの強い(多分私の生涯最大の『傑作物』だと
思う)現場であった。
刑務所か……懐かしいなア・・・。

 挨拶したと思う間もなく親方は場内一周し、ぐるッと上空を見て、
「所長、お茶飲みに行こう」
と近くの喫茶店へ出向く。

喫茶店に入っても親方の話の中で「刑務所」という言葉が時々出て来る。
おまけに私の会社
はレッキとした社名の中に〇〇建設ではなく建設ではなく『組』が付く。
(「一年一組」とは違うよ)

「組は今、忙しいみたいだねエ・・・」とか
組の仕事は儲かるからね」とか言いながらも、
「刑務所」という言葉を他の客が聞いた場合、
冷たい視線が飛び込んで来るのも感じられる。

私共のスタイル、風体、仕事着だと《さもあらん》と思われても仕方無いけれど、又、逆に
このチョイワル雰囲気を楽しんでいる気持ちも少しはあるみたいだ。

あっちの現場の話、こっちの現場での苦労話、ゴルフの話に職人の事情・・・。あっという
間に一時間も過ぎていた。

打ち合わせよりも親方の要望を一方的に聞いてしまうコーヒータイムとなった。
まアその中でも私の意見、段取り方法、工事予定等を打ち合わせして、また雑談となった。


           四月  五日(水) 晴れ

「基礎と杭は確認申請で変更がないので
『試験杭』を行って下さい」
と連絡が入った。

引っ掛かるのは『試験杭』だが、とにかく一本でも工事が出来る様にはなった。

この際試験杭と称して5本(建物コーナーと中央)打ってみようと欲を出す。

今回の工法は直径45㎝の杭穴を地表より8m迄開けて、そこへセメントミルク(セメントを
水で溶かしたもの) を注入し、既製の杭を入れ込み、杭の頭を押さえる様に静かに沈めて、
のセメントミルクで杭先端を固定する。

方法論を書けば実に簡単だが、作業には色々と問題点が有る。

杭孔を開ける(掘る)とその孔の量だけ当然「土」が出てくる。
地下水の層を貫通するから
水混じりの土(というよりヘドロに近いもの)があふれてくる。
長靴を履(はい)ていても膝近くま
でドロが上がって来るのに大した日数は掛からない。
このへドロを公道へ流出させない為にも、先日場内
を鋤取りしておいたのは『正解』だった。

何処が本杭と試験杭が違うのか説明しよう。

実際地下の支持地盤が一定(水平)であるとは限らない。
地盤はボーリング図(地質図)によってある程度の想定は付くものの、想定通りでない場合
が多い。
従って、建物敷地の対角線上に杭を打ち(試験打ち)そして杭の長さを決定するのだ。

支持層の確認は穴を掘った錐(きり)の先端にくっ付いて出て来た土の色、形状によって判断する。

設計事務所には構造担当者がいらっしゃる。
現地へ来て頂いて判断をして、たまに杭の位置を変更される先生もいらっしゃたものだ。

杭打業者は杭を打ってなんぼの世界だ。
杭を打たない日は巨大な機械の損料(使用料)は出
費となる。
だから、例えば試験杭だろうと本杭だろうと数多く打ちたいのは本音だ。

とにかく打ってしまうと見えなくなる杭だから、ミスは許されない。
(きり)をこれから打ち込む位置にセットしてX、Y方向に20m程度は離れた所から両方向共が
垂直になっているかを、オペレーターへ合図する。

手で頭をポンポン叩いて右へ動かせと合図する。
行き過ぎたら左へ腕を動かす。
そして打ち込み位置
と垂直度は決定する。(見た目の垂直ではあるが・・・)
オペレーターの計器盤では杭の垂直度はコンピューターで表れているの
だが、全く信用して
いない態度で仕事らしく振る舞うのだ。

掘削OKの笛を吹く。ギーコギーコと錐は回転しながら沈んでいった。

(そうだ、錐の長さを測っていなかった)
「親方、このオーガー(錐)何m掘ったか分かるのかね?」
「コンピューターで掘削長さが表示されるよ」と返事。

設計図に書いてある深さまで到達したのでオーガーを引き上げた。
杭先の地盤は錐の先にくっついているもの(土の種類・色)を確認して頂きOKだった。

結局、一本一本丁寧に支持地盤を確認しながら5本打設してしまった。
これで設計図通りの杭の長さで良い事が決定し、いよいよ工事が始まる事になった。


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