建設現場の卵

建設現場からのエッセイ。「建設現場の子守唄」「建設現場の風来坊」に続く《建設現場の玉手箱》現場マンへ応援歌。

プロローグ

2009-02-10 13:57:13 | Weblog
「やってられっか!」
と何度となく言おうとしたまま、尻もマクらずに現場所長を終わってしまった。
 終わったと言うのではなく、リストラされたのである。
「篩(ふるい)に掛ける」
と言う言葉があるが、建設現場で篩いを使う作業から思えば、私は篩いから落ちた砂なのか、篩いの網に残った土なのだろうか。
 落ちて行った砂ならば、使い道はいろいろあろう。
 網の上の土ならば「ポイッ」と捨てられる運命である。
 砂にせよ土にせよ、私のサラリーマン生活は終わったのである。
 
 しかし、終わったのは私ではなくて《建設業界》だったのかも知れない。
 
花形産業の時代とは遠い遠い昔の物語となってしまい、最近の建設業界で世間を騒がせているのはバブルの後遺症なのか、突発性ウイルスなのか罵詈雑言が氾濫している。
談合・耐震偽装設計・強度偽装建築・アスベスト飛散・耐火認定偽装工作・・・。
昔から土建屋用語として《手抜き》とか言っていた言葉さえ、可愛く見えるほど現在の建設業界は堕落しているように見える。
 早く身を引いたのが正解だったような気持ちが、無きにしも有らずである。

 何故この時代になって建設業界のイメージダウンが集中するのかである。
 我々が会社勤めの時代にはTQCとかOJTとかISOとかの会社方針を基に、口うるさがられて嫌々ながらも推し進めて来たものを、現役の人は継続する力が無いのである。
 リストラされたから言うのではないが、監理部門に人材が突如消えたからである。

 不確定要素の多い建設現場で、毎日のように変更・追加工事打ち合わせとか、近隣問題の円満解決には上司が総て決裁をしていたのであるから、その上司が定年退職やリストラで一気に会社から去ってしまった後を引き継ぐ体制が出来ていない。
 引き継いだ人が、係長から一気に部長に肩書きが昇進しても、問題処理を的確に指示する業務が全くの初心者であれば、会社の看板は誰が背負い、誰が最前線に起てるのか。
 一応組織内の系統はマニュアル化されていても、所詮、絵に描いた餅である。

 周りに最前線で命を削っていた人がいないのは、まるで船長のいない《難破船》である。
今まで上司に問題を解決してもらっていた人が、自らが指示命令を発するには力不足である。
 上司はいかに会社の責任(看板)を背負っていたのか、やっと分かったようである。
 虎の威を借る狐さんであったような人たちが、会社をこれから背負いハンコ一つ押す事の重さの意味を、今から勉強しようと思っているから先が読めない業界なのだ。
 決裁が遅いと不平を言っていた人が、決裁をする立場になって、先達よりももっと遅い決裁を下すのであるから、偽装も、事故も注意さえおろそかであり本質を見抜けない。
 出てくるのは建設業の看板を失墜させる話ばかりになるのも、当然であろう。

 協力業者さんの組織を見渡しても、創業者よりも二~三代目社長になっている会社が多い。
 ゼネコンも団塊の世代の管理職が同時に多数去って行ったので、二代目の監理者つまり引き継いだだけの人達が職場を仕切り始めているのである。
 船長のいない難破船に《羅針盤》がなく、目標の寄港場所も決断されないのだ。

 二代目の社長は親の景気の良い時代を見ていて、親の庇護の下で現場の職人さんに作業指示をしていて、仕事の深みを知らず、金儲けの旨みが目に入り、自分の時代になったら親父の背中を簡単に越せると思っていた筈だ。
 ところが、今、建設業界の不況にドップリと浸かってしまった様子で、酸素の少ない金魚鉢の金魚のように、餌と酸素を天から待っているだけで身動きさえ取れないのだ。
 動きたいけれども、時代が変わり、景気が変わってしまったのだと矛先をそむける。

不況のせいじゃない。
 二代目の経営方針が悪いのだ。
 二代目は創業社長の苦労を知らない若様であり、《二代目創業者》と肩書きを称しても、親の七光りがあろうともヒヨコのようなものである。
「親の七光り」を有効に使うのは、間違っていないし当然である。
 親の光がない人は、若様より厳しい風当たりの中を、今も堂々と渡り歩いているのである。
「不況が何だ、七光りが何だ」
と根性をみせている経営者と較べるまでもなく、若様の勝率は望むべくもなく低い。

先代が苦労して築き上げたものは信用であり、信用とは技術であり技術とは「人」なのです。

 職人さんの高齢化により先代が重用していた人が会社から去って行けば、もう若様には技術も信用もないのであるから勝てるはずもなく、会社を閉めるのは時間の問題である。
ゼネコンもしかり、と私は思う。
 
 建設業界から抜け出せない私が、本気で現場マンの未来を心配しているのである。

 私達は先輩からゲンコツをもらっても、未来に夢を描く事が出来て、重労働・多残業・低賃金・無休日等に耐えていたのはどうしてなのかを、今からの現場マンに語り伝えておきたい気分になってしまったのである。
 振り返って見れば、駆け出し時代の疑問、怒りや憤りを経験したが故に、私の楽しかった出来事は現場所長の時代に花が咲いたのかも知れません。
 建設現場では同じような作業は繰返されているのだし、近代化しているとは言え職人さん達の手作業には変わりなく、現場マンへ喜怒哀楽が伝わればと思いながら・・・。
 ゼネコンの所長の肩書きが無くなって、好きに言っている訳ではないが、言いたい事に圧力がかかる心配がない身分となったので、思いの総てを綴ってみたくなった。
 
91年の《建設現場の子守唄》では現場の楽しさを世間にアピールしたかったし、99年《建設現場の風来坊》では、若手現場マンに応援のメッセージとして語った続編としてこの《建設現場の玉手箱》を綴ったのである。
 リストラされたけれども、どうしてもこの業界から足が抜け出ない《建築馬鹿》である。
 ヘルメットを被り25年以上も働き続けた建設現場が私は好きでたまらないのである。
決して裏話などを暴露する為に執筆したのではない事を最初に伝えておきます。

今までは現場所長として、いわばその現場のトップとして君臨していた私が、一枚の紙切れで一転してしまい、建設業界を今度は底辺から見上げている《玉手箱》の話になった。
底辺から見上げ始めて以来、この建設業界の《まずさ》がよく見えるようにもなった。
 ゼネコンのカラーも各社様々が見えるのである。
 お坊ちゃんタイプ・長男タイプ・末っ子タイプ・なによりも殿様タイプが一番始末に悪い。
「よきに、はからえ」
 ならまだ救われるが、朝礼暮改の一言を振り廻しては責任転嫁に逃避する現場もある。
 会社のタイプとしては所長さん個人の人柄も現われるだろうが、ゼネコンにより協力会社と呼ぶのか下請け業者と見下ろすのか知らないが、職人さんの休憩所に入ると現場の雰囲気が明らかに違っているのだから、ゼネコンに対して下請け側からランクをつけるのは簡単だ。
 数社のゼネコンと取引がある協力会社の社長は、優劣を敏感に察しているものだ。
 
 建設現場とは下請け業者を寄せ集めて、ゼネコンは監理するだけの作業なのだから、所長の腹一つで使いたくない業者は拒否出来る。
 会社の背広組からの命令となれば、拒否したい業者でも使う場合がある。
 所長のサジ加減で現場を進めると思っているゼネコンもあるし、協力業者の社長の意見を大切にしているゼネコンもある。
「仕方なく使ってやっているのだ」
とあからさまに言う所長もいる。
 殿様タイプになるほど、命令は暴言となって、部下までが暴君に従順となる。
 
 現場の仕事をさせているのか、させてもらっているのか。
 現場の仕事をやらせているのか、やってもらっているのか。
 心のもち方ではなくて、《現場所長の器》の問題である。

 どれだけの職人さんが自分に付いて来てくれるのかを把握してもおらず、味方の兵隊がいないのに敵陣に一人で挑むような愚鈍なゼネコンの大将も見られる。
 所長としての器がなければ、現場仮囲いの中で、所長の為に命を削って迄働く人はいない。
 所長としての器、それも大きな器になれるかどうかは、副所長時代に決まる。
 しかし、副所長時代には現場監理が非常に多く、自分の時間はほとんど持てないものであるが、原価監理を所長にまかせて、工程・品質・安全に人間監理を加えた四監理を徹底的に学び鍛える事である。
 「イイ物を創ろう」から「儲けよう」に目標が変わってから原価監理は十分学べるものだ。
 モノ創りの世界にいて、監理する立場にいれば、段取りよく儲ける会社よりコツコツと地道な技術を持っている会社を応援する事だ。
 職人が手作業で創る技術には信用があり、信用と信頼が築ければ、人は集まって来ます。
 人が集まれば仕事も儲けも付随して来るものです。
 この人間監理をこの《玉手箱》を通して若手現場マンがどのように受け止めるのか、私のメッセージが伝わるのか、今なお、複雑な心境で話をしている。

《建設現場の子守唄》《建設現場の風来坊》では現場のあれこれを、自由に綴ったのであるが、第3弾となったこの《建設現場の玉手箱》は昔を振り返っての話から、次世代を担う現場マン達と彼たちのパートナーになって頂きたい人達に「現場魂」をどうしても伝えておきたく、又、受け継いで欲しいと願ったからである。

 建設現場に光を呼び戻せる若手現場マンを、応援する一人として・・・

      (続く)


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