「日本大学の目的及び使命」です。
日本大学は、日本精神にもとづき、道統をたっとび、憲章にしたがい、自主創造の気風をやしない、文化の進展をはかり、世界の平和と人類の福祉とに寄与することを目的とする
日本大学は、広く知識を世界にもとめて、深遠な学術を研究し、心身ともに健全な文化人を育成することを使命とする
最初に示されているとおり、日本大学は「日本精神にもとづき」設立されました。
日本大学の前身は、「日本法律学校」です。
明治時代に欧米の法律を研究する学校の設立が相次ぐなかで、日本の法律を研究する必要性を認識した人々によって設立されたのが「日本法律学校」です。
設立にかかわった人々は、「相続」や「時効」の重要性を把握していたといえるでしょう。
そこでは「西洋学」ではなく、「日本学」が教授されました。
これは私が教員として採用されたときの研修で教わったことなのですが、そのとき未熟だった私は教授に「具体的に日本学とは何ですか」と質問したことを覚えています。
「日本学」とは具体的にこういうものであるというのは難しいのです。
なぜなら「日本学」とは感性を重視した学問であり、「西洋学」のように理性を重視した学問ではないからです。
例えば「わび」、「さび」などを言葉で表現するのが難しいのがその理由です。
初代校長には金子堅太郎が就任しました。
金子堅太郎は明治憲法を制定した人物の一人です。
明治憲法は日本の歴史や伝統に基づき制定された憲法であって、「日本精神そのもの」であるといえます。
その金子が日本法律学校の初代校長であるというのは大変意義深いことです。
日本は明治以降、とにかく欧米文化を取り入れることに熱心であり、肝心の日本のことを忘れがちでした。
そのために生まれたのが「日本法律学校」であり、のちの「日本大学」なのです。
ちなみに金子は明治期の日本にはじめてエドマンド・バークを紹介した人物でもあります。
「日本」を研究する学校を設立したその理由もうなづけます。
日本人は自分の国のよさに気づくことが少ないようです。
日本をあらためて見つめなおすと、素晴らしい歴史や伝統を持つ国であると気づかされます。
日本大学の設立の精神は、母国の大切さを気づかせてくれる言葉なのです。
護国寺にある学祖山田顕義のお墓です。
竹村知洋