『世の中への道』(昭和4年発行)は私が所有している『小学生全集』の最終巻です。
『小学生全集』(全88部)は菊池寛が全力で編集にあたった小学生向けの読本です。
小学生向けのお話を集めたもので、偉人伝や古今東西の物語、図鑑のようなものまでたくさんの挿絵入りで昭和初期に販売されたものです。
最終ページに掲載されている小学生からのお便り欄をみても当時の小学生の国語力の高さがうかがえます。
日本の発展を支えたのは江戸時代から続く教育力の高さ、特に国語教育の充実にあることはあきらかです。
『世の中への道』は小学校を卒業し、これから世の中へ出る小学生向けに書かれた本です。
写真は雪の日に苦学生が納豆を売りに行く様子が描かれている絵です。
後ろで見守っているのはお姉さんでしょうか。
最初にある「はしがき」(小学生諸君へ)は、世の中へ出るにはどうすればよいか、という問いかけから始まります。
「人はパンのみに生くるものにあらず」、しかし「パンなくしては一日も生くることは出来ない」として生活の充実、特によりよく「金を儲けること」を強調しています。
小学校卒業後の現実的な生活の準備をするために、進学する道と就職する道を具体的に説明し、その心構えを熱く説いていきます。
苦学生のために学校の所在地や目的、修業年限、入学試験、学費を紹介しています。
その一つの学校として、旧制中学時代の「豊山中等予備学校」が記載されているのも興味深いです。
ちなみに「豊山中等予備学校」の入学試験は英語、数学で、入学金1円、授業料4円(ちょっと高め?!)です。
職業に関しても、職業紹介所から宿泊所や食堂、公務員の仕事のことなどかなり詳細に給料の記載まであります。
民間の仕事の良い就職先としては銀行員があげられていますが、驚くのは昇進に影響する学閥のことまで書いてあることです。
当時の世の中の状況からでしょうか、女子のための学校や職業の紹介もあります。
とても現在の状況からは想像できない早い段階から、大人と同じように社会の一員となることが必要とされた時代であったことがうかがわれます。
そして全体を通じていえることは、現実から目をそらすことなく、小学生をひたすら強く励ます言葉です。
「働くことのきらいな人にはよろしく人生を廃業して貰う外はない。」
「決して夢を見てはならない。」
「世の中へ出るには苦しみを覚悟しなければならない。楽をしようなどと思って出てきたらそれこそ大当て違いだ。しかし、苦しい中にも楽しみはある。その楽しみこそ、楽しみの中の又楽しみなのである。」
「疲れた顔を他人に見せてはならない。」
「うじ虫だって自分ひとりで生きている。してみると、自分で生き得ないということはうじ虫にも劣るということになるのである。」
「死んで償いが出来るか?」「否」である。絶対に「否」である。死んだからって決して起こったことがらが消えるわけはないのである。この点特に小学生諸君はよく知っていただきたい。
「道は必ずたった一つ一すじぎりだと思ってはならない。どんな道にも必ず曲がり角がある。四つ辻がある。不幸のすぐ隣には幸福が、幸福の隣にはすぐ近くに不幸が住んでいるのだ。」
最初から「これこれの仕事でなければいやだ!」などというものは、すでにして意志の人たるの資格を失っている。
『世の中への道』にかぎらず、『小学生全集』を読んでいると大変大人びており、厳しいなかにも優しさを感じる言葉が多く、私自身が励まされているような気持ちになることが多いです。
かつての日本人の人格や教養はこのように磨かれていたのだな、と感じることができ、それに比べて今はどうだろうかと恥ずかしくなります。
江戸から昭和初期の小学生が学んでいた教科書を集めたことがありますが、その一つに『実語教・童子教』があります。
あたたかみを感じる和紙に大変な達筆で書かれており、人間として大切な心構えが記されています。
玉不磨無光 無光為石瓦 (玉磨かざれば光なし、光なきを石瓦とす)
口是禍之門 舌是禍之根 (口は是わざわいの門 舌は是わざわいの根)
このような言葉は昔から現在まで受け継がれているもので、『実語教・童子教』に収められています。
かつての日本の子供たちはこのような書物で国語と道徳、文字を習っていたわけです。
とても私には適わず、頭が下がる思いです。
竹村知洋