日大豊山水泳部 活動日誌

インターハイでの総合優勝を目指して、日々練習に励んでいます。

全国中学校・インターハイの中止を受けて

2020-04-27 14:05:38 | 豊山の教え

2020年の全国中学校大会・インターハイの中止が決定されました。

日大豊山は「学校水泳」を中心としてクラブ活動を行っており、学校対抗試合の頂点である全国中学校大会とインターハイを最大の目標として活動しています。

今年は1年間の目標としてきた大会が失われたことになります。

特に中学3年生・高校3年生にとっては中学時代や高校時代の集大成となる年でした。

しかし大会がないからといってむなしさにとらわれ活動への意欲を失ったら、それこそウィルスに敗北したことになります。

このような事態に対してどう考え、何を為すべきか、日大豊山水泳部の活動方針を検討しました。

競泳選手にとってその年のシーズンは「夏」です。

チームの方針は、夏まではどのような状況にあっても選手として活動すべきである、と決めました。

学校やクラブ活動の再開がいつになるかは定かではありませんが、夏には未公認でも大会を実施したいと考えています。

目標はシーズンの最後をベストタイムで締めくくることです。

具体的なことは検討中ですが、できれば日本大学の付属校、東京都内・関東圏の学校、そして全国に近い形で規模を拡大し、学校の対抗戦を行うのです。

もちろん個人で参加してもよいですし、リレーも行います。

プログラムも作成し、きちんとしたルールに則って競技を行うのです。

中学3年生や高校3年生はそれを一つの区切りとして、次へのステップに移ってほしいという思いがあります。

クラブとしての活動は緊急事態宣言が出てから不十分なものでしたが、今後さらにクラブの休止が長引きそうであれば、もっとICTを有効に生かしてトレーニングや理論の学習をしようと考えています。

普段はなかなかできないことでもこれを機会にできることがあるはずです。

そして今シーズンをベストタイムで締めくくることができたら、コロナウィルスに対する勝利だといえるでしょう。

今は外出自粛中であり人との交流も減少していますから、色々なチームと合同練習をすることも考えています。

私たちの考え方に賛同していただける選手やチームがありましたらご連絡いただき、活動再開後には是非盛り上がる大会や練習を実施しましょう。

私たちの最大の敵は、コロナウィルスの影響で社会的・経済的損失から生まれる「無気力」です。

考えることをやめたら「無気力」から「絶望」に陥ります。

今は人間に与えられた知恵を最大限に生かしてできることを考え、再び活気ある日々が来たときのために準備をしたいと考えています。

竹村知洋

 

 

 

 

 

 

 

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

首里城と伝統文化

2019-11-06 15:35:12 | 豊山の教え

先日、沖縄県の首里城が火災により失われ、大きなニュースとしてとりあげられています。

首里城は琉球王朝の王城として建築された城です。

守礼門が2千円札に使われていることでも知られています。

首里城は戦争で被災したあと、何十年もの歳月をかけて復元されたそうです。

城は漆塗りで消失前の塗り直し作業では、より琉球王国時代に近い工程と技法で作業が行われたということです。

つまり首里城は「漆の工芸品」ともいうべき、日本で唯一の朱(あか)い城なのです。

その沖縄県のシンボルともいうべき城が、わずか一晩で壊滅的な被害を受けてしまったという衝撃的な出来事が現実として起きてしまいました。

その後復元に関してのニュースの中で、首里城の正殿に使われている瓦を再現するのは不可能であるということも判明しました。

正殿に使用された5万5千枚の瓦は、現在は採取が困難な土を原料にしていることやその土を使って瓦をつくる職人がいないということです。

首里城は琉球の伝統によって造られた城ですが、このことは一度失われたものを復元することの困難さを物語っています。

伝統は「精神の形」であって人から人へと伝えられるものです。

パソコンのDATAとして保存できるものではありません。

日大豊山の水泳部にも100年を超える伝統がありますが、これも歴代の顧問・コーチ・選手により受け継がれてきたものです。

日大豊山は「学校水泳」という「精神の形」を伝統とし、スポーツと学業と生活を教員と共にすることで人間教育に取り組んでいます。

同じ志をもつ生徒が様々な方々の協力を得ながら、切磋琢磨する毎日を送っているのです。

これも日大豊山高校の水泳部が存続してこそ成り立っている教育のありかたです。

伝統を守り継続することには大変な困難が伴います。

ましてや一度失われてしまったものを取り戻すということは何倍もの時間や労力を要するものです。

私も何度か首里城を見学しましたが、その美しさに伝統の素晴らしさを感じた一人です。

いつかその美しさを見る日が来ることを祈っています。

竹村知洋

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中学・高校 日本一  日大豊山水泳部「伝統の力」

2018-08-24 10:24:53 | 豊山の教え

2018年、全国中学校・インターハイで共に総合優勝を達成することができました。

昨年に引き続き2年連続で中学・高校水泳部の日本一になることができました。

日大豊山水泳部の特色は、「学校水泳」にあります。

全員が学校のクラブ活動に所属し、同じプールで練習をしています。

寮生活や授業を共にし、同じ目標に向かって毎日を過ごしています。

現在では、男子校も貴重な存在となっています。

特に今年は数多くの困難に直面しながら活動してきました。

そのようななかで中学・高校ともに優勝することができたのは、ひとえに多くの方々のご協力、ご支援の賜物です。

そして、困難にもめげずに立ち向かった日大豊山水泳部の「伝統の力」にあります。

今年の水泳部は創部から106年目をむかえています。

1世紀以上にわたり諸先輩方が築いてこられた歴史と伝統が日大豊山水泳部を支えています。

伝統は、長い歴史によって磨かれてきた積み重ねによって生まれてきたものです。

伝統には物事のバランスを保つ力があります。

崩れそうになるものを支え、安定させることができます。

伝統とは、長年に渡って受け継がれてきた「精神の型」なのです。

日大豊山水泳部の「精神の型」は、「55の教え」にあります。

如何なることがあってもその教えに立ち返ることで、平衡を保つことができます。

試合ではリレー種目でその力を発揮することができます。

卒業後は水泳を通じて経験し、学んだことが社会での仕事や生活に活きることでしょう。

今年の成果は、皆さま方のご支援と「伝統の力」によって生み出されたものです。

これまで日大豊山水泳部を支えて下さった多くの方々に深く感謝申し上げます。

そして、今後も変わらぬご支援の程、何卒よろしくお願い申し上げます。

竹村知洋

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『身になる練習法 日大豊山式4泳法強化法』について

2018-05-13 08:22:51 | 豊山の教え

スイミングマガジン6月号に本の広告が掲載されておりますので、本の特徴を説明致します。

この本はあくまでも「日大豊山式」の強化法であって、決して「竹村式」ではありません。

今まで日大豊山に受け継がれてきた水泳やチームのことについてまとめた本です。

日大豊山の水泳部は創部以来、100年以上の歴史があります。

そこには歴代の監督やコーチ、選手が築き上げてきた伝統が活きています。

その教えの中心となる部分に関して、特に水泳のことをメインにチームづくりやメンタル面も書き加えてあります。

私個人の考えというのはありません。

長い時間をかけて磨き上げられてきた教えなので、特別な考えというものはなく、誰でも安心して取り組むことができるものです。

この本には日大豊山水泳部のすべてとはいえませんが、かなりの部分が掲載されています。

特色としては、学校教育の一環としての選手育成であることや男子力の向上、チームとしての戦い方にあります。

練習メニューが豊富に掲載されている点も特色の一つです。

この本を出版した時に、「こんなに人に教えていいのですか」と何人かの人に言われました。

もともと学校教育は開かれたものであり、秘密にしていることなど何もありません。

日大豊山ではいつでも練習体験や見学を受け付けています。

この本を参考にして、よりよいクラブ活動や選手育成に少しでも役立てて頂けたら、こんなにうれしいことはありません。

書店やアマゾンなどで取り扱っていますので、是非ご覧いただきたいと思います。

竹村知洋

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

努力の3原則 「やめない・あきらめない・うたがわない」

2017-02-21 06:43:35 | 豊山の教え

私には今までの経験から生まれた「努力の3原則」があります。

それが「やめない・あきらめない・うたがわない」です。

それを教えてくれたのは自然界に生きる生物たちです。

最近も2月19日(日)21:00にNHKで放送されたプラネットアースⅡを見たときにそれを強く感じました。

www.nhk.or.jp/nature/feature/planetearth2/

生まれた瞬間にヘビの大群に襲われて逃げのびようと走るイグアナ、エサを取りに荒波の海へ飛び込むペンギンなど生命のたくましさを感じさせる場面が多く取り上げられた番組です。

自然界に生きる生物は、自分の生命が尽きるその時まで決してやめず、あきらめず、うたがうことをしません。

これを自分にあてはめて考えたのが「努力の3原則」です。

1、「やめない」とは、成功するまでやめないだけでなく、成功してもやめないことです。

2、「あきらめない」とは、可能性があってもなくても、自分の目的を達するまで決してあきらめないことです。

3、「うたがわない」とは、自分の能力をうたがわないことです。

自然界の生命は、最後の瞬間まで全力を尽くします。

限界を設けず、だめかもしれないなどということは考えません。

ただひたすら、自分の生命をまっとうするだけです。

私が尊敬するチャーチルは首相就任演説で次のような言葉を残しています。

「勝利なくして生きのびる道はない」(『第二次世界大戦』)

(For without victory their is no survival)

西郷が言うように、生きるということに関して困難があるのは当たり前のことであり、何かを成し遂げようとしたら、よりその困難は大きくなることでしょう。

しかし、それこそがやりがいのある人生であり、生きる価値に値するものです。

プラネットアースⅡは自然界の生命の力強さを感じさせてくれ、改めて「努力の3原則」を自覚できた番組です。

今日の朝練の光景です。

朝練前に準備運動する選手。

竹村知洋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あの言葉この言葉 番外編 「なぜ一番にならない」

2017-02-14 05:55:48 | 豊山の教え

この言葉は「巨人の星」第10話「日本一の父 一徹」に出てくる言葉です。

模擬テストで4番だった星飛雄馬は担任や姉からほめられたり、自分でも満足していました。

しかし、帰ってきた父一徹に言われたのが「なぜ一番にならない」だったのです。

叱られてしぶしぶ机に向かう飛雄馬ですが、父が言ったのは勉強の前に「キャッチボールだ」です。

根性の塊のような飛雄馬ですが、まだ中学生ですからさすがに疲労を口にしていました。

その飛雄馬に一徹は「心配するな、勉強しすぎて死んだやつはいない」、「学問の孤独に耐えることができなくて、マウンドの孤独に耐えることができると思うのか」と叱咤します。

そして、面接官にバカにされながらも、倍率15倍という難関高校の入学試験をほぼ全科目満点で合格したのでした。

スパルタ教育の典型的ともいえる父ですが、近年このような子供に対する厳しさは失われているようです。

現代の教育は昔に比べたら、できるだけ苦しい思いやつらい思いをしないですむように、まるで温室で育てるような育て方をしています。

温室育ちは中にいるときは元気なのですが、外に出たとたんその弱さを露呈します。

厳しさに慣れていないせいか、ちょっとした問題も乗り越えることができず、すぐにへこたれてしまうようです。

子育てに関して、江戸時代の武士の母親の厳しさを伝える話があります。

子供が鬼ごっこをしているときに転んで、片目に竹が突き刺さり失明する大けがをしたときの話です。

泣いている子供に対して母親が言った言葉です。

「武士の子が片目を失ったぐらいで泣くのか」

何という気丈な母親でしょうか、そのような厳しい環境のなかで育てられた子供は立派に成長します。

その子は山地元治で、幕末から明治にかけて陸軍軍人として活躍し、最後は陸軍中将として天皇から褒賞を受けた人物として歴史に名を残しています。

私が実際に経験したことでは、水泳部の成績に関して井上敦雄先生に言われた一言が強い記憶として残っています。

20代後半頃の話で、前年まで成績が低迷していたところ、その年はインターハイ優勝者が2名、リレーでも優勝し、男子総合第2位、夏季JOでは高校記録を樹立する選手もいました。

そのときに井上先生に言われた一言です。

「まあまあだったな」

井上先生に褒められるというのは大変難しいことです。

関東大会からインターハイまでに100mで1~2秒、200mで3~4秒を縮めるベストタイムを出すこと、実績のない選手でも伸ばすこと、レース展開は前半から飛び出して後半さらに引き離すことなど厳しい条件をすべてクリアしなければ評価されません。

私自身、まあまあ満足した結果だったのでそれでよいのですが、豊山水泳部の厳しさを実感する言葉でした。

インターハイで総合優勝した時もレース内容がよいものではなく、評価されるまでには至らなかったことを覚えています。

目標を高く持って自分に厳しくなければ、他人を強くすることはできません。

見習うべきは昔の人たちのたくましさ、それが「生きる力の強さ」です。

今後も「なぜ一番にならない」という精神を忘れずにいたいと思います。

竹村知洋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あの言葉この言葉10 「あいさつ・感謝・思いやり」

2017-02-13 05:55:56 | 豊山の教え

この言葉は日大豊山水泳部前監督の井上敦雄先生が繰り返し、生徒たちに教えていたことです。

あいさつをすること、感謝の気持ちを持つこと、相手を思いやることです。

いずれも人間関係にとって大切なことで、昔から今までも、そしてこれからもずっと変わりません。

『小学生全集』は繰り返し「えらい人」になることを説いていますが、その「えらい人」というのは社会的な地位が高いというだけでなく、人格的にも優れた人を指します。

「えらい人」は、人を大切にする人です。

人を大切にするということは、打算ではなく、「情」で接する人です。

西郷のために立ち上がった薩摩の人々は、西郷の情に応えるためだったのでしょう。

伝統の大切さはエドマンド・バークが教えてくれ、それを受け継いだチャーチルは後世に過去から学ぶことの大切さを伝えました。

学校では「日本大学の目的及び使命」がそれを示しており、校訓「強く正しく大らかに」に受け継がれています。

「強さ」は「男の強さ」です。

それは生きる力やたくましさというものです。

自分に厳しく、身体を鍛え、忍耐心を養い、つらくてもあきらめずに困難に立ち向かう強さを持つことです。

「正しさ」は人間関係を大切にする道徳です。

それがあいさつ、感謝、思いやりです。

先人から受け継がれたことを実践し、次の世代に伝えることです。

「大らかさ」は目の前の小さなことにとらわれず、大局に立ち、長期的視野で物事を見ることです。

それができれば「真の男」であり、立派な社会人として生きていくことができるはずです。

これからも日大豊山は「強く正しく大らかな」男子の育成を続けていきます。

竹村知洋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あの言葉この言葉9 「世の中への道」

2017-02-12 06:04:19 | 豊山の教え

『世の中への道』(昭和4年発行)は私が所有している『小学生全集』の最終巻です。

『小学生全集』(全88部)は菊池寛が全力で編集にあたった小学生向けの読本です。

小学生向けのお話を集めたもので、偉人伝や古今東西の物語、図鑑のようなものまでたくさんの挿絵入りで昭和初期に販売されたものです。

最終ページに掲載されている小学生からのお便り欄をみても当時の小学生の国語力の高さがうかがえます。

日本の発展を支えたのは江戸時代から続く教育力の高さ、特に国語教育の充実にあることはあきらかです。

『世の中への道』は小学校を卒業し、これから世の中へ出る小学生向けに書かれた本です。

写真は雪の日に苦学生が納豆を売りに行く様子が描かれている絵です。

後ろで見守っているのはお姉さんでしょうか。

最初にある「はしがき」(小学生諸君へ)は、世の中へ出るにはどうすればよいか、という問いかけから始まります。

「人はパンのみに生くるものにあらず」、しかし「パンなくしては一日も生くることは出来ない」として生活の充実、特によりよく「金を儲けること」を強調しています。

小学校卒業後の現実的な生活の準備をするために、進学する道と就職する道を具体的に説明し、その心構えを熱く説いていきます。

苦学生のために学校の所在地や目的、修業年限、入学試験、学費を紹介しています。

その一つの学校として、旧制中学時代の「豊山中等予備学校」が記載されているのも興味深いです。

ちなみに「豊山中等予備学校」の入学試験は英語、数学で、入学金1円、授業料4円(ちょっと高め?!)です。

職業に関しても、職業紹介所から宿泊所や食堂、公務員の仕事のことなどかなり詳細に給料の記載まであります。

民間の仕事の良い就職先としては銀行員があげられていますが、驚くのは昇進に影響する学閥のことまで書いてあることです。

当時の世の中の状況からでしょうか、女子のための学校や職業の紹介もあります。

とても現在の状況からは想像できない早い段階から、大人と同じように社会の一員となることが必要とされた時代であったことがうかがわれます。

そして全体を通じていえることは、現実から目をそらすことなく、小学生をひたすら強く励ます言葉です。

「働くことのきらいな人にはよろしく人生を廃業して貰う外はない。」

「決して夢を見てはならない。」

「世の中へ出るには苦しみを覚悟しなければならない。楽をしようなどと思って出てきたらそれこそ大当て違いだ。しかし、苦しい中にも楽しみはある。その楽しみこそ、楽しみの中の又楽しみなのである。」

「疲れた顔を他人に見せてはならない。」

「うじ虫だって自分ひとりで生きている。してみると、自分で生き得ないということはうじ虫にも劣るということになるのである。」

「死んで償いが出来るか?」「否」である。絶対に「否」である。死んだからって決して起こったことがらが消えるわけはないのである。この点特に小学生諸君はよく知っていただきたい。

「道は必ずたった一つ一すじぎりだと思ってはならない。どんな道にも必ず曲がり角がある。四つ辻がある。不幸のすぐ隣には幸福が、幸福の隣にはすぐ近くに不幸が住んでいるのだ。」

最初から「これこれの仕事でなければいやだ!」などというものは、すでにして意志の人たるの資格を失っている。

『世の中への道』にかぎらず、『小学生全集』を読んでいると大変大人びており、厳しいなかにも優しさを感じる言葉が多く、私自身が励まされているような気持ちになることが多いです。

かつての日本人の人格や教養はこのように磨かれていたのだな、と感じることができ、それに比べて今はどうだろうかと恥ずかしくなります。

江戸から昭和初期の小学生が学んでいた教科書を集めたことがありますが、その一つに『実語教・童子教』があります。

あたたかみを感じる和紙に大変な達筆で書かれており、人間として大切な心構えが記されています。

玉不磨無光 無光為石瓦 (玉磨かざれば光なし、光なきを石瓦とす)

口是禍之門 舌是禍之根 (口は是わざわいの門 舌は是わざわいの根)

このような言葉は昔から現在まで受け継がれているもので、『実語教・童子教』に収められています。

かつての日本の子供たちはこのような書物で国語と道徳、文字を習っていたわけです。

とても私には適わず、頭が下がる思いです。

竹村知洋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あの言葉この言葉8 「“the Unnecessary War”」

2017-02-11 05:32:44 | 豊山の教え

政治家として最も偉大な人物はだれかといわれたら、ウィンストン・チャーチルをあげます。

これはチャーチルが第二次世界大戦後に著した『第二次世界大戦』の序文から引用した言葉です。

ルーズベルト大統領から今回の戦争をなんと呼ぶべきか、と問われたときにチャーチルが即座に答えた言葉が「the Unnecessary War」だったのです。

日本語版ではこの言葉を「無益の戦争」と訳していますが、その後の文脈を考えると「不要の戦争」と訳すこともできます。

なぜなら今回の戦争ほど防止することが容易だった戦争はなかった(a war more easy to stop)とチャーチルが考えているからです。

詳しい内容は本書にゆずりますが、大切なことは第二次世界大戦は「不必要」で「利益の無い」戦争であったという認識をもつことであり、今後にその教訓を生かすためには、過去を深く考えることが必要であるということです。

私はチャーチルがノーベル文を受賞したこの作品をよく知るために原著も購入して読み比べました。

チャーチルは、人類が大戦後になおも平和と安全を発見することができず、さらに一段と大きな危険(even worse perils)に当面しており、人類の悲劇は頂点に達している(the human tragedy reaches its climax)としています。

ここでチャーチルが言う「さらに一段と大きな悲劇」とは、米ソの冷戦を指しています。

チャーチルが予言したとおり、大戦後に朝鮮戦争やベトナム戦争という米ソの代理戦争がすぐに勃発し、さらに多くの血が流れる結果となりました。

今後も「the Unnecessary War」を行わないためにチャーチルが『第二次世界大戦』を著して願ったことは、次の言葉に要約されています。

It is my earnest hope that pondering upon the past may give guidance in days to come, enable a new generation to repair some of the errors of former years, and thus govern, in accordance with the needs and glory of man, the awful unfolding scene of the future.

過去を深く考えることが来るべき日々の手引きとなり、次の世代がかつての過ちを少しでも是正すること、それにより人類の必要性と栄光に従って、恐るべき未来の光景の展開を抑制できることを私は心から願っている。

チャーチルは、私たちが過去を深く考えること(pondering upon the past)で、かつての過ちを少しでも是正すること(to repair some of the errors)を願っています。

その後も繰り返されている戦争を考えると、私たちは過去から学んだ教訓を十分に生かしているとは言い難い状況にあるようです。

大臣や首相という重要ポストの政治家として二度の大戦を経験したチャーチルの『第二次世界大戦』は、過去を手引き(guidance)とすることの重要性を教えてくれる本です

竹村知洋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あの言葉この言葉7 「道を行ふ者は、困より困厄に逢うものなり」

2017-02-10 08:38:34 | 豊山の教え

西郷隆盛の「西郷南洲遺訓」にある言葉です。

「道を行ふ者は、固より困厄に逢うものなれば、如何なる艱難の地に立つとも、事の成否身の死生抔に、少しも関係せぬもの也。事には上手下手有り、物には出来ざる人有るより、自然心を動す人も有れ共、人は道を行ふものゆゑ、道踏むには上手下手も無く、出来ざる人無し。故に只管ら道を行ひ道を楽み、若し艱難に逢うて之を凌んとならば、彌々道を行ひ道を楽む可し。予壮年より艱難と云ふ艱難に罹りしゆゑ、今はどんな事に出會ふ共、動揺は致すまじ、夫れだけ仕合せなり。」

西郷隆盛は私が最も尊敬する人物であり、人間的な器の底知れない広さを持つ偉人です。

その器の大きさを感じさせる言葉です。

何かを成し遂げようと道を志す人に困難はつきものである。

それが上手か下手かはあまり関係ない。

ただひたすら道を行い、楽しむこと。

もし困難に出会えば、ますます道を行い、楽しむこと。

西郷はあらゆる困難に出会ってきたために今ではどんなことに出会おうとも動揺はせず、むしろ幸せなことだ、ということです。

西郷の偉大さをここですべてお伝えすることはできませんが、残されている言葉だけをみてもやはり器が違います。

江戸末期から明治にかけての日本の発展はこのような人物が支えてきたのだなということを感じさせてくれる言葉です。

「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己を盡て人を咎めず、我が誠の足らざるを尋むべし。」

もし私が歴史上で会いたい人物をだれか一人あげるとしたら、やはり西郷隆盛です。

竹村知洋

 

 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする