


〰Chieのアフタヌーンラウンジ〰
廿日市観光協会の小松さんと高原さんがゲストでした。宮島へ渡る玄関口として2020年宮島口フェリーターミナルが新しくなりました。ターミナル入口には、観光案内所はもちろん、「はつこいマーケット」という廿日市の特産品を売る土産店があります。
また、ターミナル2階には、はつかいち・みやじま情報センターというギャラリースペースが無料開放。現在は、「木と暮らすはつかいち木工展」が開催されてます。5月18日までです。
今後とも、魅力ある廿日市をsns.インスタ、ホームページで発信していきたい。
宮島へ渡るための通過点の宮島口の賑わいを作っていきたい。とのことです。
今は、はつこいマーケットの階段と2階に藤棚が飾られています。見晴らしの良い気持ちいいスペースですので宮島への行き帰りの途中にお立ち寄りください。

戦時中、似島には世界最大級の検疫所があったそうです。また、原爆投下後は、臨時救護所に指定された似島に、一万人以上の負傷者が船で似島へ運ばれて収容されていたそうです。昨年、似島平和資料館が開館。そこには戦争遺構に関する資料や被爆者の遺品があります。宇品港から高速船で似島には行くことができますので、春に、お出かけになってみてください。
楠本さん、いつも、色々なことを教えていただき、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。


〰Chieのアフタヌーンラウンジ〰


「Chieのアフタヌーンラウンジ」
平和を歌って67年の広島合唱団の団員で、廿日市では阿品地域のまつり保存会メンバーとしても地域活動に精力的に取り組んでいらっしゃる植木さんがゲストでした。
12月3日〜5日開催の核兵器禁止条約発効!ひかりにむかって 2021「日本のうたごえ祭典 in ひろしま」についてお話しいただきました。
被爆75年を記念して企画された祭典で、サブタイトル「ひかりにむかって」はサーロー節子さんのノーベル平和賞授賞式の話の中のフレーズからできたものだそうです。被爆者の方に壇上で歌っていただくシーンもあるそうです。
植木さんの思う国際交流は、「まさに音楽そのもの」。高校時代、ラジオから聞こえてくる洋楽が好きで、言葉がわからなくても音楽で素直に楽しめる。国境を越え、多くの方と繋がれると感じているそうです。
座右の銘は、「音楽は心の感性の扉を開く」
言葉では伝わらないことも歌で伝えるとなぜか伝わる。とお話しいただきました。
日本のうたごえ祭典 in ひろしま お問い合わせ 082-295-5065
http://utagoenet.com/hiroshima/index.html
例年ですと全国から集まる人ですぐいっぱいになる祭典で、現地の人に聞いていただきたくても席がない状態だそうですが、今回は、祭典に来る人が少ないのでチケットがあまり普及していないそうです。感染対策もバッチリですので、二度と見ること、聴くことができない感動間違いなしのコンサートに、是非お越しくださいとのことです。


中江町柳小路に建てて経営をされている菊田留美子さんにお話を伺いました。
「藤のや」は、旅行サイトじゃらんの「2019年泊まって良かった宿大賞50室以下部門総合広島県一位」を受賞した知る人ぞ知る素敵💕なお宿。
(佳き思い出は心の宝)をモットーにお客さまに接していらっしゃる菊田さんご夫妻のおもてなしですものね。見ると幸せになる白たぬきが、去年はよくお宿のフェンスに来ていたそうです。
この神社は、一番最初に厳島にお住まいだった内侍とよばれる巫女さんや、厳島神社の御創建に尽力された佐伯氏等、由緒古い方がお祀りされているそうです。


ゲストは、廿日市国際交流協会 木曜通訳ボランティア代表の楠本さんでした。
二年前に高校の社会の先生をご退職され、「自分の言葉で自分の平和への思いを伝えたい。」と木曜通ボラに参加されました。今年は10月開催のワンデーピースツアーの廿日市DVDの英語訳の取りまとめをされ、大変忙しくなさっています。
楠本さんの思う国際交流とは、「驚き、喜び、元気の源」であると同時に、「違う」という異文化を受け入れること。国際交流とは、実は「自分の足元にある」もので、活動を通し、人との違いに気づき、受け入れ、成長する絶好のチャンスと受け止めてゆきたいとのことです。
楠本さんの座右の銘は、「きょういく、きょうよう」 流石、楠本代表、「教育、教養」と思ったら、同音意義語まちがい😆「今日行く、今日用がある」という意味でした。
「今後も廿日市ならでは平和の眼差しを伝えたい。廿日市に戦争の慰霊碑を作っていけたら」とお話いただきました。
今後も、色々とご教授ください。ありがとうございました。
平和について改めて考える8月6日の今日は、私の中学時代の英語の先生で、広島女学院中学高校校長、学校法人理事長を歴任され、半世紀近くにわたり、そして現在も平和教育に力をそそいでいらっしゃる黒瀬真一郎先生にお越しいただきました。黒瀬先生は、現在はふるさと三次の奥田元宋小由女美術館理事長でいらっしゃいます。
かねてより、黒瀬先生は、地道に平和活動を続けた河本一郎さんの人生を知ってほしいとおっしゃっていました。
広島女学院での教師時代の河本一郎さんとの出会いが先生が平和を強く意識するきっかけとなったとお話しいただきました。
河本一郎さんは平和記念公園の原爆の子の像の建立を発案し、小中高生が活動していた「広島折り鶴の会」の世話人として原爆ドームの保存にも貢献された方です。
ご自身が16歳で入市被爆をされ2001年72歳でお亡くなりになるまで、地道な平和活動を毎日つづけていらっしゃいました。学校での勤務を終えると自転車で病院に向かい、被爆者をたずねたり、毎朝原爆の子の像の掃除を40年以上続けていらっしゃったりと、とにかく地道にこつこつご自身の時間を被爆者のため、平和な世界を築くために使われた方です。
広島市が悲惨な出来事を思い起こさせる原爆ドームを保存するか取り壊すかといっていたときも「絶対に壊してはいけない。保存しないといけない。」と声をあげられたそうです。
民間の一市民として立ち上がり、今後の子供達の将来のため、世界平和のため地道に活動をしていらっしゃいました。
実は、その河本一郎さんは、私が中学高校生のころ、広島女学院中学高校の校務員をされていた方なのです。
いつも優しい穏やかな笑顔で私たちに接してくださる校務員の河本さんのことはみんな大好きでした。
「自分だけが良い思いをしてはいけない」という母親の教えを生涯守り、見えないところでこつこつと人のために尽くしていらっしゃった河本さんのお話しをおききしながら、とても懐かしい心温まる時間をもたせていただきました。
黒瀬先生の座右の銘は、「出会いに学び、共に成長する」
私は、高校を卒業してもう30年以上たちますが、今なおこうして仕事を通して母校の先生に教わり、
前を向く機会を与えていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
人から伝え聞いたことをまた自分が伝えるというのは大変難しく、責任のある仕事ですが、気負うことなく続けていければと思います。
黒瀬先生は、河本さんに倣って「正しいことをきちんと発信していきたい。」
「広島に住んでいる意味を考え、足元をしっかり地につけていたい。今日一日も幸せだったと思えるように。。」と
最後にメッセージを送っていただきました。
リクエスト曲は、「心の時代 by Wong Wing Tsan」
私も大好きな曲。
爆心地から15kmの廿日市小学校。原爆投下後しばらくして、被爆者が何台ものトラックに乗せられたり、
歩いて、廿日市小学校にたどり着きました。記録では3000人くらいの人が廿日市小学校や近くの学校に
たどりついたそうです。そこに地域の人たちが駆けつけ懸命に看護。教室でそのまま苦しみながら亡くなった人も
たくさんいたそうです。廿日市小学校には、被爆後避難してきた人たちの様子をみていた証人がいます。
それは、廿日市小学校のシンボル 校庭の「大柳」。
また大柳の麓には、平和の碑が作られ、更には、PTA がメモリアルピースロードを作られたそうです。
毎年学校では「碑前祭」が行われています。今日はその様子をお伝えいただく写真もおもちいただきました。
広島県に住む留学生に向けて、廿日市小学校の大柳のお話しをされます。

「Chieのアフタヌーンラウンジ」
廿日市市国際交流協会「HIA」の太秦事務局長がゲストでした。
15年以上前から廿日市市国際交流協会のボランティア活動をされていて、初のボランティア出身、
民間出身の事務局長です。
太秦局長が思う国際交流とは、「グローバルな世界」を私たちが豊かに、幸せに生きるために必要なこと。
日本語講師としても、長年活動をされている太秦局長は、廿日市在住の多くの外国人と接してこられ、
日常生活の中で普通に外国の方と一緒に暮らしていく時代になったのだなと感じていらっしゃるそうです。
「座右の銘」は、"Simple is Best"
簡単でわかりやすいのが一番。世の中複雑で理解しがたいことで満ちています。
争いごとをなくすために、自分の思いや主張を出来るだけ簡単に表現したり、生活スタイルを自分らしく
統一したりすることが大事だと思っていらっしゃいます。
アフターコロナには、去年、今年できなかった海外の方との文化交流を盛り上げていきたいとのこと。
海外から受け入れるだけでなく、こちらからも積極的に若い人が海外の研修に参加できるようなプログラムを紹介したり
参加支援をしていきたいとのことです。
