春の話
2017-03-31 | 日記
通訳案内士の資格を取ったのは、もうずいぶん昔のことだ。
けれど、まったく通訳ガイドとしての仕事はしていない。
それでも、春と秋には必ず何件も、仕事の問い合わせの電話が入る。
観光庁のHPに登録されたままになっているようだ。
古い名簿を掘り起こしてまで、通訳ガイドを探さなければならいほど、京都の春と秋は外国からの観光客が多いということだ。
そりゃそうだ、春は桜、秋は紅葉、ですもんね。
今週の土日に桜が満開になったらいいなと思っていたけれど、どうやらもっと遅れるかな。
とても楽しみにしていたのだけれど、ちょっと残念。
閑話休題
姑は、さらに体が硬くなってきている。
毎日マッサージをしているのだけれど。
もう、泣くこともなくなった。
じっとまっすぐに横になっている。
けれどね、私たちの言葉は聞こえていて、それをちゃんと理解していることはわかる。
返事をしようとしても、言葉が出ないのだ。
これって、どれほど辛いことだろう。
何もわからなくなっている方が、ずっと幸せだと思ってしまう。
「呆ける」というのは、神様が老いた人々に与えてくださる、人生の「ご褒美」なのだろうなと思うのだ。
去年撮った、一番好きな円山公園の老木。
今年も立派に咲きますように。
けれど、まったく通訳ガイドとしての仕事はしていない。
それでも、春と秋には必ず何件も、仕事の問い合わせの電話が入る。
観光庁のHPに登録されたままになっているようだ。
古い名簿を掘り起こしてまで、通訳ガイドを探さなければならいほど、京都の春と秋は外国からの観光客が多いということだ。
そりゃそうだ、春は桜、秋は紅葉、ですもんね。
今週の土日に桜が満開になったらいいなと思っていたけれど、どうやらもっと遅れるかな。
とても楽しみにしていたのだけれど、ちょっと残念。
閑話休題
姑は、さらに体が硬くなってきている。
毎日マッサージをしているのだけれど。
もう、泣くこともなくなった。
じっとまっすぐに横になっている。
けれどね、私たちの言葉は聞こえていて、それをちゃんと理解していることはわかる。
返事をしようとしても、言葉が出ないのだ。
これって、どれほど辛いことだろう。
何もわからなくなっている方が、ずっと幸せだと思ってしまう。
「呆ける」というのは、神様が老いた人々に与えてくださる、人生の「ご褒美」なのだろうなと思うのだ。
去年撮った、一番好きな円山公園の老木。
今年も立派に咲きますように。