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旅の友・ポップス編 (315) 『ほほにかかる涙』

2017-12-21 13:43:20 | 旅の友・ポップス編

『ほほにかかる涙』 ボビー・ソロ
”Una Lacrima Sul Viso” Bobby Solo 【YOUTUBEより】


1964年サンレモ音楽祭入賞曲で、モゴール作詩、ルネーロ(カトリーヌ・スパーク)作曲によるカンツォーネです。
ボビー・ソロはこの年の大賞は自分が獲るものと確信していたため、ジリオラ・チンクエッティの『夢みる想い』に
大賞を奪われ相当のショックを受けたそうです
しかし、その翌年には『君に涙とほほえみを』で見事にサン・レモ音楽祭でグランプリを手にし前年のリベンジを
果たしました。
また、『ほほにかかる涙』のヒットにより、同年にエットレ・M・フィザロッティ監督、ボビー・ソロ主演で同名の映画が
作られたことはあまり知られていないようです。

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旅の友・ポップス編 (314) 『そして今は』

2017-12-20 13:44:07 | 旅の友・ポップス編

『そして今は』 ジルベール・ベコー
”Et Maintenant” Gilbert Bécaud 【YOUTUBEより】


この曲は、1962年にピエール・ドラノワが作詞し、ジルベール・ベコー自身が作曲、失恋に打ちひしがれた絶望感を
ボレロのリズムに乗せて切々と唄い上げたシャンソンです。
後に、カール・シグマンが英詩をつけ”What now, my love?”というタイトルでフランク・シナトラ、シャーリー・バッシー、
ジェーン・モーガン、エルヴィス・プレスリー、イザベル・オーブレなどもレコーディングしています。

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旅の友・ポップス編 (313) 『A列車で行こう』

2017-12-19 12:09:07 | 旅の友・ポップス編

『A列車で行こう』 デューク・エリントン楽団
”Take The "A" Train” Duke Ellington 【YOUTUBEより】


この曲は1939年にビリー・ストレイホーンが作詞・作曲したスタンダード・ジャズで、1942年にデューク・エリントンの
初盤がヒット、以後彼の楽団のテーマ曲となっています。
エラ・フィッツジェラルドやアニタ・オディなどの歌唱でも有名ですね。
なお、「A列車」とはブルックリン東地区からハーレム経由でマンハッタン北部を結ぶ8番街急行の通称です。

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旅の友・ポップス編 (312) 『ヴェニスの夏の日』

2017-12-18 14:53:15 | 旅の友・ポップス編

『ヴェニスの夏の日』 マントヴァーニー楽団
”Summertime In Venice” Mantovani 【YOUTUBEより】


1955年制作、デヴィッド・リーン監督によるイギリス映画『旅情』の主題歌です。
この作品はアーサー・ローレンツの戯曲『カッコウの時節』の映画化で、風光明媚なヴェニスを舞台に婚期を逸した
アメリカ女性がヴェニスを訪れ、妻子と別居中の骨董屋の店主との出会いと別れを描いた恋愛心理映画です。
まるで観光映画のようにサン・マルコ広場や小運河などヴェニスの街を鮮明な映像で捉えながら、主人公の女性の
心理を詩情豊かに描いています。
主題歌はアレッサンドロ・チコニーニの作曲にカール・シグマンが英詩を付けました。
サントラ盤よりも、マントヴァーニー楽団の演奏と主演者のロッサノ・ブラッツィの唄が有名です。

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デヴィッド・リーンはこの作品で色彩映画、海外ロケそして大型作品への道を歩みはじめることになりました。
個人的には彼の優れた特徴は『逢びき』に見られる陰影を重視したモノクロトーンの映像と音響効果による
きめ細かい心理描写だと思っているのですが…

旅の友・ポップス編 (311) 『漕げよマイケル』

2017-12-17 13:51:59 | 旅の友・ポップス編

『漕げよマイケル』 ハイウェイメン
”Michael Row Your Boat Ashore” The Highwaymen 【YOUTUBEより】



原曲は奴隷としてアメリカに送り込まれた黒人たちが唄っていた黒人霊歌(スピリチュアル)で、旧約聖書の
ヨシュア記に依拠しています。
ヨーロッパ人がアメリカ大陸の開拓を始めたころ、その労働力としてアフリカから黒人奴隷が強制的に連行され、
その奴隷の一部は船の漕ぎ手として過酷な労働を強いられていました。そんな黒人たちがこの歌を唄いながら
船を漕いだといわれています。
キリスト教を精神的な支えとしていた黒人たちは、そんな自分たちの姿を、希望の地カナンを目指してヨルダン川を
渡るユダヤの民にたとえながら辛い労働の日々を堪えていたのではないかと想像されます。
主を信じて、船を漕ぎこの(ヨルダン)川を渡れば母親にも会える、過酷な労働から解放されるというはかない希望を
込めてこの歌を唄っていたと思うと心が熱くなります。
この曲を唄っている「ハイウェイメン」はコネチカット州のウェズレイヤン大学の学生仲間で、グループのリーダー格の
デイヴ・フィッシャーなど五人で結成され、1961年にこの曲を発表、同年に全米No.1のヒットとなっていますが、後の
歌手活動は殆ど知られていません。それぞれ社会人として独立していったもようです。
日本の【今週のベストテン】では1961年12月第2週に初登場し翌年1月第2週迄のランクインに終わっていますが、
【今週のヒットレコード】では1961年11月の第3週から翌年1月末迄11週連続のランクイン(最高3位)でした。

Michael rowed the boat ashore Halleluja * (繰り返し)

Sister helped to trim the sails Halleluja
Sister helped to trim the sails Halleluja

Michael rowed the boat ashore Halleluja *

River Jordan is chilly and cold Halleluja
Chills the body but not the soul Halleluja

Michael rowed the boat ashore Halleluja *

River is deep and river is wide Halleluja
Milk and honey on the other side Halleluja

Michael rowed the boat ashore Halleluja *


【註】
Milk and honey on the other side Halleluja
のところが
Meet my mother on the other side, Halleluja
となっている歌詞もあるようです。