【橋川文三の文学精神】 第2回 内容目次@本文リンク
二 橋川文三の方法
松本健一氏と猪瀬直樹氏の両者が、猪瀬氏の著書『ペルソナ 三島由紀夫伝』の発刊を機会に対談を行った。その際に、「橋川文三の方法」を巡って両者は激突している。激論のエッセンスと思われる部分を引用する。
【対談】三島由紀夫と官僚システム 松本健一●猪瀬直樹
松本 僕は橋川は非常に直観的な人だと思います。この辺りに何か暗い影がかかっているな、と。そういったキーポイントを捉えるのがうまい。
猪瀬 大学院で、僕が修士論文を提出した時、橋川はまず文章がいいかどうかを見るんです。文章がいいとなると次には引用の一字一句を全部チェックする。事前の指導はしません。そういうことはしない人だから。で、内容に問題はないとなると、次には引用の漢字がひとつでも間違えていると指摘する。校閲みたいにね。極端に言えば正しい引用だけあればいいんだみたいな言い方もしていました。つまり、重要なのは事実であると。引用というのもひとつの事実なんですね。彼の手法はノンフィクションのものだと思うんです。ファクトがあればいい。正確な引用を求めているんです。
松本 橋川の方法はあなたのやりかたとは逆のものとしか思えなかった。あなたはノンフィクションだと言うけれど、その方法はあなたの方法であって、彼のではない。橋川の「三島由紀夫伝」は、あなたにとって反面教師ではなかったんですか。
猪瀬 いや、いちばん参考になったんですよ。竹内好さんの文章について橋川さんは、彼の文章は引用だけなんだけれど、引用だけ上手にできればいんだと言った。そんなもんかな、なんてその時は思ったけど。
松本 あとは文章がよければいい?
猪瀬 引用をつなげる文章がきちんとしていればいい、というわけです。もっともどこを引用するか、じつはそれが一番むずかしいんです。引用する場所でその人の理解度と主張がはっきりするわけですからね。
松本 彼は編集者としての名残なのか、そうではなくて資質的なものなのか、非常にファクトを大事にする。事実の手触りをあんまり下手にいじらないでいようとするんですね。そのような意味では資質的なものなんでしょうか。
猪瀬 ファクトについての緻密さというのは、じつは引用の緻密さに通じる。それが彼の方法論だと思いますね。彼の場合には、一つひとつのファクトの積み重ねが緻密で、絶対矛盾がない、そういう完璧さというものがあるんです。
(【対談】三島由紀夫と官僚システム 『三島由紀夫と戦後』中央公論特別編集 2010年10月20日刊)
橋川文三の方法について猪瀬直樹は完璧に解明している。しかし松本健一が橋川は直観の人だったと言う時、その言葉も橋川文三のある本質を伝えているのであって、そこに矛盾はない。鶴見俊輔は橋川文三の特色をこのように分析している。
――著者としての橋川文三には、文献を手がたくつみかさねる実証の方法と、それからかけはなれて、自分の心情の指さすところをいつわらずつたえる流儀とが、たがいに混同されることなく、二つながらあった。かけはなれた二つの流儀を混同しないでともに使いこなすところに、橋川文三の特色があり、それは文章だけでなく、考え方の特色でもあった。
――橋川さんは直感として語り、資料は資料として示し、この二つをとりちがえることをしなかった点で、保田與重郎とちがい、この点では、竹内好と似ている。(鶴見俊輔「橋川文三の思い出」『思想の科学』1984年2月号)
橋川文三は竹内好の方法を微塵も損なうことなく継承したのである。
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■著者より
●「橋川文三の文学精神」は昨日6月14日より28日まで全15回連載します。
●この評論は『断トツに面白いダンスポ』より後の掲載になりましたが、実際に書かれたのは昨年の10月です。誤字脱字のチェックだけはおこないますが、本文の修正等は施さず、原則そのそのままを掲載する方針です。
●「ダンスポ」も同時期に一旦は書き上げたのですが、実際の掲載に当たって全面的に書き直しをしています。これは新作同様のもの、あえて云えば完全に<新作>です。私の現在の到達点を示す作品です。
●「断トツに面白いダンスポ」を書き上げた今となっては、「橋川文三の文学精神」は、私にとって意を満たぬ内容となりました。しかし書き直しをしないのは、もし直すならば全面的な改稿が必要となりますが、新作を書き上げる余裕もなく準備もできていません。私としては、この「橋川文三の文学精神」があるがゆえに、この作品を前提にして、「断トツに面白いダンスポ」が成り立ったのであることを示すことで満足したいと思います。
●そのような意味において、「橋川文三の文学精神」と「断トツに面白いダンスポ」は、両者一体となって私の現在をかたちづくる作品であり、同じひとつの作品の「前編」と「後編」のようなものとして位置づけられます。ご理解ご了承のほどお願い申しあげます。
【お呼びでないのに出てきた百田夏菜子が一言】
“ ハイ、理解しました。了承します ”
“ ホントはぜんぜ~んワカンナイの。ハハハ (*^o^*) “
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