渡辺松男研究31まとめ(15年9月)
【はずかしさのまんなか】『寒気氾濫』(1997年)107頁~
参加者:石井彩子、泉真帆、M・S、鈴木良明、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:泉 真帆 司会と記録:鹿取 未放
260 土手に寝て目を覚ましたるさみしさは土筆林立していたりけり
(レポート)
〈解釈〉いつしか土手に寝てしまっていた作者。目をさますと、あたり一面に土筆が生えているではないか。そのさまを見ていると無性にさびしくなる。
〈鑑賞〉この歌に詠まれている「さみしさ」とは何だろう。土筆をスギナの胞子茎だと思うと、この「さびしさ」は生物の生きる限りは持たされる生命欲のさびしさと思える。連作の一首目の「penis」、四首目の尖った蘆の芽の「すぐろ野」、そしてこの「土筆林立」。どれも切り立っていて、生命のエゴイスティックなさびしさを思う。(真帆)
(当日意見)
★こうして尖った物を並べられると、前回のフロイトの説の尖った物はみな男性性器
の喩、ってなってしまいそうだけど。それも含めて、もっと根源的なさみしさでし
ょうね。お昼寝から覚めたさびしい気分を子供の視点で詠った渡辺さんの別の歌が
印象に残っているけど、どの歌集だったかなあ。きちんと調べてこなくてすみませ
ん。(鹿取)
★昼寝の後のたよりなさとかおぼつかなさはよくある歌だと思いますが、土筆が林立
していたというのは個性的だし、泉真帆さんが尖った物を生命のさびしさと捉えて
よく見ていらっしゃるなと思います。私はエゴイスティックとまでは思わなくて生
命の原初的なさびしさだと思いますが。(慧子)
(後日意見)
当日鹿取が発言した子供の視点の歌とは次の歌。(鹿取)
どうしてママ歯をみがくときさみしいの昼寝に覚めた三時の気分『泡宇宙の蛙』
【はずかしさのまんなか】『寒気氾濫』(1997年)107頁~
参加者:石井彩子、泉真帆、M・S、鈴木良明、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:泉 真帆 司会と記録:鹿取 未放
260 土手に寝て目を覚ましたるさみしさは土筆林立していたりけり
(レポート)
〈解釈〉いつしか土手に寝てしまっていた作者。目をさますと、あたり一面に土筆が生えているではないか。そのさまを見ていると無性にさびしくなる。
〈鑑賞〉この歌に詠まれている「さみしさ」とは何だろう。土筆をスギナの胞子茎だと思うと、この「さびしさ」は生物の生きる限りは持たされる生命欲のさびしさと思える。連作の一首目の「penis」、四首目の尖った蘆の芽の「すぐろ野」、そしてこの「土筆林立」。どれも切り立っていて、生命のエゴイスティックなさびしさを思う。(真帆)
(当日意見)
★こうして尖った物を並べられると、前回のフロイトの説の尖った物はみな男性性器
の喩、ってなってしまいそうだけど。それも含めて、もっと根源的なさみしさでし
ょうね。お昼寝から覚めたさびしい気分を子供の視点で詠った渡辺さんの別の歌が
印象に残っているけど、どの歌集だったかなあ。きちんと調べてこなくてすみませ
ん。(鹿取)
★昼寝の後のたよりなさとかおぼつかなさはよくある歌だと思いますが、土筆が林立
していたというのは個性的だし、泉真帆さんが尖った物を生命のさびしさと捉えて
よく見ていらっしゃるなと思います。私はエゴイスティックとまでは思わなくて生
命の原初的なさびしさだと思いますが。(慧子)
(後日意見)
当日鹿取が発言した子供の視点の歌とは次の歌。(鹿取)
どうしてママ歯をみがくときさみしいの昼寝に覚めた三時の気分『泡宇宙の蛙』
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