かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男の一首鑑賞  294

2021-08-25 17:25:12 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究36(16年3月実施)
    【ポケットベル】『寒気氾濫』(1997年)120頁~
     参加者:石井彩子、泉真帆、M・S、曽我亮子、船水映子、渡部慧子
     レポーター:鈴木 良明 司会とテープ起こし:泉 真帆

294 職を全うできざるはわれのみならずトイレに入りて出てこぬ上司

     (レポート)
 仕事の進め方では、目標による管理と成果主義が導入されているのだろう。毎年の高い目標と実際の成果との間にはギャップが生じるので、概ね「職を全うできない」状態になる。それは職員ばかりでなく、このシステムに組み込まれている上司も同様なのだ。トイレは、組織の中では他者から離れて一人に還れる場所であり、そこに逃げ込んで出てこない上司も現われる。(鈴木)


        (当日発言)
★仕事を全うできないのは私だけじゃなく上司もそう。そういう人たちがトイレにいる。私
 だけじゃない、という気持。(曽我)
★いつもは反発を覚える上司にも、哀れなところを見出し、すこし同情している感じです
 ね。(M・S)
★ここに誰を持って来たとしてもそぐわなくて、「上司」だからお歌がピンポンピンポ〜ン
 !という感じかしらと。鋭いお歌ですよね。(船水)
★自分よりも立場の上の上司までもが仕事を全うできない。普段そぐわないことを感じてい
 る私と同じような状況なのだろう。安心感みたいな同情感も表現されているのかな。
   (石井)
★「トイレに入りて出てこぬ上司」なんてすごく情景がわかる。職場の深刻な状態もよく
 わかる。(上司は)自分のミスをカバーできなくてトイレに行っちゃった訳じゃない。自
 分だけのミスじゃない。目標を管理する成果主義が出てくると、組織としての目標になっ
 てくるから、皆が責めを負うことになる。そこがこの歌のポイントだと思う。従来の終身
 職場はそうじゃなかった。(鈴木)
★公務員でも成果主義ってあるんですか。(石井)
★あります、90年代から。公務員にとって目標はすごく立てにくい。例えば、生活保護を
 受けている人がその数を減らせば成果と言えるのか、とかって難しい問題がある。就職支
 援しているところで、例えば専門校なんかで入校者数が多ければ成果といえるのか、って
 いう問題とか。(目標は)すごく立てにくいが、そいういうところでも立ててより良くし
 よう、というあたり。(鈴木)
★生活保護を少なくしたら新聞に載りますね。(石井)
★成果として載るでしょ。逆にね、増やすと成果じゃない。(鈴木)


     (後日意見)
 90年代以降、役所にも成果主義が導入されて大変働きにくくなってきているのは事実だろう。しかしこの歌は成果が達成できなかったこと=職を全うできない、と狭く限定すべきでは無いと思う。作者はそういうことはいっさい言っていないので、もっと一般的なことと捉えていいのだろう。背景としてそういう息苦しい成果主義が〈われ〉や上司を苦しめているのは事実だろう。しかし歌の重点はトイレに入って出てこない上司の人間的な弱さを見てしまったことと、〈われ〉の同質性にあるように思う。(鹿取)


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