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かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男の一首鑑賞 123

2020-11-25 18:43:17 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究14(14年4月)まとめ 『寒気氾濫』(1997年)50頁~
  参加者:崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、N・F、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
  レポーター:鈴木良明 司会と記録:鹿取 未放
             

123  シベリアより寒気氾濫しつつきて石の羅漢の目を閉じさせぬ

       (レポート)
 シベリア方面から寒気団が日本へ南下して、西高東低の冬型の季節になる。本歌は、その寒気団の南下の影響を真っ先に受ける山間部の描写である。石の羅漢には様々な表情があるのだが、その中で黙想している羅漢の顔が、突然の寒さに「うー寒い」と思わず目を閉じたように見えたのだ。何も感じないはずの「石」の羅漢、その目を閉じさせた、という表現に、「寒気氾濫」のすさまじさが強く伝わってくる。(鈴木)


          (発言)      
★この歌から歌集の題をとったと作者が書いていたよね。(藤本)
★羅漢が目を閉じたのは「うー寒い」よりはもう少し深い哲学的な思いという印象でうけと
 っていたんですが。(鹿取)
★石の羅漢を持ってきたのが渡辺さんの推敲の結果で、寒気氾濫に対して何をぶつけるか、
 これに定着するまで悩んだんじゃないですかね。(N・F)
★石の仏は歌の世界ではよくある素材で、斎藤史さんとか詠っていますし、ここで悩ん
 だとは思わないですが。松男さん、山をよく歩かれるし、群馬県の育ちですから石に彫 
 られた羅漢というのはとても身近な存在だと思われます。吉川宏志さんが石の仏を詠
 った好きな歌があります。正確に覚えていないのですが、仏を彫った石が風化してし
 まうことを、ただの石にかえると言わないで、仏がこの石を去っていくという表現が非
 凡だと思っています。(鹿取)

※鹿取の発言の歌。
   秋雨に目鼻おぼろになりながら仏はやがてこの石を去る
                 『曳舟』(2006年)

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渡辺松男の一首鑑賞 122

2020-11-24 17:14:56 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究14(14年4月)まとめ 『寒気氾濫』(1997年)50頁~
  参加者:崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、N・F、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
  レポーター:鈴木良明 司会と記録:鹿取 未放
             

122  雪の樹を仰ぎおるとき口あけてみだらなりわがまっ赤な舌は

       (レポート)
 物を見上げる時、人はどうしても口もとが緩んでしまい、口から舌、喉奥にかけて大気に晒される。雪の樹を見上げた時に、作者は一瞬我に返って、その姿が意識にのぼり、清浄な真っ白な雪に対して、自らのまっ赤な舌が強く意識されたのだ。自然の中にあって、自然の一部である動物にすぎない人間の、「みだらな」存在を強く意識したのである。(鈴木)


         (発言)      
★本人のことだけならともかく人間みながみなみだらな存在だと言って欲しくない。(曽我)
★いや、生きているものはみんなみだらなんでしょう。サルトルの口のことをやはり赤いと渡辺さ
 んがうたっていましたが、私はこの通りと思います。(鹿取)
★鹿取さんに聞きたいけど、これは渡辺さんのエロスとしての見方なの?(N・F)
★ここのみだらというのはエロスとは違うものだと思います。生きるものは動物でも植物
 でも他者を侵して生き得ている訳でしょう、原罪というような言い方もありますけど。
 ここでいうみだらって、そういうものだと私は読んでいますが。(鹿取)
★滅びた狼の目が真っ赤だという歌もありましたが、生きようとする欲望が(普通日常的
 にはそれを意識していないでしょうけど)欲望として赤という色と結びつくのではない
 ですか。「生きる意志」のようなものが赤。(鹿取)
★雪が白で舌が赤、赤と白の対比。(N・F)
★色の対比は確かにあるけど、それが狙いではなくて、主眼は雪の清浄さに対して生きる
 ものが持っている赤に象徴されるみだらさかなと。(鹿取)
★このあたりの歌はとても素直ですよね。(藤本)

 ※発言で鹿取が述べた歌は次の通り。
  無際なる体内の靄吐き出だす赭(あか)きジャン=ポール・サルトルの口
                『寒気氾濫』
狼は滅びたりけり山駆けるまっ赤なる目のようなゆめゆめ
       『泡宇宙の蛙』(1999年)

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渡辺松男の一首鑑賞 121

2020-11-23 19:24:25 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究14(14年4月)まとめ 『寒気氾濫』(1997年)50頁~
  参加者:崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、N・F、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
  レポーター:鈴木良明 司会と記録:鹿取 未放
             

121 館外の森に雪降り剥製の大木葉木菟(おおこのはずく)義眼をひらく

      (レポート)
 「大木葉木菟」は、剥製などを展示している博物館の中にあるのだろうか。館外の森にはしんしんと雪が降って、本来ならその森の中に生息していたはずの大木葉木菟が捕えられ剥製の姿で立ちつくす。義眼を大きく見開いて剥製の大木葉木菟は何を思っているのだろうか。(鈴木)


           (発言)      
★木葉木菟というのはブッポウソウと鳴くので有名ですが、大木葉木菟というのはそれよ
 り一回り大きいもの。それで秋から冬にかけては竹林に群れて生息する癖があって、そ
 ういう鳥が剥製にされて義眼を入れられる。家族のこと、仲間のこと、何を見ていたの
 だろうという疑問を感じた。そこを詠っているのかなと。(N・F)
★雪が降ると家の中も静かな感じになる。そこで義眼をひらくという感じはよく伝わって
 くる。(崎尾)
★時間帯が分からないけど、人がいっぱいいる館内だと目を開いたりしないから夜かしら。
   (鹿取)
★義眼だからいつも開いているんじゃないの。(藤本)
★そうなのか、開くというのは瞬間の動作じゃないんだ。剥製だから開きっぱなし?常時開いた状
 態にあるということね。私は雪が降るという条件の中で、誰もいない夜にそっと義眼を開いて何
 かを見ているのかと思っていたわ。(鹿取)
★雪って空と地を行き来して、命を引き渡す役割をしていると作者が思っていたのかなと。さっき
 からの三首はみんな死んだものが出てくるので。(慧子)
★119(冷凍庫から剥製に出す大鷹の死にて久しき血はしたたらず)と120(臓も腑も
 捨てられしなり白鳥の剥製抱けば風花のなか)は死んだ鳥に〈われ〉が何らかの働きかけを
 していて、121は〈われ〉をかからわせずに対象そのものを詠っている。義眼は常時人工的に
 開かされているけど、瞬間かある一定の時間かの鳥自身の行為を詠んでいるのではないのかな
 あ。(鹿取)
★自分の過去を見ているんじゃないの。開きっぱなしの義眼をある時開けて。(慧子)
★逆に義眼が開きっぱなしだからすごいなあって。命がなくなっても開きっぱなし。ある時目を開
 けるんじゃつまらない。(鈴木)
★なるほどねえ、半永久的に開きっぱなしって確かに怖いわねえ。(鹿取)

 
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渡辺松男の一首鑑賞 120

2020-11-22 16:49:57 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究14(14年4月)まとめ 『寒気氾濫』(1997年)50頁~
   参加者:崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、N・F、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
  レポーター:鈴木良明 司会と記録:鹿取 未放
             

120  臓も腑も捨てられしなり白鳥の剥製抱けば風花のなか

       (レポート)
 白鳥の剥製は、白鳥の姿を保っているが、臓も腑も取り去られている。そのような白鳥をそっと抱いていると、いつのまにか初冬の風が立って雪がちらついてきた、というのである。臓も腑も取り去られて実体のない白鳥―ある面精神だけが取り残されたような白鳥を抱いた時の感触が、「風花のなか」という言葉によって一層喚起される。(鈴木)


         (発言)      
★この剥製は外にあるんでしょうかね。(鈴木)
★館内でしょうね。剥製にするにはものすごく費用がかかっていますからガラスケースに入れるな
 どして守られている。(N・F)
★臓腑が取り去られた白鳥を抱いたときの中身のない頼りなさとかはかなさが、風花のなかという
 イメージによくマッチしていますよね。白鳥、剥製、花というハ行音の連なりもやわらかくて美
 しいと思います。(鹿取)
★これは実際白鳥を抱いたかどうか分からないよね。まあどっちでもいいけど。(藤本)
★仕事がら抱いたんじゃないですか。博物館にできたての剥製を運んでいくときかな。鈴木さんが
 最初に外か、と疑問を呈されたけど、戸外を抱いて運んでいるときに風花が舞ってくるって情景。
 事実関係はどうでもいいけど、歌の設定はそういうことだと思います。仕事と関連づけましたが、
 仕事を知らなくても鑑賞はできると思います。(鹿取)
★渡辺さんは哲学をやられていたので、時間的な流れを歌っていると思う。過去の生きていた時と現在
 と、これから博物館に展示されて見られる存在と。鳥と自分と来館者と三者の関係はどうなってい
 るんだろうと、そういう感慨もあったかもしれない。死後は生きていた時のもろもろは捨て去られ
 て精神だけが残ってしまう、そういうものになるの かなと。生と死の境めみたいなことを、風花の
 中でそういう深い思いが喚起されている のかなと。(N・F)
★鈴木さんの解釈は「精神だけが取り残されたような白鳥」とありますが、作者はそこま
 で思っているのかなあ。レポーターの考えですか。(藤本)
★作者が考えていたかどうかは分からないけど、鑑賞者の読みです。(鈴木)
★私はもっといのちの空しさを白鳥に感じたのですけれど。(藤本)
★そうですね、さっきN・Fさんがおっしゃったように、生と死、そのさかいめはどうな
 っているんだろうということが渡辺さんの大きなテーマですが、剥製になった白鳥に精
 神だけが残っていると考えても、藤本さんのように(私も同意見ですが)精神も残され
 ていないと考えても、命の儚さは導かれますよね。(鹿取)
★命の儚さとか空しさを言っているのは自明のことなので敢えて書きませんでしたが。(鈴木)
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渡辺松男の一首鑑賞 119

2020-11-21 17:17:52 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究14(14年4月)まとめ 『寒気氾濫』(1997年)50頁~
  参加者:崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、N・F、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
  レポーター:鈴木良明 司会と記録:鹿取 未放
             

119  冷凍庫から剥製に出す大鷹の死にて久しき血はしたたらず

         (レポート)
 冷凍庫には剥製にするための動物などがさまざまに収められているのだろう。その中から取り出された大鷹は、死んでから長時間冷凍庫に保存されていたために、もはや血はしたたらない。大鷹は、まだ生きているかのように勇壮な姿を保ちながらも、血液が流れていないことで今や空ろな存在になっているのだ。大鷹にとっては、血流こそがその勇壮な姿を支えてきた源であることを作者は改めて感じている。(鈴木)
           
      (発言)
★仕事に関係する歌ですよね。そういうエッセーを読んだことがあります。怪我をした鳥を助手席
 に乗せて博物館だかに運ぼうとしていたら途中で鳥が元気になってその目がとても怖かったとい
 う話。(鹿取)
★渡辺さんは群馬県の自然保護委員か何かをやっていたようです。だから動物にも植物にも詳しい
 ですね。群馬には自然史博物館がありますね。(N・F)

 ※私の発言にあるエッセーは「鳶を怖いと思った」(「歌壇」1999年8月号)。いわゆる   〈アニミズム〉について疑問を呈しながら深い考察をした1頁半のエッセーだが一部を抜粋する。   死んだ鳥を職場の冷凍庫に保管していたら気味が悪いというクレームがついて、専用の冷凍庫を
買って貰ったという話しも記されている。(鹿取)

・死んだ鳥を新聞紙に包み私は剥製屋さんへ持って行った。できた剥製は資料館に展示した。そう
 いう仕事をしていたときがあった。
・また、あるとき助手席に鳶を乗せて野鳥病院へ向かっていたことがあったが、ぐたっとしていた
 ので動かないだろうと思って、簡単に布で巻いたぐらいで乗せていた。それがだんだん元気にな
 ってきて、目に鋭さが戻ってきた。身動きをはじめた。隣にいる鳶はとても大きい。空を飛んで
 いるのを見てさえ大きく見えるその鳶が助手席にいる。もし翼を広げたりしたら一五〇センチは
 下らない。
・本当に元気になってしまったらどうしよう。一刻もはやく野鳥病院へ運ぼう。私はスピードをア
 ップした。鳶と二人っきりで密室にいるようなものだ。鳶を怖いと思った。
・アニミズムをわかりやすく理解しようとしてみたところで、それが根本のところで宗教的感覚で
 ある限りにおいて必ず生への畏敬とともに死の意識や恐れを内包しているはずである。
・歌は言葉であり、言葉そのものがすでにアニミズムを逸脱しているとしか思えないからだ。
・もし本当にアニミズムを徹底してしまい、アニミズムの森へ入ってしまったならば、それは怖い
 ものであり、個別性の概念でさえ崩壊するであろうと私は思うし、そのことによって自己概念の
 土台が崩壊してしまうような怖さを感じるのである。そのとき個別性のかけがえのなさはどうな
 ってしまうのだろう。

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