新説百物語巻之二 4、江州の洞へ這ひ入りし事 江州の洞穴へ這い入った事 江州(ゴウシュウ:近江=滋賀県)のある村の山の上に大きな洞穴があった。 昔より、誰も、奥のふかい所を見とどけたものはいなかった。 奥には大蛇が住むとも言い、子どもなどは鬼が住んでいると言って、洞窟のそばに近寄るものもいなかった。 ある年に勢州(伊勢=三重県)より来た神主がいた。 「わたしは、どのくらい奥が深いのかを見とどけたい。」と言った。 又、丁度その時に太夫という者がいて、一緒に行きたいとのことで、二人で探検に出かけた。 干飯のような物、酒などを用意して、洞窟に入った。 およそ二三丁ほど奥へ入って行くと、次第に穴が狭くなり、やっと一人ずつ通れる位になった。 上からしたしたと雫が落ちて来て、松明ですかして見ると、鍾乳石が氷柱(つらら)のように垂れ下がり、白い蝙蝠が多く飛びかっていて、払いのけ払いのけ進んで行き、弐里ばかり来たかなと思うころには、すこしばかり灯りのさすような所があった。 小川が流れており、砂は皆銀のようであって、両方の岸にはびっしりと松茸のような物がはえていた。 よくよく見れば、皆水晶の色をしていて柔らかなものであった。 それより二里ばかり進むと、小さい社があった。何の神様であるかは、わからなかった。 さてどうしたものかと、石の戸を開いて見れば、古文字で書かれた三の字と宝の字だけが見えた。 その外の文字は見えなかった。 なお奥深く行ってみると大きな河があった。 水は浅かったので、歩いて河を渡たって進んでいった。 歩き始めて十七八里ばかりと思う頃に、とある川上に出た。 幸いなことに村里であったので、所のものに場所の名を尋ねた。 すると、伊勢の五十鈴川の川上であることがわかった。 洞穴に入ってから三日目であった、とのことである。
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