75番 勝林院
左京区大原勝林院町187
山号 魚山
宗派 天台宗
本尊 阿弥陀如来
開山 円仁
別称 問答寺 正式名 魚山大原寺勝林院
京都のお寺が大好きだ。おすすめ一番はここだ。
勝林院は、三千院の山門前に立つと左方向に受付の建屋と中庭を通じて立派な本堂が見える。シンプルな配置のお寺で、手入れの行き届いた庭から本堂内の本尊阿弥陀如来のお顔が見える。
ここは、有名な「大原問答」のお寺だが、「大原談義」と混同していたので整理する。
大原談義 |
1020年 |
寂源が法華八講を開く |
本尊から光が出て阿弥陀が意を示す |
証拠の阿弥陀と呼ばれる |
大原問答 |
1186年 |
法然が顕真に念仏の意味を説く |
本尊が光を放ち念仏の本意を示す |
本堂が「証拠堂」と言われる |
いずれも仏教界の論争がここで行われ本尊の阿弥陀如来が意向を示したのである。特に大原問答では法然に対して9つの難問が顕真より出されたが、法然がすべて回答し念仏の正しさを説いた。民衆はみんなが極楽に導かれると大喜びしたと言う。そして3日3晩念仏を唱えた。
今でも「声明の会」が毎年行われる。筆者は特別な計らいで数年前参加した。本堂内に数十名の僧侶がお経を唱えるその響きは見事な協和音を響かせる。その昔は特に声の良い僧侶には民衆の人気が集まったらしい。筆者もその時はその美声に導かれ極楽に連れてくれるような気がした。因みにユーチューブに公開されいる。正面左の赤いジャケット姿が筆者である。(別に良いですか。)
寺の創建は、平安時代初期の天台座主円仁で魚山大原寺と言い、往生極楽院・勝林院・来迎院の3寺の総称でありそれぞれが子院である。なお本尊の証拠の阿弥陀は平安時代中期の仏師康尚の作品だが、その後の災害などで何度も修復を行っている。残念ながらお顔(頭部)は室町後期の補作である。
声明の旋律を現わす「呂」「律」に因み、周辺に呂川・律川が流れていて「呂律が回らない。」という「呂律」の語源となっている。