66番 三時知恩寺
京都市上京区新町通今出川上ル上立売町4
山号 なし
宗派 浄土宗
本尊 阿弥陀如来 善導大師像
開基 見子内親王
別称 入江御所
大聖寺の烏丸通から三時知恩寺の新町通まで、今出川通りに戻らず住宅街を抜けるように近道を行く。同志社大学の学生が今出川校舎から新町校舎に行き来するルートと全く重なる。筆者も現役時代歩いた道筋(ただし1回生で事実上休眠になった。)だ。今回一緒に尋ねた連中も同大生だった者たちだが、大聖寺も三時知恩寺も知らなかったと言う。情けない話だが、筆者も同じだ。
三時知恩寺の「三時」とは、宮中で一日6回行う「6時勤行」の内3回はここで行った事に因む寺名なのだそうだ。普段は拝観を許していないので、新町通のその前を歩いても気が付かない。よくある檀家寺の佇まいでしかない。
くぐるように小さな門を入り仮設テントの受付で拝観料500円を払い堂内へ。見どころは木造善導大師像と襖絵だ。
まず、開山は足利義満の娘丗善尼であるが、後光厳天皇の皇女見子内親王が先代崇光天皇の御所である入江殿を寺に改めたことに始まる。その為こちらの寺を「入江御所」とも言う。
狭い堂内から「蓬莱の庭」を眺めた後、仏像群の中心にある「善導大師像」の説明を聞く。泉涌寺の俊仍が宋から将来したもので色鮮やかな大きな木像だが、何と、驚くのは修復し表面のススを洗浄した結果ではなく、もともと制作時に着色後すぐに表面に漆を重ねて塗ったものであったと言う。つまり最初から漆塗りして黒光していたのだ。その漆を丁寧にはがしたら下から鮮やかな色彩が現れたのだ。あたかも現代になって着色したように見えている。なぜ着色して作ったものをわざわざさらに漆塗りにしたのか疑問のままだ。もしかしたら後世「廃仏毀釈」から逃れる為かも知れない。また本堂側面には、京狩野派の永納作の「花鳥風屏風」が展示されていた。ただ門跡寺院に多くある「御所人形」を見る事は出来なかった。
一般家庭並みの狭い本堂内に団体客が押し寄せ早々に退散した。