㊲風評と風説
風評という言葉は、「風評被害も徐々に薄らいでいる」「風評が立つと後に嘘に発展することもある」などの使い方で、世間であれこれと言われている評価を意味する。
あらゆる事象は、根拠は希薄でも誤解や曲解であらぬ方向にエスカレーションすることもある。噂話と相まって複雑に伝播するものである。福島原発の冷却水(処理水)の海洋放出の問題はまさにその例である。科学的安全性は保障されたのに、「風評」を恐れて今日まで放水を躊躇していた。満を持しての決断である。ところが、風評を科学的根拠に優先して外交を仕掛けて来る国が出て来た。お隣の大国とその付属国家である。それぞれの国内ではすでに風評ではなく、事実に基づいたニュースとなっている。自国は我が国よりも高濃度のトリチウム汚染水を放出していながらである。
一方、風説という言葉は、「風説が広まるとなかなか消えない」「風説を流布することで信用が失われることが多くある」などの使い方で、世間に広まっている噂を意味する。風説はそもそも事実に基づかないので悪意を持って発信され、善意の第3者により伝播される。あたかも事実のように広まるので風評に似ているが全く根拠がない。相場の世界にはしばしば見られることで、「風説の流布」は立派な犯罪である。しかし立件されたケースはほぼない。言ったもの勝なのだ。
そうか?かの国のこの度のやり方は、「風評」ではなく「風説」の流布なのか。立派な犯罪だ。