脳出血で無職になった親父のブログ

株式投資に腕時計が好きなオッサンのブログです。年齢を重ねスピリチュアルにも興味を持ったお蔭で人生感も変わりました。

初めてのエレキギター、そして憧れのフェンダー

2015年06月01日 09時27分51秒 | わが半生
ワクワクしてギターを購入・・帰りの電車の中で『いっぺんアンプ通してみるか?俺ン家にアンプあるし!』友達の言葉に甘え、そのまま友達の家へギターを持ち込みました。ビニールケースから出して早速、アンプに繋げて音合わせ(^^♪フェンダー系はギブソンと違い音色は軽やかでコードを弾くと、よりリズミカルになります。私はへたくそなので友達が少しリズムを刻みながら・・『この感じはレスポールにはあらへんなぁ・・』そしてコードをやめて軽くスケールを弾いたりチョーキングしたり・・『高音の伸びが弱いけど、ええんちゃう??』次は私が弾いてみました。簡単なリフを弾いて友達が自分のレスポールモデルでアドリブをかぶせてきたのです。テンションあげあげ状態。おもしろくて仕方ありません。時間も、あっと言う間に過ぎて気が付くと夜の7時を回ろうとしていましたので『俺、ぼちぼち帰るワ!今日はアリガトウ!』友達の家をあとにし自分の家までの歩いている間、何度もビニールケースを横目に気持ちはウキウキ♪・・自宅に着くと。。『お帰り、遅かっ・・何?それ?ギター??・・ギター、あるやろ!』母のいきなりの言葉に『そや!今日、買ってきてん!エレキ!』そういうと『エレキって、あの煩いのん?こんなん、どこで音を鳴らすの?まさか家で?やめてや!近所に迷惑になる!!お父さんが何て言うか・・』私は、それまでのウキウキ気分から谷底へ落とされた気分に変わったのです。『俺が働いて買ったギターやし・・アンプ通さな音も出えへんから近所に迷惑なれへん!』そう言い返すと『ほな、今度はアンプ、買うんやろ?』母も、このころには東京の言葉でなく関西弁が染みつき始めていました・・どうやら母は反対のようで何より黙って買ってきたことが気に入らない様子でした。そして夜・・父が帰宅してきました。いつものように瓶ビールを開けて刺身を食べるのが毎日の習慣です。ステテコ姿の父に母が・・『お父さん、今日、この子、エレキギター買ってきやってん!こんな煩い楽器、かなんワ!!』父は暫く黙って母の話に耳を傾けて聞いていましたが一通りの話が終わると『返して来い!今日、買おたんなら明日、返して来い!』私の気持ちは全く無視・・『え?なんで返しに行かなアカンねん?俺の金で買ってんで!!アンプに繋げへんかったらええねん。いづれヘッドフォンアンプか小さなアンプで音出すから返さんでもええやろ?』抵抗する私に父は『とにかく返して来い!!エレキなんか、もってのほかや!』父は私の言葉を受け入れることなく『お母さん!明日、コイツと楽器屋まで行って返してくれるか!』その日は遂に話は終わり・・翌日、私は母とエレキギターを返しに行ったのでした・・でも??私はあきらめていなかったのです。結局、高校1年生の時、フェルナンデス製のエレキギターを購入。両親も説得して・・そしてローランド製のアンプも購入したのです・・フェルナンデス製のギブソンSGモデルと同じタイプのギターでした。丁度50000円(^^♪ハードケースも買って大切に使いましたがが・・やっぱり憧れのギブソンかフェンダーが欲しくなり高校3年のときフェンダーのストラトキャスターを購入・・今ではフェンダージャパンというのがあって安価で買えるようですが当時は1ドルが300円台、まだまだ高いしフェンダージャパンなんかありません。200000円程で買いました。ギブソンのレスポールが欲しかったのですが、とにかく高い・・レスポールスタンダードでも25万くらいでしたかね・・カスタムでレッドサンバーストのトラ目柄になると35万円・・高校生の私には無理!!でもフェンダーのストラトも人気モデルでしたから・・結構、いい音も出てましたし・・楽しく弾いてました。
コメント
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