78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎春の終わり

2013-05-12 08:35:13 | ある少女の物語
 2013年5月4日。薄紅色の花びらたちはとうの昔に散っていた。
 僕にとっての「春の終わり」はその日だと言えよう。
 その日をいつも通りやり過ごすか、何か特別なことをするかで僕は悩んだ。



 コンビニエンスストアの社員になって早13ヶ月。別店舗での研修を経て今の店舗に正式配属してからはちょうど1年となる。
 正式配属とほぼ同時期に入ってきた唯一のスタッフが女子高生のカピバラだった。
 一部の基本的なことを除き、ほとんどの仕事を僕が一から教えてきた。僕は僕で試用期間を満了していない研修社員扱いであった為、共に成長することを勝手にテーマとして位置づけていた。
 2ヶ月にも及ぶTとの戦いは、今思えば僕等に与えられた最初の試練だった。

>僕の作業さえも何度も止まる。人に教えるほど効率の悪い事は無いと思い知らされた。それでもいつかはカピバラが戦力になってくれる事を祈り、カピバラルートの攻略に努めた。
(『カピバラルート攻略物語』より)

 その試練は、無断欠勤少女とWを失った反省も相まって、余計な感情は抱かず淡々と仕事を教えることだけに徹するという一つの答えを導いてくれた。
「こうやってラベラーを打つだけで貼れます」
「おおおお、すごいですね(笑)」
「ちょっと、この程度のことで感動してくれるなんて可愛すぎますよ」
 そして今、カピバラは指示を出さなくても自分から色々とやってくれるまでに成長していた。その過程を一から十まで自分の目で見てきた唯一のスタッフが彼女だった。地道に教えてきた一つ一つの成果が彼女によって初めて具現化されたのだ。どんな些細なことでも、実践で僕が教えたとおりにやってくれる様を見る度に自分を褒めたくなった。



 しかし、時の流れは環境に2つの変化をもたらした。一つはカピバラのシフトインの頻度の減少、もう一つは僕が半分異動状態になったことだ。週の半分以上が他店のヘルプ勤務となってしまい、これまで当たり前のように存在していた「カピバラとシフトインする4時間」が今後訪れることはほぼ皆無となる。
 5月4日は、僕がカピバラとがっつりシフトインする最後の日だと悟ったのだ。
 春が終わり、「共に成長」してきた一つの時代も終焉を迎える。
 この日をどう過ごすかは難題だった。別にカピバラは辞めるわけではないのでその手のメッセージも送ることは出来ない。そもそもカピバラは何とも思っておらず、5月4日はただの通過点に過ぎないだろう。

 5月4日に向けて僕は思考に思考を重ねた。まずは何を話すか。雑談をするかしないか、真面目な話はするのか。一応最後なので何か間接的なメッセージを送るべきか。
 この日が来ることを前々から予感していたのか、冬あたりからカピバラと会話のキャッチボールをすることが思い出作りの一環になっていた。
「カピバラさんの友達で言葉づかい悪い人とかいますか? 何とかじゃねーよ、とか」
「皆、言ってますよ(笑)」
「ニセコイの小野寺さんが神の領域に達していると思うんですけど」
「あんなの居ないですよ(笑)」
 カピバラと会う日に向けて話のネタを必死に探していた時期もあった。

 しかし、そんな努力も一つの失敗によって無に帰した。

>日程勘違いしてカピバラ高校のデザイン科作品展を見に行けなかった罪は大きい。多分他の社員もスタッフも行ってないだろう。何で行かなかったの?俺にしてあげられることなんてそれぐらいしかないだろ?これじゃカピバラがポストカードまで配って告知した意味がないじゃん。
(『アメーバなう』3/30 8:45のつぶやきより)

 カピバラの世界を垣間見るチャンスをあっさり失った。仕事をする彼女しか知らない僕は、彼女が学校でどのようなことをしているのか、とても興味があったにも関わらず、本当に馬鹿なことをした。結局僕は優しさの欠片も無い冷徹人間だったのだ。

 それ以降、カピバラと雑談をすることは無くなった。優しさの無い僕に許される行為ではないような気がしてきたのだ。仕事について質問された時だけ淡々とレスポンスをするだけに徹した。それでも頼られているような気がして少し嬉しかった。



 だが、果たして5月4日もそれで良いのか。その日が終わればカピバラとの4時間は二度と来ないかもしれない。未だ答えを出せないまま5月3日、前日になってしまった。


 その日僕は友人の主催するオフ会に参加することを許されていた。
 15名ほどの参加者の中に女性は6人ほど、全員20をとうに過ぎた社会人だった。
 僕はまた安定の孤立に終わるかと思いきや、左隣にいた20代前半の女性が話しかけてきた。
「どんなアニメを観るんですか?」
 女子高生ともまともに雑談できない僕に大人の女性との2ショットトークが勤まるわけがない。だが逃げちゃ駄目だ。僕は必死に言葉を探した。
「エーット……京都アニメーションの作品はほぼ全部観ています」
「京アニって『ハルヒ』とか『けいおん』ですよね?」
「あと最近では『中二病』とか『たまこまーけっと』とか」
「一番好きなのは何ですか?」
「『CLANNAD』ですね」

 その時だった。『CLANNAD -after story-』の9話、古典の教師・幸村俊夫(こうむらとしお)の台詞が脳内で再生されたのは。


――あの娘の事なら心配いらん。お前たちよりよっぽど強いししっかりしとる――


 主人公・岡崎朋也の卒業式の日。式に出ずに校内をうろつく彼と春原を見つけた幸村は、巣立ち行く仲間たちをよそにたった一人で留年せざるを得なくなったヒロイン・古川渚のことをこの言葉で2人に伝えた。

 僕はその言葉をカピバラとリンクさせた。彼女も何の心配も要らない存在なのだ。もう高校3年生。僕が思っている以上に大人だろう。そして、無断欠勤少女やWなど、過去に関わってきた女子高生たちに比べれば一番真面目な人であることは、彼女を一から見てきた僕が一番知っている。



 もう迷いは無かった。翌5月4日、カピバラに一切の指示を出さずレジ業務を彼女に一任し、僕はレジ以外の仕事をひたすらやり続けた。指示を出さなくても積極的に動いてくれる彼女の良い所を最大限に活かした。一年間の彼女の成長の全てがそこにある。雑談は一切無し。彼女に伝えるべきことは何も無い。最後であるにも関わらず、いつも通りの時が流れた。それで良いのだ。「共に成長」してきた僕等に言葉は要らないし、この厳しい環境を4クールも耐え抜いてきた彼女は、惰性の流れで続けてきただけの僕よりよっぽど強いし、しっかりしている。



 こうして僕の春は終わりを告げた。気が付けばもう27歳。女子高生とシフトインする4時間を唯一の楽しみにする「現実逃避」からいい加減卒業しなければならない。いつか「少女」ではなく「大人の女性」との付き合いが出来るようになる日を夢見て、今日も職場に向かう。

(Fin.)

◎タオル(最終話)

2013-03-22 08:47:20 | ある少女の物語
「優しい笑顔曇らぬようにこの唄を贈ります」



 一人に続き、会場全体が大合唱をする。これがゆずのライブにおける“アンコール”なのだ。
 1ナノも予想していなかった展開に僕は動揺を隠せなかった。しかも全くの知らない曲で歌うことすら出来ない。



君の心へこの唄が届きますように
優しい笑顔曇らぬようにこの唄を贈ります
君の心へこの唄が届きますように
優しい笑顔曇らぬようにこの唄を贈ります
君の心へこの唄が届きますように
優しい笑顔曇らぬようにこの唄を贈ります



 ただそれの繰り返し。それでも僕は頭の中が真っ白になり、歌詞を覚えられない。口から何も出てこない。
 気が付くと僕は走っていた。会場の外の通路へ出ていた。
自分の愚かさにようやく気付いたのだ。ヒアリングテストのように曲を聴いて覚え、単語カードを丸暗記しただけ。ライブを観に来たのではなく“試験を受けに”来ただけ。母親の歌声を思い出しながら『サヨナラバス』を大声で歌っただけ。少女と仲良くなりたい、ただそれだけの傲慢な私欲の為に貴重な一席をファンでも無い僕なんかの人間で無駄にしてしまったのだ。僕がここに居ることでチケットを手に入れられなかったファンも居る。僕はもう会場に居る資格など無い。

「これ、あげる」

 通路の真ん中で跪き顔を伏せる僕に、一人の女の子がA5サイズほどの紙を差し伸べた。

「書いてあるとおりに歌って」

 見上げると少女の顔だった。紙には少女の字で『君の心へこの唄が~』と書かれていた。

「あ、ありがとう……ありがとう……」

この時流した、2つの意味が込められている“涙”の生温い感触を、僕は一生忘れることは無いだろう。

「タオル2枚持っているから1枚貸してあげる」
「タオル?」
「たぶん次の曲で使うと思うの」

 アンコール1曲目『翔』で、1万2000枚のタオルが宙を舞った。盛り上がりが最高潮に達している事を表していた。少女のお陰で何も知らなかった僕もタオルを頭上に投げることができた。
 そして『T.W.L』を挟み、締めはやはり『夏色』だった。
「ゆっくりゆっくり下ってく」



 その後、僕は一度も少女と連絡を取らないまま今に至る。学校で会っても会話を交わすことは皆無。
 ゆずの真のファンであると胸を張れるようになってから、もう一度少女をライブに誘おうと心に決めた。
 その日に向けて、今日も僕は『贈る詩』を聴いている。

(Fin.)

◎タオル(第2話)

2013-03-22 08:44:04 | ある少女の物語
「皆さんこんばんはゆずでーーーーす!」
 いよいよゆずの2人が登場。北川さんの叫び声が会場全体に響き渡る。
「先日は体調不良でご心配をおかけしてすみませんでした。最初は坊主になってYoutubeに上げようと思ったのですが」
 時事ネタも織り交ぜる北川さんのMCに会場は更に沸いていた。
 その後も『シシカバブー』『みぞれ雪』『しんしん』『from』と名曲が続き、6曲目は10年前にドラえもんの主題歌で話題になったこの曲。
「青い空 白い雲 勇気をもって踏み出そう」
 メジャー中のメジャー曲だけあって、『またあえる日まで』はゆずの2人のみならず観客全体での大合唱になっていた。
 ハンディカメラを持ったスタッフが客席を歩き回り、その映像がメインの大画面にリアルタイムで映し出される楽しい演出の中、僕も観客に混じり口ずさむ。しかし、それは30秒と続かなかった。
 歌い出しを少し歌えただけで、Bメロの歌詞は全く頭に入っていなかった。すぐ近くで僕より小さい子供も歌っている。そして少女も。なのに僕は……。
「またあえる日まで 夢を叶えよう 信じる事が 心を繋ぐ」
 せめてサビだけは必死に歌った。少女に幻滅されたくない、ただそれだけの想いで。

『ワンダフルワールド』『虹』『HAMO』『Hey和』『地下街』――懸命に歌い、ギターを弾き続ける北川さんと岩沢さん。それを後押しするかのように観客は手拍子やPPPH、両手を上に伸ばし左右に振るなど、様々な合いの手を入れる。ロマンスやMIXを連発する秋葉原のオタクに比べれば難易度は低いこともあって、ライブ自体が初めての僕でも周囲に合わせるだけで合いの手をこなす事ができた。物理的にも精神的にも会場が一体となりゆずを応援するこの空気がとても気持ち良かった。
 少女は合いの手に加えジャンプまでしていた。その姿は無我夢中そのものだった。ライブ前にニットを脱ぎ靴を履き替えたのは動き易くする為だったのだ。
 そして。
「予定時刻は6時 あとわずかで僕らは別々の道」
 台所で母親が良く口ずさんでいた『サヨナラバス』。これなら歌える。会場の大合唱に負けない声で僕は歌った。
「サヨナラバスは君を乗せて静かに走り出す」
 羞恥心を捨て、とにかく歌い続けた。しかし、すぐ左に居る少女をチラリと見るも、僕のほうをまるで見ようとしない。

 その後も『陽はまた昇る』『桜会』『REASON』『また明日』『いちご』『少年』『栄光の架橋』と、一部を除き、何度も事前に聴いている曲が続いた。曲の既知の有無は感情の高ぶりを大きく左右しており、事前に聞き込んだのは無駄ではなかった。僕はこのライブの空気に触れているだけで満足だった。
「一人じゃない 心の中 どんな時も with you」
 最後の曲『with you』を歌い終えた北川さん、岩沢さん、そしてバックバンドの面々はステージを去る。一般的なアンコールのかけ方は少し速めの手拍子を繰り返す。僕は何らかの映像媒体でその知識を得ていた。手拍子をしようとした矢先、事件は起きた。



「君の心へこの唄が届きますように」



 アンコールの手拍子が起こらない。代わりに聞こえてきたのは観客の誰か一人の歌声だった。

(つづく)

◎タオル(第1話)

2013-03-22 08:41:46 | ある少女の物語
「腕を前から上に挙げて大きく背伸びの運動から、ハイ」
 数年前の夏休みの気だるい朝が蘇る懐かしい台詞。それが聞こえた時、一瞬戸惑いながらも僕はピアノの伴奏に合わせて両手を動かし始めた。何のことはない。今僕等に課せられた試練は『ラジオ体操第1』を踊りきること、それだけだ。ただ、小学生の頃と異なる点は、1万2000人以上もの老若男女と試練を共有していることと、場所が横浜アリーナであることだった。



「片山奈々美です。よろしくお願いします」
「……それだけ? もっと何か言うこと無いの? 例えば好きなものとか」
「好きなものは……“ゆず”です」
 僕は3学期の訪れと共に転校してきた少女に想いを寄せた。無口で大人しく心を閉ざす彼女にまつわる唯一の情報は『ゆずのファンであること』だった。
 その2文字の平仮名は母親から聞いたことはあった。僕が産声を上げる数年前、伊勢佐木町の商店街に新星の如く現れた男性2人組によるフォークデュオで、今年でメジャーデビュー15周年を迎えるベテランだというが、ジャニーズの5人組や総勢200人を超える国民的アイドルグループの話題で持ち切りの僕のクラスではこれまで彼等の存在自体語られることは無かった。決して流行に流されない少女のセンスの高さを感じた。15周年を記念するライブが2月に自転車で行ける範囲の会場で開かれる。仲良くなるにはこれしかない。僕は有り金を叩いてネットオークションで連番のチケットを落札した。
「あ、あの……立見席だけど、ゆずのライブのチケットが2枚手に入ったから、一緒に行かない?」
 おそらく僕は生まれて初めて“勇気”を出したのだろう。話したことすらない女の子をいきなりデートに誘うのだった。



 公演前に観客のみならずスタッフ、警備員も含めた全員で『ラジオ体操第1』を踊ることがゆずのライブの恒例行事となっていた。
「最後に深呼吸~。大きく息を吸い込んで吐きます。ごぉー、ろく、しち、はち」
 それが終わると会場が暗くなり、トップを飾る曲『1』のイントロが流れ、会場が1万2700人の拍手に包まれる。その光景を見渡した僕は早くも過ちを犯していることに気付いた。アリーナもスタンドも隅の隅までピンク、緑、黄色の光で点々となっている。サイリウムである。不覚にも僕は用意するのを忘れていた。3色いずれかのサイリウムを観客の九分九厘が持っており、すぐ左にいる少女の右手にもピンク色に光るそれがあった。学校で一度も見せたことの無い少女の満面の笑顔がそこにはあった。今、彼女は心の底から本当に楽しんでいると確信した。



「坂本君もゆずが好きなのですか?」
 少女が初めて僕の名前を呼んでくれた。
「う、うん。親の影響で聴き始めたらハマっちゃって」
 ここからは完全に出任せだった。ゆずファンになりきらないと、少女とライブに行くことは不可能。
「とっても嬉しいです。是非行かせて下さい」
 少女がOKしたのは大好きなゆずのライブに行きたいから。僕で無い人が誘っても同じ結果だっただろう。それでも良い。これをきっかけに距離を縮めることが僕の最初の目標である。
 その日から猛勉強の日々が始まった。TSUTAYAでアルバムを5枚借り、その70曲以上の中から1月に行われたばかりの大阪公演のセットリストに含まれる16曲のみをウォークマンに落とした。限られた期間内に横浜公演で歌うと思われる曲を1つでも多く覚えるにはこれが一番効率の良い方法だろう。試験範囲を元に要点を絞って覚える、学校の勉強のようなものだ。幸いにも僕はクラスで両手指に入るレベルの学力はあった。登下校、休み時間、家での勉強中から入浴中まで16曲を繰り返し聴き、その全てをイントロだけでタイトルを当てられるまでに時間はかからなかった。

「一番好きな曲は何ですか?」
 そして訪れた運命の日、2月8日。会場の外で並び待機している最中、少女は聞いてきた。
「初期は『夏色』、最近のだと『虹』かな。“誰のせいでもないさ 人は皆 鏡だから”の部分に北川さんの優しさが滲み出ていると思うの」
 予想される質問にはあらかじめテンプレートを用意し、単語カードに書き込んで覚えていた。
「『虹』私も好きですよ。あとは『つぶやき』とか、初期だと『月曜日の週末』とか。岩沢さんの作る曲のほうが好きですね」
 アルバム曲を挙げるあたり、少女のセンスの高さを感じた。だがその2曲はどちらも大阪公演のセットリストには無かった。おそらく今日も歌わないだろう。
 立見席は2階スタンドの最上段に立って観覧するというものだった。
「ごめん、こんな席ですらない所しか取れなくて」
「全然大丈夫ですよ。ライブ中はどうせずっと立っていますから」
 そう言いながら少女はコートを脱いだ。初めて見る少女の私服は、ラインが濃いめのランダムボーダーニットに緑のフレアミニスカート、黒のニーハイソックスにショートブーツだった。細めと太めが混在するボーダーで視線を拡散させる等、着膨れしがちな真冬に細見えする工夫が施されており、制服とはまた違う魅力の少女を拝むことが出来た。と思ったその時だった。着やせ効果のあったニットを脱ぎ、トップスはゆずのTシャツ1枚だけになってしまったのだ。しかも可愛らしいブーツは大きめの鞄に仕込んでおいたスニーカーに履き替え、ニーソとのバランスが悪くなってしまう始末。これからランニングでもするのかと思うほどダサくなってしまった。

(つづく)

◎4年前に書いていた小説の続きを募集してみる

2013-02-02 11:10:34 | ある少女の物語
『桜の舞う頃に・・・』を完成させたのが4年前。
当時、当方は調子に乗って2作目を執筆していたのだが、途中で話が浮かばなくなり未完のまま今に至る。
USBメモリに残っていたので、勿体ないので載せてみる。

簡単に言うと高校(高専)のファッション研究部を舞台にした物語。
テーマは良い気がしたのだが、私服のセンスが絶望的な当方にはハードルが高すぎた。

そこで「続き」を募集します。
HNを明記の上miracle_believe32◎excite.co.jp(◎=@)まで。
ちょっとしたアイデア提供も大歓迎(コメント欄にて)。
下記文章はいくらでも改変可。
あるいは同じ題材で冒頭から作り変えちゃってもOK。
とにかく皆様の力をお貸し下さい。当方には限界です。

※下記作品の無断転載や、完成作品の無断UPはご遠慮下さい。全ては当方に事前連絡願います。
※ファッション情報は全て2009年当時のものです。今風に改変可。
※これは「ガチ小説投稿宣言」とは一切関係ありません。そっちは完全新作を執筆します。


それでは未完の本編は↓こちら。


===


『Seventeen(仮題)』


 俺は毎日、学校帰りの電車の中で泣いていた。
 高校生活がこんなにも辛いものだとは思わなかった。イヤ、正確には高校ではなく“高専”である。
 工学系の大学と大差ない厳しさの中で5年間も過ごさなければならず、卒業しても“準学士”という微妙な学位しか貰えない。
 俺は工学系への興味が無かったのにも関わらず高専というものに入ってしまった。数学や化学など理系の授業は難しすぎてとても付いていけず、専門科目もプログラミングや製図、機械実習など、やりたくもないことを無理矢理やらされ怒られる毎日。クラスの学生たちは皆オタク気質でおかしな連中ばかりに思え、友達になれそうな気の合う人は1人もいない。そして何より女子が異常に少ないことがモチベーションを極限まで下げていた。
 俺の思い描いていた高校生活とは全く違う。入学して1ヶ月、早くも俺はこの学校を続ける意欲が無くなっていた。もう辞めてしまいたい。高校受験からやり直したい。

 日曜日の夜、絶望に満ち溢れていた俺は、駅前のロータリーを歩いていた。すると、
「人生に、疲れましたか?」
 突然聞こえてきたその言葉で俺は立ち止まった。アコースティックギターを肩にかけた女性が、歩く人々に語りかけていたのだ。
「もっと肩の力を抜いてみてはいかがですか? 嵐のように過ぎゆく時に流されながらも、あなたは一本の道を歩き続けてきたのです。本当にお疲れ様です。でも、そろそろ立ち止まってみてはいかがですか?」
 公衆の面前でよくそんな臭い台詞を吐けるなあ、と心の中で突っ込むのを忘れさせるほどの衝撃があった。この女性は公立高校の制服を着ており、ある程度焼かれた顔に茶髪、そしてルーズソックスというギャル風の小娘だったのだ。
「それでは最後の曲になりました。お聴き下さい、『Gloomy girl』」
 ギターで弾き語りをする小娘。ギャルとは見た目だけで、清楚な口調と言葉使い、そして春風のように優しい歌声が何よりも印象的だった。
「ありがとうございました、ミホでした」

 翌日の放課後、俺は足早にサークル棟へと向かっていた。軽音部を見学するためである。
 理屈なんて無かった。ただ、ギターを弾けるようになれば何かが変わるかもしれないと昨日の小娘を見て思ったのだ。しかし、
「自分で楽器を持っている人じゃなきゃ入部できなくて、無い人は自腹で買ってもらうことになっているんだ。悪いけど、部員が皆本気だからそれぐらいやる気のある人じゃないと困る」
 厳しい入部条件だった。俺はギターどころか楽器を何も持っていなければ演奏経験も全く無いし、貯金も無い。どう考えても軽音部は諦めるしかないと思い、部室を出たその時だった。
(!!!)
 廊下を歩く一人の少女。可愛い。少女のワッペンの色は2年生のものだった。学年は違うが、少女とは校内で時々すれ違っており、その度に胸の鼓動が治まらなかった。一目惚れだった。
 どの部室へ向かうのだろうか。俺は少女に気づかれない距離で後をつけた。そして入ったのは“ファッション研究部”と書かれた部室。
俺はこの部への入部を決意した。少女がいるのならどんなサークルでもいい。少女と一緒にいれば何かが変わる気がした。泣いてばかりの毎日に終止符を打ちたかった。

 しかし、入部初日からファッション研究部の厳しさを痛感させられることとなった。
「ハイ、3万円。これで帽子から靴までトータルコーデしなさい」
 部長の今野明美から早くも指令が出される。
「コーディネート、ですか?」
「来月の中旬に定期ファッションショーを開くんだけど、見学に来た日に紹介した3人のモデルいたでしょ? 滝口と水島と野田のことね。ファッションショーでその3人の誰かに着せる服を買うのよ。期限は来週の火曜までね」
 そのうちの一人、水島詩織が少女の名前だった。少女はこの部ではモデルだったのだ。
「でも、どうやって服を選ぶんですか?」
「それは自分で考えなさい。これは教えたら意味ないのよ、考えることが大事だから」
「入部早々そんなこと言われましても……」
「あのね、本当はこの部に男なんて必要ないの。ファッションショーも男はモデルにならずに裏方に回るだけなんだから。だからせめて服のセンスは持ってもらわないと話にならないのよ」
 そんなことを言われても、俺は今まで自分の服にすら興味を抱いたことがなく、持っている私服はダサいものばかりなのに、ましてや女の子のコーディネートなど出来るわけが無い。しかし、
「頑張って下さいね、秋本君」
少女に可愛い服を着せてあげたい。少女のためなら頑張れるような気がした。
「ハ、ハイ、了解しました!」

 その2日後には部会が開かれ、そこでも部長は厳しかった。
「野田、あんたウエスト3.5センチオーバー。ちゃんと毎日1万歩歩いてるの?」
「最近測ってないので分からないですぅ」
「万歩計持ち歩きなさいって言っているでしょ? まあいいや。今日からちゃんと1日1万歩ね。あと来月の10日までにブートキャンプ4周とターボジャム2周しなさい」
「エー、またビリーですかぁ? もう飽きましたぁ」
「つべこべ言わずにやりなさい。OL部門のモデルに相応しい長身体形はあなたしかいないんだから。20代女性向けファッション雑誌4誌の現役モデル計40人のデータから算出した平均身長は167センチ、平均スリーサイズは上から82-58-85センチ。身長は平均値の5センチ前後、スリーサイズは3センチ前後に入らなければファッションショーに出られないって部の決まりがあるのよ」
「分かってますよぉ」

 その2日後は土曜日だったが、俺を含め部員たちは朝から渋谷に集められた。この部は毎週土曜日にストリートファッション調査を行うことになっている。週替わりで渋谷、原宿、銀座、代官山のいずれかへ赴き、街を歩く女性たちのファッションを研究し、レポートにまとめなければならない。
 しかし俺は、女性の顔や胸の谷間についつい視線が行ってしまい、服の着方まで細かくチェックするのは難しいことだった。そして、土曜の渋谷だけあってカップルが異常に多い。俺の前を楽しそうに横切るカップルを見る度に鬱になった。俺は何をやっているのだろうか。一体何がしたいのだろうか。
「秋本君、顔色が悪いですよ? 大丈夫ですか?」
 俺を心配したのか、少女が話しかけてくれた。
「あ、イヤ、あの、大丈夫ですよ。ちょ、ちょっと寝不足で」
 俺は少女の前でだけはいつも緊張のあまりオドオドしていた。
「睡眠はちゃんと取らないと駄目ですよ、秋本君」
「あ、ハイ、すみません……」
「どれくらいノート書けましたか?」
「エーット、まだ3~4行ぐらいです」
「それじゃレポート書けないですよ。ちゃんと書かないと明美先輩にカンカンに怒られます」
「そうなんですか? すごい厳しいですね」
「まあ慣れですよ。私も入部当初は部長や先輩に何度も怒られていました。でも1年も経てば慣れて楽しくなってきますよ、私みたいに」
 優しいのみならず、一つ年上なだけで俺より何倍も大人に見えるところが少女の魅力だった。
「ストリート調査も慣れれば簡単ですよ。よく見ればホラ、ワンピはボーダーが多いし、デニムはショーパンとかケミカルウォッシュのロールアップとか、あと黒のレギンスも結構いますよね」
「え、ケミカルウォッシュ? ロールアップ? レギンス?」
「それぐらいのファッション用語は知っていないとこの部は務まりませんよ?」
「あ、すみません……」
 午後は全員でショップ調査を行った。毎回訪れる行きつけの店に行き、店員にいろいろ質問してトレンドを知ることが目的だった。渋谷のあちらこちらを歩き回り、4時間かけて10軒も回っていた。
 空が赤く染まる頃にようやく終わり、最後に部長が口を開いた。
「来週の火曜は定期ファッションショーに使う服のプレゼンの日よ。まだ服を全く買っていない人はいないと思うけど、火曜までに必ずトータルコーデを完成させること」

 俺はまだ服を全く買っていなかった。少女のためなら頑張れると思っていたが、少女は高校生部門のモデル。今時の女子高生はどんな服を着ているのかがさっぱり解らない。本屋で女性ファッション雑誌を買う勇気が無ければ、レディースの洋服屋に入る勇気はもっと無かった。
結局、ネットの通販サイトで服を探し、速達指定で注文。ギリギリ間に合った。選定のポイントは少女が着たら可愛いかどうか、ただそれだけだった。

 そして火曜日、プレゼンの日は訪れた。他の部員たちにレジュメを配り、購入した服一式を着せたマネキンを使って説明するという本格的な形式だった。
 全員が真剣な面持ちの中、ついに俺のプレゼンが始まった。
「テーマは『初夏の乙女系女子高生』です。女性は高校の制服を着るとより可愛くなるのが相場なので、限りなく高校の制服に似せた私服になるようにコーディネートしました。リーバイスの白のウエスタンシャツは袖を捲し上げてクールさを出し、リボンは王道のピンク、ニットベストは控え目な薄いベージュでリボンを引き立て、スカートは赤のチェック柄のフリルで可愛さをアップ、さらに定番の黒のニーハイソックスで無敵の絶対領域を演出しました。帽子は古き良き麦わらでギャップを出し、靴はシンプルにハルタの黒のコインローファーです。無難であり鉄板でもあるこの正統派乙女系コーデですれ違う男たちを一人残らずメロメロに出来ること間違いないでしょう」
 これが、俺が精一杯考えた少女に着てほしいコーディネートだった。
 全員のプレゼンが終わると、部長と3人のモデル以外は皆廊下に出された。ここからは協議タイムとなる。ファッションショー本番で中学生、高校生、OLの3部門にそれぞれどの部員のコーディネートを採用するのかを彼女たちだけで話し合う。ここで採用されなかった服は無常にも全て古着屋に買い取ってもらわねばならず、買取価格全額を学校に返すことになっている。
 廊下で待っている間、俺はずっと緊張していた。少女のために、少女だけを考えて選んだ服。もちろん少女に選ばれて欲しい。俺の熱意が少女に届いて欲しい。
 協議は15分にも及び、ようやく部長から入室の許しを得た。ついに結果が出たのだ。
「協議の結果、中学生部門は野田香苗、高校生部門は佐々木雄二、OL部門は滝口美奈、以上の部員のコーデをそのまま採用することになった」
 ショックだった。俺のコーディネートは少女どころか誰からの支持も得なかったのだ。
 それどころか、最後に俺一人だけ残され、部長からの説教を受けてしまう。
「まあ今まで何も言わなかったってのもあるけど、あんたファッション舐めすぎ。制服に限りなく似せた私服って言うけど、だったら最初から制服でいいじゃんって話。現に学校の制服を私服として休日の街を歩く女性が高校生はもちろんOL世代にも増えていて“制服ファッション”なんてジャンルも出来ているのよ。そういうの知ってた?」
「イヤ、知らなかったです……」
「一つ一つを見てもダメダメすぎる。例えばリボンを引き立てたいならニットベストも白で良くね? 薄いベージュにしちゃうとシャツ、ベスト、リボンのバランスは保たれるけどその分ピンクのリボンは目立たなくなるよね? あとシャツの袖を捲し上げたのも意味不明。乙女系がテーマなのにクールさを出す必要性はあるの? 麦わら帽子も似合わなすぎて笑っちゃう。ワンピ系の私服にはマッチするだろうけど制服スタイルに被せても邪魔にしか見えないし。で、挙句の果てにはニーソ? そんなのキモヲタ以外のどこに需要があるのよっ!?」
「す、すみません!」
「あと一つ質問だけど、このレジュメを見てもシャツと靴以外はブランド名を書いていないのは何で?」
「エ、イヤ、その、ちょっと解らなくて……」
「ファッションショーに来るお客さんは、欲しい服を見つけたらどこのブランドかとか、どこで買えるんだろうとか知りたいわけよ。だからブランド名が解らなくてもせめて買ったお店は書きなさいよ。例えばこのリボンは何ていうお店で買ったの?」
「イヤ、その……覚えていないと言いますか……」
「まさかヤフーとか使ったんじゃないでしょうね?」
「……そのまさかです」
「いかにもキモヲタがやりそうなことね。コーデ初心者がいきなりネットで買うのはとても高いハードルなのよ。お店で実物を見て決めるのは基本中の基本よ。学校の予算で買ってるんだからさあ、もう少し考えて服を選びなさいよ」

◎薔薇色への架け橋(最終話)

2012-10-18 01:13:11 | ある少女の物語
「おはようございます。すみません待っているって聞いたんで」
 ついにKSMが姿を見せた。いよいよ作戦決行の時が来た。
「今日シフトインするとか言って来れなくてすみませんでした」
 僕は落ち着いて脳内の原稿を読み上げる。
「イヤ全然大丈夫ですよ(笑)」
 この時KSMは確かに笑っていた。
「それでですね……あ、仕事残っているなら先にどうぞ。終わるまで待っているんで」
 それは原稿には書かれていなかった。だが仕事を中断させてまでする話では無いと思い、とりあえず彼女を仕事に戻らせようとした。しかし、
「イヤ、あとちょっとなので大丈夫ですよ」
「あ、それなら、エーット、その……」
 アドリブの効かない僕はとうとう吃音の症状が出始めてしまった。
「じゃあすぐ終わるんで。あの……いきなり変な事聞くことになるかもしれませんけど、さ、最初は誤解するかもしれませんけど、と、とにかく最後まで落ち着いて聞いてもらえますか?」
 平常心を失い、原稿の台詞とは3割ほど異なる言葉を発していた。
「え、え、何ですか?」
「KSMさんって、彼氏とかそういうのいるんですか?」
 落ち着け。これはハードルの低いミッションだ。
「あー、居ないですよ」
 ベストな返答が来た。これで交渉はかなりしやすくなった。
「実は僕の友達で彼女居ないとか友達少ないとかで困っている人が何人か居るんですけど、もし良かったら今度その人たちと会ってみませんか?」
 今度は落ち着いて言えた。しかし、
「イヤいいですよ(笑)。私彼氏とか要らないんで」
 まさかの拒絶。しかも予想だにしない理由だった。そう来るとは思わなかった。だが理由など関係ない。拒絶された以上、せめてアドレス交換には持っていかなければならない。
「ああそうですか……後は僕個人の話になりますけど、T店の情報も色々知りたいですし、アドレス交換してもらえますか?」
 あくまでも仕事上の情報交換の為のアドレス交換。不自然ではなく、むしろ仕事をする上で普通の事なはずだった。
「イヤ私、この店の事ほとんど知りませんよ?」
 それすらも彼女は躊躇った。ここで身を引けば良かったものを、僕は更に暴走してしまう。
「あとは仕事の愚痴とか悩みとか色々話したいってのもあるんで」
「イヤイヤ、それは私なんかより部長に言ったほうが良いですよ(笑)」
「イヤそれは一番出来ないので……アドレスだけでも交換して貰えませんか?」
 何を血迷ったのか、僕はアドレス交換という言葉を二度も使い、より強調されてしまった。
「………」
「………」
 とうとうお互いが言葉を失った。そして、
「バタン」
 KSMは無言で出てしまった。僕は事務所に居ながら彼女の動きを防犯ビデオで追うと、Hと笑いながら何かを話す映像が確認された。


――もしかして、フラれた?――


 会話を振り返ると、友人を口実に僕自身がKSMに迫ったかのような交渉になっている事に気付いた。そんなつもりはハナから無かった。ただ僕はリア充の仲間入りをしたい、それだけのささやかな願いだった。
『どんなに嫌でもアドレス交換をその場で拒否る人は居ないでしょ』
 現実は、仕事目的でのアドレス交換すら断られるという1ナノも想定していなかった結果になった。



 数え切れないほどの僕への感謝と笑顔は何だったのか。あくまでも仕事上の感謝と上辺だけの笑顔、ただそれだけだったのか。結局彼女は僕を仕事仲間以上の存在だとは思っていなかった。イヤ、それで良かった。週2でKSMと笑い合いながら仕事をする、それだけの関係で僕は満足なはずだった。T店ヘルプが続いてさえいれば、ここまで傷心を負う事は無かったのだ。
 そして僕はKに負けた。僕がどんなにKSMの負担を減らす事を考えて仕事をしても、彼女と仲が良いのはそんな事を微塵も考えていないKのほうである現実。仕事とプライベートは全くの別物だったのだ。何故そんな簡単な事にも気付かなかったのか。



「違う! 同じ事何度も言わせんな」
 人に感謝される仕事をしていたT店ヘルプの日々が嘘のように、僕はK店で店長とマネージャーに怒られる日々に引き戻された。僕の配属はK店であり、これが当たり前なのだと割り切る事にした。

 人の心を散々掻き回しておいて、簡単に突き落とす。この仕事を始めてからもう何人目だろうか。当分の間、女性を信じる事は出来ないだろう。それでも非リアからリア充に転身する日を夢見て、今日も仕事をする。


(Fin.)


◎薔薇色への架け橋(第4話)

2012-10-18 01:10:40 | ある少女の物語
 もう迷いは無かった。それでも作戦だけは慎重に立てた。そもそも僕は現実的にKSMと真剣に付き合えるとは思っていないし、そんな大きな目標ではない。ただリア充の仲間入りをしたい、それだけのささやかな願いだった。そこで出会いに飢えている友人に相談をもちかけた。
「じゃあ俺を含めて彼女ほしい友達が何人か居るっていう体で」
 友人が名案を考えてくれた。まずはKSMに彼氏の有無を聞き、居ない場合は、
「実は僕の友達で彼女居ないとか友達少ないとかで困っている人が何人か居るんですけど、もし良かったら今度その人たちと会ってみませんか?」
 と交渉する。彼女のOKが出れば後はメールアドレスを交換し終了。後日僕が仲介役となってKSMと友人と3人で食事をし、晴れてリア充にジョブチェンジという策略である。
 もしKSMに彼氏が居るなら、仕事の悩みや愚痴を話したり店の情報交換をしたいという理由でせめてアドレス交換に持っていき、一旦身を引き作戦を練り直す。それだけでもリア充に一歩近付く。
「どんなに嫌でもアドレス交換をその場で拒否る人は居ないでしょ」
「だよねー」
 作戦の全容は決まった。それでも不安が消えなかった僕はワードで台詞の原稿を作成した。分岐A、分岐B、分岐A-1、分岐A-2、分岐B-1……アドリブに重度に弱い僕でも対処できるよう、分岐の多い精密な原稿が完成した。アドレス交換に必須な赤外線通信のリハーサルも行い、準備は整った。



 9月18日、ついに勝負の日を迎えた。朝の5時45分にも関わらず、僕は既にT店の最寄り駅に居た。通勤服のワイシャツとスラックスを身にまとい、ギャツビーフレグランスを頭、顔、首筋に腕までたっぷり塗りたくった。身だしなみの最低レベルはクリアしただろう。原稿を読み直し最終確認。緊張は臨界点を突破していた。イヤ、緊張する必要は無いはずだった。これは決してハードルの高い試練ではないのだ。愛の告白ではないし、二人きりで食事に誘う訳でも無い。KSMに友人を紹介する、ただそれだけの事なのだ。
『夜勤スタッフの黒髪セミロング眼鏡っ娘です。今日はわざわざ来ていただきありがとうございます』
『今日は本当に助かりました。ありがとうございます』
『僕さんが一緒だと心強いです』
『イヤ、何でですか?(笑) 全然大丈夫ですよ』
『イヤイヤ、ありがとうございます、とても助かります』
 彼女は何度も僕に感謝し、笑顔を見せていた。加えて吹きガラスのコップ。ここまで成功の二文字が見えるミッションは僕の経験では前例が無い。
「よし、やってやるぜ」
 確固たる自身を持ち、僕は歩き始めた。一歩、また一歩とT店に近付く。



 不思議だった。入社してから5ヶ月ちょっとで、それまで僕は、何処にでも居る普通の非リアで。でも感じていた。今までの自分じゃ、普通の非リアじゃ無くなる瞬間を。



「おはようございます」
「アレ? 僕さん何で来たんですか?」
 6時5分、店内に居たのはKSMではなく女性マネージャーのHだった。KSMの勤務は6時までで、ちょうど退勤時を狙って鉢合わせる予定だった。
「K店に足りないPOPをいくつかコピーして貰いたくて来ました」
 だがこれも想定の範囲内。僕はHにT店に来た表向きの理由を説明した。
「何でこんな朝早くから?」
「このあとK店に発注しに行くんですよ」
「なるほど。それで通勤服ですか」
 辻褄合わせは完璧だった。そして、ヘルプに行けなくなった事を謝罪し、POPのコピーという事務的な処理を終えると時既に6時20分。KSMの鞄が置いてある事も確認できたが、未だ彼女は姿を現さない。
「もしかしてKSMさんはウォークインに居ますか?」
「そうですね。まだやって貰っていますね」
「ちょっとKSMさんにも挨拶したいので、事務所で待っていても良いですか?」
 まさか待機になるとは予想していなかった。僕と組んだ日にKSMがこの時間まで残業した事は無い。やはり僕が早出をしてまで彼女の作業を手伝っていた事に意味はあった、そう思いたかった。
 緊張が途絶えないまま、壁に貼られたシフト表に自然と目が移る。僕の名前が書かれるはずだった月曜夜勤と水曜夜勤の枠には、それぞれ部長とKの名前があった。翌週の表も同じだった。これで水・金と、Kは週2でKSMと一緒になる。もう僕の出る幕は本当に無くなった事に気付き、改めて悲しくなった。だが待ってろよK。すぐにお前と同じ状況になってやる。第二章に足を踏み入れてみせる。


(つづく)

◎薔薇色への架け橋(第3話)

2012-10-18 01:07:11 | ある少女の物語
 この世に存在する70億ものホモサピエンスは、ありとあらゆる方法で二つに大別される。男と女、大人と子供、サディストとマゾヒスト、平和主義者と軍国主義者、そしてリア充と非リア充だ。リア充とは三次元世界での生活が充実している人物を指し、それ以外の人物は非リア充となる。そして僕は非リア歴26年の26歳にも関わらず、リア充の軍団に紛れ込んでしまう事件が片手で数えられる程の回数は記憶に残っていた。
 そのうちの一回は2012年10月5日、新宿の某所で起きた。
「お土産は?」
「全部食べちゃいました、てへぺろ(・ω<)」
「太りますよ?」
「失礼ですねもう(笑)」
「ホラこいつ、こういう所がキモイんだよ」
「おいキモイって言うなよ(笑)」
 男女を意識せず、何でもかんでもしゃべり、周りは嘘でも笑って盛り上げ、多少失礼な発言も受ける側はネタとして受け止める。僕にはこういうものが無かった。九分九厘は黙り込み、聞き役として徹しているだけだった。イケメンでも無い男が乙女に対して「太りますよ」と発するなんて僕の中では冗談でも有り得なかったが、それすら許されるのが彼のキャラだった。これがリア充という名の薔薇色の世界。極度の人見知りで根暗の顔も気持ち悪い僕には永遠に縁の無い世界。そう思っていた。あの事件が起きるまでは。



<第二部:bridge>

「予定では来週の月曜にまたヘルプで来る予定なので、よろしくお願いします」
 2012年9月12日深夜、僕はKSMにお土産を渡すだけの為にT店に来ていた。
「おお、ちょうど良かった。今度言おうと思っていたんだけど」
 そこには部長も偶然居合わせていた。
「K店に新しく入った社員、エーット誰だっけ?」
「Iさんですか?」
「そうそう。彼女にK店を任せて、今後僕君には色んな店を回ってもらう事になると思うから。移動とか絡むとやっぱり体力的に男のほうが良いだろうし」
「ああ、それは全然良いですけど」
「とりあえず週の半分くらいはN店に行ってもらう事になると思う。あそこも今人が足りないんだよね」
 それを聞いた僕は内心でガッツポーズを決めた。既に週2でT店の夜勤が入っている現状に更にN店のヘルプも加わる。となると自店のK店に居る事はほとんど無くなるのではないか。上司に理不尽に怒られる回数も格段に減るだろう。入社して5ヶ月、ついに僕はパラダイスを手に入れた。ここまで耐えてきて本当に良かった。新入社員のIにも感謝しなければならない。彼女が居なければこうはならなかっただろう。
 そして、来週月曜にはまたT店ヘルプが控えている。KSMの期待を更に越えるには、今まで以上の仕事をしなければならない。前回2時間も早出してカップ麺の品出しまでやってしまったから、今度は4時間くらい早く出勤してウォークインの在庫の補充でもしちゃおうかな。KSMは更に驚き、飛び切りの笑顔も見せてくれるだろう。今から楽しみだ。その時僕は確かに幸せの頂点に居た。



 しかし3日後、散々持ち上げられた僕は、アラフォー店長とマネージャーの会話を盗み聞きし絶望の底へ転落する事になる。
「S店の店長が飛んじゃって、急遽明日からIさんを送り込む事になったの」
「大丈夫なの?」
「イヤ解らないけど、もう彼女しか人が居ないから。家も近いし」
「で、僕さんのT店ヘルプが無くなっているけど」
「もう無理でしょこの状況じゃ。私もN店に行かなきゃならなくなるし、T店まで構っていられないわよ。もし電話来たらテメエらで何とかしろって伝えといて」

 なんと、僕のT店へのヘルプ出勤が突然打ち切られた。あくまでも交通事故による自宅療養中のスタッフの代理であり、いずれは終わると腹を括っていたとはいえ、彼の復帰より前に違う理由で終わらざるを得なくなるとは、あまりにも理不尽すぎる。しかも、僕が週の半分は行く予定だったN店へのヘルプは交通費削減の為に自転車で通勤可能な店長が務める事になってしまった。来週から僕は元の週6自店勤務に戻る。話が違う。僕はパラダイスを手に入れたのでは無かったのか。幸運なのは店長とマネージャーの二重の魔の手から上手く逃れられたアラサースイーツIのほうではないか。何故5ヶ月も耐えてきた僕のほうが更なる不幸を背負わなければならないのか。元凶は突然辞職したS店の店長。今すぐ怒りをぶつけに行きたい、だが彼はもう僕の力では探し出せない。成す術はただの一つも無く、ただただ大人の事情に素直に従うのみだった。
『おーー、ありがとうございます(笑)』
 即座にKSMの笑顔が浮かんだ。その笑顔を見る事は二度と出来ない。この現状を納得できる人は居るのだろうか。少なくとも僕は違った。

――このまま、終わらせたくない――

 では、どうすれば良いのだ。

――第二章を始めちゃえば良いじゃない――

 何も仕事の付き合いのみに留める義務は無い。序章が仕事だとするなら、進むべき次のステージ、第二章は“プライベート”。早出をしてまでKSMの分の作業を代わりに行い、その分だけ感謝されてきた僕は、僕に出せる最大限の力で序章をコンプリートしたつもりだった。ならばこれを機に、彼女とプライベートの付き合いを始めてしまえば良いではないか。
『月・水が僕さんと一緒で、金曜だけK君と一緒ですね』
『ああ、あの2人(一人はK)とはプライベートで良く飲んだりしているんですよ』
 事実、あの時KSMと仲良く話していたKは一足先に第二章に突入している。
(何だよ……あんなに仲が良いなら付き合っちゃえば良いのに)
 イヤ、Kを妬むだけでは何も始まらない。僕にもKSMと仲良くなる資格はあるはずだ。偶然にも僕は秋田のお土産として3000円もの吹きガラスのコップをKSMにプレゼントし、既に親交を深める下地は出来ている。
 確かに僕はT店ヘルプが打ち切られ、絶望を味わった。だが、もしそれが僕の足を第二章へ踏み入れさせる為に神が仕組んだものだとするなら。リア充の仲間入りをするチャンスを与えてくれたものだとするなら。薔薇色の世界への橋を架けてくれたものだとするなら。

――渡るしかない――


(つづく)

◎薔薇色への架け橋(第2話)

2012-10-05 04:45:27 | ある少女の物語
 11時、ついに目的のバスがターミナルに停車。秋田は全路線が後払い制の為、後ろのドアから乗り込み、真っ直ぐ運転席へ向かう。
「214号線沿いにある《M吉神社総本宮》に一番近いバス停はどこですか?」
「え、何だって!?」
 50は超えているであろう運転手が聞き返す。
「214号線沿いのM吉神社総本宮です」
「214ってK曽石のほうか?」
「ハイそうです」
「そっちまでは行かねえぞ」
「それは解っていますけど、あの、一番近いバス停で降りたいんですけど」
「おーい、K曽石方面の人いっか?」
 なんとバスの運転手が乗客に道を聞くという暴挙に出た。
「いないでしょ。K曽石の人はこのバス乗んないもの」
 乗客の一人が答える。僕以外の乗客全員がおばさんだった。
「あれだ。《H田下町》だっけ?」
「《H田上町》じゃないの?」
「ああそうだ、H田上町」
「す、すみません、ありがとうございます……」
 まさかコップ一つを買う為にこんな恥をかく事になるとは思わなかった。今の僕は運転手にも乗客にも迷惑をかけている。
「でもそこから30分は歩くんじゃないの?」
「イヤ、それは全然大丈夫なんで」
 一往復とはいえ、初対面のおばさんと普通に会話を交わす僕。高齢化が止まらない秋田では珍しい事ではなかった。
 ヨーカドーの撤退を始めとする商店街の瀕死状態が全国ニュースで晒されてから早2年。ジュンク堂やロフトがオープンしささやかながらも復興の兆しを見せている秋田駅周辺を離れ、僅か20分で車窓からは田んぼしか見えなくなっていた。そして11時40分、僕は《H田上町》のバス停でバスを降りた。
 目の前にある214号線の入口には、この先に神社がある事を示す鳥居が立っていた。その横の看板には《M吉神社まで3km》。14時の法事に間に合わせるには、12時10分に《Dの下》を通過するT部線のバスに乗る必要があった。既に30分を切っている。僕に残された選択肢はただ一つ、“走る”事だった。フルマラソンの14分の1に過ぎない距離でも、学生時代に体育祭で走った1500メートルですら息を切らしていた僕にとっては苦痛だった。職場から東京駅へ直行し深夜バスに乗って秋田に来た僕は通勤服であるワイシャツとスラックスを身にまとい、ビジネスバッグを持ったままだった。それでも走るしかなかった。全ては世界に一つだけのコップの為に、KSMへのお土産の為に。
 左には木々しか無く、右には収穫間近の稲たちが生い茂るだけの民家一つ無い214号線。何故僕は今、こんな田舎道を走っているのだろうか。何が僕をここまで動かしているのか。

――笑顔――

 やはり行き着く先はその2文字だった。ヘルプ出勤の時も、KSMを笑顔にする事が彼女の期待を越える仕事をする事だと信じていた。今も同じだ。全ては彼女を笑顔にする為。金萬や携帯ストラップなら駅ビルでも買える。だが僕はKSMをその程度の存在だとは思いたくなかった。オンリーワンのコップを求め、ナンバーワンの想いで走り続けた。

 20分後、ついに僕は《M吉神社総本宮》に辿り着いた。おばさんの予想タイムを10分縮めた。そして目の前には《ガラス工房◎◎ 左折》の案内板が。目的地は目と鼻の先だった。案内板の指示通り脇道に入ると、今度は左右共に木々しか見えない。笑う両膝を懸命に動かす事5分。
「やっと……着いた」
 まるで秘境のジャングルを探検し巨大な蛇でも見つけたような感覚だった。その店は、左にショップ、右に吹きガラスの体験も出来る工房があった。今は体験などどうでもいい。帰りのバスの時間も迫っている為、急いで左の扉を開けようとしたその時だった。

《ショップは土日・祝日のみの営業です》

 扉の横にそう書かれていた。なんと、工房での作業に集中する為、平日はショップを閉めていたのだ。僕は店員に無理を言ってショップを開けて頂いた(※良い子は真似をしないで下さい。筆者自身も反省しています)。
 こうして多くの人に迷惑をかけてまで手に入れた3000円の吹きガラスのコップは、高さ10センチ程の円柱型で、白っぽい半透明の下地に筆で一点一点描いたような水玉の模様。手作りの温もりが溢れる至高の一品だった。
 他の社員へのお土産用にオリーブオイルの石鹸3個も併せて購入し、総額4260円。予算を大幅にオーバーしてしまった。ギフト用のラッピングも丁寧にして頂き、結果的にバスには乗り遅れた。こんな理由で法事に穴を空けるわけにはいかないので、急遽タクシーを手配し約2000円の出費が余計にかかった。だが後悔はしていない。KSMの笑顔の為なのだから。



 2日後、僕は自店で仕事を終えるとT店に直行した。
「秋田のお土産で、りんごもちっていうお菓子を持ってきたので食べて下さい。あと店長とマネージャーには個別のお土産があるんですけど、実はKSMさんにも、フィギュアのお返しがまだだったので用意しました。全部事務所に置いてあるのでお持ち帰り下さい」
「ありがとうございます。別にお返しなんて要らなかったのに(笑)」
 ついにKSMの笑顔を見る事が出来た。実は先日、KSMが“一番くじ”で当てたフィギュアを僕が引き取っていたのだ。お土産を渡す口実には最適だった。店長には携帯ストラップ(525円)、マネージャーには石鹸(420円)、そしてKSMには吹きガラスのコップ(3000円)。金額に差はあれど、3人にお土産を用意し、全て違う物にした事で上手い具合にカムフラージュも出来た。
「予定では来週の月曜にまたヘルプで来る予定なので、よろしくお願いします」
「ハイ、こちらこそよろしくお願いします」

 僕を絶望に突き落としたのは、その僅か3日後だった。


(第一部・完)



※214号線は仮称であり、実在しません。

◎薔薇色への架け橋(第1話)

2012-10-05 04:42:45 | ある少女の物語
※先に『7月第5週(番外編1)』→『同2』→『期待を越えたい物語(前編)』→『同後編』をお読み下さい。



 不思議だった
 入社してから5ヶ月ちょっとで
 それまで僕は
 何処にでも居る普通の非リアで
 でも感じていた
 今までの自分じゃ
 普通の非リアじゃ無くなる瞬間を



<第一部:gift>

「ご乗車ありがとうございました、秋田駅東口です」
 2012年9月10日、午前9時。乗務員のアナウンスと共に僕は深夜バスを降りた。
 実家に帰るというのは、あまり気の進む話ではなかった。僕の家族は色々と崩壊していたのだ。それでもこの日だけは法事という事情により帰る必要があった。会社には無理を言って公休日をずらして頂いた。と言ってもこの日の夜にはまた深夜バスで帰らなければならなかった。
 僕にとっての帰郷する意味はただ一つ。それは「KSMへのお土産」だった。毎週月・水のT店へのヘルプ出勤を無難にコンプリート出来るのは他でも無い彼女のお陰。それが僕側の身勝手な都合により10日月曜のヘルプを休まざるを得なくなったのだ。お礼とお詫びをお土産に代えて彼女に渡す事で、お金も時間も浪費する無駄に等しい帰郷に意味を見出したかった。
 問題は何をお土産にするか。駅ビルの物産フロアを散策しながら考えた。秋田のお土産の代名詞と言えば「金萬」だが、それではベタすぎる。他にはきりたんぽ、稲庭うどん、横手やきそば等の販売店が軒を連ねるが、何も食べ物に固執する必要はない。消えて無くなるものではなく残るものにしたい。ならばご当地モデルの携帯ストラップはどうか。それもお土産としてのインパクトは弱い。そもそもスマートフォンの普及でストラップは衰退しつつある。
 実は最初から目処を立てていた。前日の東京駅で手に取った秋田のパンフレットに記載されていたガラス工房のお店を見て、吹きガラスのコップにしようと決めた。一つ一つが職人の手作りであるが故に全く同じものを量産できない、いわば世界に一つだけのコップ。特別なお土産にしたい僕の希望に沿う最たるものだと思った。

 問題はお店までの道のりが長いという事だった。関東とは違い、最寄り駅というものが存在しない。ちなみに秋田駅から歩くと2時間以上はかかるという。公式サイトによるとお店近くの《M吉神社総本宮》の前に案内板があるそうなので、まずはそこを目指しバスに乗らなければならない。
 駅前のローソンに入り秋田市内の地図を立ち読みする。早速試練が訪れた。《M吉神社》の文字が3箇所も4箇所も記載されている。何故同じ名前の神社が幾つも存在するのか、僕は憤りを覚えた。公式サイトの住所を頼りに携帯でYahoo!地図を開き、何とか特定。《Dの下》がM吉神社総本宮の最寄りのバス停のようだ。
 今度はバスの公式サイトを開き、《Dの下》をキーワードにバス路線を検索すると、駅から直通で行ける路線は無く、大学病院で乗り換えが必要であり、しかも病院からDの下までの路線《秋田市マイタウンバスT部線》は一日2往復しか走っていない事が判明した。これが“秋田”なのだ。自動車普及率94%(東京は61%)だけあって、市内でさえ車が無いと支障をきたす現実。自分の故郷の交通事情を思い知らされた瞬間だった。2往復のうちの一本目が13時10分に病院を出るのだが、あいにく僕は14時からの法事に間に合わせる必要があった。ならばT部線は諦め、少しでも神社に近い道を走るバス路線を探す事にした。
「すみません、214号線(仮称)沿いにある《M吉神社総本宮》に行きたいんですけど」
 駅の総合案内所でおばさんに聞いてみる。
「M吉神社ならS北手線で10分よ」
 違う、そっちのM吉神社ではない。そこなら徒歩でも行けるし、訪れた事も何度もある。
「イヤ、214号線のほうなんですけど」
「214号線? ちょっと待って地図を見てみるから」
 案内所の人ですら馴染みの薄い《M吉神社総本宮》。別にお参りに行くわけではなくその近くのガラス工房の店に行きたいだけなのだが、神社は本当に実在するのだろうか。僕は不安になってきた。
「ああ、H田のほうね。T平線が一番近いんじゃないかしら」
「次の便は何時頃ですか?」
「11時よ」
 なんと、M吉神社総本宮に“近づける”路線さえも一日僅か8往復、2時間に一本しか走っていなかったのだ。まだ9時を過ぎたばかりなのにこれは痛かった。タイムリミットを考慮するとギリギリになる事は容易に想定できた。それでもKSMへのお土産の為に諦めるわけにはいかない。


(つづく)