78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎【超速報】ガチ小説第一弾完成

2013-12-17 06:23:13 | ある少女の物語
『ただの女子高生』
http://fumi2.jp/ourpart128/story001

大変お待たせいたしました。
感想・批評がもしありましたらリンク先でもこのコメント欄でもどこでも書いていただければ幸いです。



<よくある質問>

Q.『COLORS(仮)』はどうしたの?
A.<S>察しろ。</S> 申し訳ございませんが今年中の完成は絶望的です。気長にお待ち下さい。
もし期待していたらすみません。

◎ボジョレーヌーボーの季節なので没ネタを解禁してみた

2013-11-06 05:49:18 | ある少女の物語
「お前、今日チョコいくつ貰った?」
「うーん、あの娘とこの娘と……5個かな」
 毎年、バレンタインデーの締めくくりにこんな会話が男性の間で交わされるのが古くから伝わる日本の慣習と言って良いだろう。
 だが僕は、“今日”という単位でチョコレートをカウントする事がとても困難である。親族を除けば、今日ではなく“人生で”2個しか貰っていないのだから。
 しかも、そのうちの1個は中学2年に部活の後輩から頂いたチロルチョコ。数に入れていることすら卑怯だとつくづく思う。
 ならば気になるのはもう1個だが――



 2013年2月某日。僕の誕生日の前日は夜勤だった。それは必然的に日を跨ぐことを意味する。

「実は今日誕生日なんですよ」

 気がつくと、ある常連の女性のお客様にそんな言葉を発してしまう自分がいた。

 彼女の名を仮にCBJとする。つまり職業はキャバ嬢だ。年齢は20歳。
 人見知り故に常連客と打ち解けるスキルを持ち合わせない僕に親身になって話してくれる唯一の女性のお客様である。
 まあどの男性スタッフに対しても同じ対応をしているのだが、そんなことは関係なく、僕にとってはあまり緊張せずに女性と会話を交わせる貴重な存在でもある。
 相手の職業が職業だけに、カピバラのような“嫌われたくない”という特別な意識を持たずに済んでいるのだろう。

「おー、僕さんおめでとう!」

 自分から暴露して相手の祝福を誘う。今振り返ると汚いやり方だった。
 そして、事態は思わぬ方向へ。

「じゃあ何かプレゼントしないと!」

 CBJは売場のチョコレートを持ってきた。

「イヤ、お気持ちは嬉しいのですが、受け取れない決まりなんですよ」

 僕は必死に拒否した。前職の漫画喫茶(の姉妹店舗)では鉄の掟だった「チップの禁止」。今でも毎回お断りしている。
 だが彼女はお金を出してしまう。会計をすること自体はセーフだが、これを彼女自身のものとして持ち帰って貰わねばならない。

「お客様ご自身で食べて下さい」
「いいよー、受け取ってよ」
「もっと良い人はいるでしょ。そちらにあげて下さいよ」
「だって居ないもん」

 結局、CBJのお金でお買い上げいただいたチョコレートは、彼女が立ち去っても僕の目の前に残り続けた。
 こうなるなら余計なことを言わなければ良かった。
 幸いにも上司の許しを得ることはできた。チョコレートはそのまま美味しくいただいた。
 ちなみにお客様から誕生日プレゼントを貰うスタッフは他にも数名いるとのことだった。

 中2以来のチョコレートはこうして手に入った。僕のことをあまり良く思わないお客様も少なからず居る中、本当にありがたい話である。



 普通ならこれで話は終わる。だが今回はあれを決行しなければならない。

「やられたらやり返す。倍返しだ」

 某直樹さんの言葉を待つまでも無く、ホワイトデーでお返しをすることでせめてもの償いをしたかった。



 グーグル先生にご協力いただき、キャバ嬢にとって必要なものを調べた。そして一ヶ月後。



「この間いただいたチョコレートのお返しです」

 僕はハンカチをCBJに渡した。

「……あ、ありがとう」

 彼女は少し戸惑っていた。KSMやカピバラの時もそうだったが、僕が人にお土産やプレゼントを手渡すといつも微妙な空気になる。
 だが流石に今回の僕は間違っていないだろう。

「じゃあ私も最近誕生日だったから、プレゼント交換したってことで(笑)」

 この日は惜しくも3月17日だった。ホワイトデーのお返しだとは気付いてもらえなかったのだろうか。
 それはさておき、倍返しとまではいかないだろうが、これで責務は果たした。そう思うことにした。



 そして一ヶ月後。

「ハンカチだけど、来週から使うね(てへっ)」
「あ、ハイ……(まだ使っていなかったの!?)」


(Fin.)

◎奏(かなで)(最終話)

2013-10-04 09:23:18 | ある少女の物語
 カピバラと出会ってからの1年4ヶ月は、黒歴史の連続だった。

『指原みたいにファンの為にファンの為にって考えすぎると精神追い込まれてしまうんですよ。この仕事も一緒であまりお客様の為にって思いつめすぎるとそれが逆効果になることもあるわけです』

 2012年6月、かなり初期の段階でAKBの話をして引かれてしまったのも今では懐かしい。

>2007年から分割4クールにも渡り放送され、社会現象にもなったTVアニメ『CLANNAD―クラナド―』の有名なシーンである。私は主人公の岡崎朋也とある意味似たような境遇になった事がある。それは一年前、まだ今の仕事に就く前の事だった。
>(中略)
>自分の為でもお金の為でもない、誰かのために働く事こそが仕事であると、私は思う。
>あなたの大切な人は誰ですか?

 辞める直前のWに読ませた痛い文章『仕事とレゾンデートル』を、実はカピバラにも見せてしまっていた。

『大人の常識として言っておきますけど、この男性スタッフみたいに某ネズミの国のお土産を職場に持ってきたら駄目です。だって絶対恋人と行っているじゃないですか。一人で行くわけないし男同士で行くわけもないし。恋人が居ますアピールにしか見えないんですよ』
『別に良いじゃないですか(笑)』

『東横線が渋谷まで直通したからって、素直にそれに従うのは情報弱者なんですよ。プロは路線図を見て地下鉄を乗り継いでうんたらかんたら』
『ちょっと何言っているのか分かりません』

『ニセコイの小野寺さんが神の領域に達していると思うんですけど』
『あんなの居ないですよ(笑)』
『あとは氷菓の千反田えるが……』
『誰ですか?』

 僕はトークが大の苦手だった。変な話をたくさんして、その都度カピバラは正直な反応を見せていた。

『高校じゃなくて高専っていうところに入って、まあ9ヶ月で辞めちゃったんですけど、プログラミングの試験で0点取ったこともあります』

 そして、言う必要のない自分のマイナス要素を余す所なく暴露していた。

『その女性はメールアドレスさえも教えてくれなかったんですよ! あの笑顔は嘘だったんですか? 吹きガラスのコップまでプレゼントしたのに。3000円もしたんですよ? あれ以来女性を信じられなくなりました』
『別に信じなくても良いんじゃないですか?』

 絶望のあまり思わず愚痴をこぼしてしまったことも、彼女に対する意識が変わった今となっては物凄く後悔している。

『こうやってラベラーを打つだけで貼れます』
『おおおお、すごいですね(笑)』
『ちょっと、この程度のことで感動してくれるなんて可愛すぎますよ』

 それでも、カピバラはいつも僕にファムファタールのような笑顔を見せてくれた。

>無断欠勤少女に続き、Wまで。僕の心を散々掻き回しておいて、簡単に逃げていく。

>散々人の心を掻き回しておいて、簡単に逃げていく。無断欠勤少女、Wに続きお前もか。お前の為にどれだけ身を削ってきたと思っているのだ。

>人の心を散々掻き回しておいて、簡単に突き落とす。この仕事を始めてからもう何人目だろうか。

 物語のラストはいつもこうだった。元祖無断欠勤少女からKSMまで、何人もの人に裏切られた。一時は女性不信にさえなっていた。そんな中でカピバラだけは信じても良いと思えた。彼女の笑顔だけは本物だと思えた。彼女が笑顔を見せてくれるたびに僕は安心できた。

>彼女も何の心配も要らない存在なのだ。もう高校3年生。僕が思っている以上に大人だろう。そして、無断欠勤少女やWなど、過去に関わってきた女子高生たちに比べれば一番真面目な人であることは、彼女を一から見てきた僕が一番知っている。

 だが、いつまでも変わらずにはいられないのだった。気が付くと少女は大人になっていた。スタッフとして一から育て、昨年の春から「共に成長」してきた唯一の存在が、長くても半年足らずで巣立とうとしている。
 そんな彼女に僕がすべきことは何なのか。下手な絵を描いて見せる、ただそれだけで良いのだろうか。



――君が大人になってくその季節が
   悲しい歌で溢れないように
   最後に何か君に伝えたくて
   「さよなら」に代わる言葉を僕は探してた




「今週鎌倉に行ったんですけど、高校生スタッフ4人には個別にお土産を用意したので持って帰ってください」
「ああ、ありがとうございます……」

 2013年9月15日、ついに僕はカピバラに絵を渡した。合格祈願のお守りと鉛筆は付け合わせに過ぎず、本命はそこに仕込ませておいた一枚のカード。

 結局、顔に影を付ける作業は諦め、単色のペールオレンジのみを塗った。髪の毛にハイライトを付けることは出来なかったが、グラデーションで誤魔化した。背景は無料素材をそのまま借用した。妥協に妥協を塗り重ね、何とか着色を完了させた。それをキャッシュカードの大きさに縮小印刷し、これだけの為に2000円で購入したラミネーターに通しコーティングして完成。

 このカードには2つのメッセージが入っている。まず裏面にはネームペンでこう書いた。
『※これは大がかりなギャグなので捨てても良いです。本当にすみませんでした』
 あれだけ労力を費やし本気で描いた絵が「ギャグ」。僅か一ヶ月で上手な絵を描くこと自体無謀だったのだ。せめて数ヶ月前から描き始めていればまだ違った結果になっただろう。この計画に気付くのが遅すぎた。

 そして、表面の、カピバラの絵の右下を良く見ると、小さくもうひとつのメッセージが。


     『 Thank you. 』


 それが「さよなら」に代わる言葉だった。クズな僕がどんなに駄目駄目な部分を晒しても、いつも笑顔を見せてくれたことに対する感謝。どんなに仕事が辛くてもその笑顔で心が洗われ何とか一年半も続けることが出来たことに対する感謝。そして、この絵を見せてしまった一週間後でも気にせず笑顔を見せてくれた優しさに対する感謝の意を、ストレートに8文字のアルファベットで綴った。



 9月30日、人事異動により僕は一年半お世話になった店舗を、カピバラの居る店舗を離れることになってしまった。彼女はまだ辞めていないのに、予想を遥かに上回る早さで別れは突然訪れた。それまでにプロジェクトを完遂できたのは不幸中の幸いだった。絵の完成があと2週間遅ければ、8文字のメッセージを伝えることは永遠に無かっただろう。

 新しい配属先の店舗で、新たな女性との出会いもあるのかもしれない。それでもカピバラを超える存在は二度と現れないだろう。

 ファムファタールが、この世に二人も存在するわけ無いのだから。



――ぼくらは何処にいたとしてもつながっていける


(Fin.)

◎奏(かなで)(第3話)

2013-09-30 10:45:02 | ある少女の物語
 カピバラの絵を描くプロジェクトの傍ら、管理表の余白にも定期的に絵を描いた。ミク、ひこにゃん、ピーポくん、ふなっしー、黒子テツヤ、小野寺小咲、黒木智子。ゆるキャラから萌え系まで、顔のみとはいえボールペンでの一発勝負というプレッシャーの中、慎重に丁寧に描いた。上手いと褒めてくれるパートスタッフも居たが、目的はそれよりも僕が絵を描いている事実を周囲に植えつけること。はたから見れば暇つぶしにちょこっと描いたとしか思わないだろうが、実際は家や電車内で練習までして本気で描いている。白鳥の水かきとは良く言ったものだ。

 しかし、本筋のほうは窮地に追い込まれていた。2週間かけて何とかカピバラを含む高校生スタッフ4人の顔の線画を完成させたは良いが、まだ着色という作業が残されている。色鉛筆を使えば塗り絵感覚ですぐに終わるだろう。だがそれは失敗すれば線画からやり直しというハイリスクを背負うことを意味する。ならば残る選択肢は一つ、パソコンでの着色である。
 まずはセブンイレブンへ行き、マルチコピー機に4人の顔の線画が描かれた紙をセットする。スキャナ機能で手持ちのUSBメモリに画像として保存することに成功した。
 続いて自宅のPCに『JTrim』と『Pixia』、2つのフリーソフトを入れる。特に後者はデジタル着色のフリーソフトとして広く普及している定番ソフトであり、まさに今回のプロジェクトには必要不可欠と言える。本当は『Photoshop』や『Sai』などの有料ソフトを購入したかったが、そこまで予算に余裕が無かったのが悔やまれる。
早速USBメモリを差し込み、『JTrim』でカピバラの線画の画像を呼び出す。トリミングをし、「二階調化」と呼ばれる機能で鉛筆の薄い線を濃くし、完全な白黒状態にする。その画像を別名保存し、それを今度は『ペイント』で呼び出し、消しゴムで余分な線を消し、逆に足りない線は描き足す。
 これで下準備は完了、いよいよ『Pixia』での着色作業に入る。だが基礎知識すら無い僕にとって、これがフリーとは思えないほど難解なソフトだった。レイヤー、乗算、マスク、領域、ハイライト……使い方を調べれば調べるほど専門用語が束になって右脳を攻撃する。小5から16年間ウィンドウズを触り続けてきた経歴とは何だったのか。ワードとエクセル以外に何も興味を抱かなかった弊害である。
 だが時間はもう無い。原理を理解していないままレイヤー機能を使い、理由も分からぬまま乗算で重ねていく。



 その一方で、もう一つのプロジェクトは動いていた。
 鎌倉の荏柄天神社。本殿が重要文化財に指定されている日本三天神の一つであり、学問の神で知られる菅原道真を祀り、合格祈願のスポットとしても有名である。
 9月11日、給料の入ったタイミングで僕は高校生スタッフ4人分の学業成就お守りと鉛筆を購入した。うち3人は受験生。カピバラの合格を祈願し、かつ他の高校生にも渡しカムフラージュするには最適なプレゼントといえるだろう。更に参拝をし、絵馬を購入した。

『職場の高校生スタッフが全員志望校合格できますように』

 人の為に参拝をしたのは初めてであり、絵馬を書いたのも初めてだった。そして駅ビルで職場スタッフ全員に対するお土産も購入。交通費も含めると鎌倉だけで計7000円を超える出費になってしまった。

 お土産は一口大の和菓子を選んだ。女性が、カピバラが食べやすいように、その一点しか考えていなかった。
「どこへ旅行されたんですか?」
「鎌倉です」
「近いですね(笑)」
 男子大学生スタッフのUである。トークの上手さと面白さで多くのスタッフから支持されている。おそらくカピバラからも。だが彼は煙草を吸い、この夏休みはほぼ毎日雀荘に入り浸っているのだ。おっさんではないか。何故こんな男に僕は負けているのか。
 だが、今回のイラストプロジェクトはそんなUをもギャフンと言わせるチャンス。否、Uのみならず全てのリア充スタッフを見返してやろうではないか。27歳童貞の底力を見せてやる。そう、これは絶対に失敗できないミッションなのだ。


――絶対に失敗できない、はずなのに――


 絵とお守り、全くの別次元に位置する2つのプロジェクトを結ぶ鍵は「お土産」だった。一口大の和菓子とは別に、高校生スタッフ4人には個別のお土産を用意する。それが「合格祈願お守り」と「顔画の描かれたカード」である。僕の絵をさりげなくカピバラに渡す方法としては悪くないだろう。
 だが、絵も完成しないまま先にお守りを買ってしまったがために、完全に追い込まれた。次にカピバラがシフトインする9月15日までに絵を完成させなければならない。
 9月13日、仕事終わりの深夜。僕は眠気と戦いながら3時間もPCの画面を睨み続け、マウスを四方八方に動かし続けた。今日中に着色まで完成させないと間に合わない。だが影のつけ方から髪の毛のハイライトまで、いくら時間をかけても全てが上手くいかない。


――お前の実力は、こんなものなの?!――


 何度も自分に言い聞かせた。カピバラの為ならもっと頑張れるはず。それでも着色が終わらないまま深夜2時を迎え、僕は更なる重大な事実に気付いた。


――この絵、そんなに上手くない――


 線画を完成させたときはそれなりに上手いと思い込んでいたカピバラの顔が、改めて冷静に見直すとそんなに上手くないのだ。まさかこれをカピバラに見せようとしているのか。相手はデザイン科の生徒だぞ? 僕がやろうとしていることは、デザイナーの卵に喧嘩を売る行為なのではないか。



 それは、プロジェクトの失敗を確信した瞬間だった。


(つづく)

◎奏(かなで)(第2話)

2013-09-16 11:27:30 | ある少女の物語
※タイトル変更しました。第1話はこちら

===

>俺みたいな27でコンビニ店員やってる腐れ野郎、他に、いますかっていねーか、はは。
>今日の街行くリア充カップルの会話。あの流行りの曲かっこいい、とか、あの服ほしい、とか、ま、それが普通ですわな。
>かたや俺はセルロースの集合体に絵を描いて、嘆くんすわ。
>It's a true world. 狂ってる? それ、褒め言葉ね。

 2013年8月18日、壮大なプロジェクトが幕を開けた。
 僕は27年間、絵を描くという経験を持ち合わせていなかった。それでも描かなければならない。
 本屋、図書館、漫画喫茶。あらゆる場所に出向き、集められる限りの情報を収集した。だが、目や輪郭の描き方など、絵を基礎から学ぶ時間は無い。しかも、カピバラだけを描くわけにもいかない。最低でも高校生スタッフ4人の絵を描いてカムフラージュする必要がある。そこで、絵を練習する方法の一つとされている「トレース」を用いることにした。漫画絵をトレースし、それを本人に似せるべく修正して完成とする。そして身体まで描いている余裕も無い為、顔画のみ。

 早速、漫画本やグーグル画像検索でトレースの素材を探した。カピバラの特徴である『ポニーテール』『眼鏡』そして『笑顔』で画像検索し、他にもあらゆる単語を手当たり次第に入れた。公式イラストから絵師のラフ画まで、素材として集められたキャラクターは実に50人を超えた。

次に決めるべきは絵の方向性。カピバラをどんな風に描くべきか。
「ちょっと変な質問しても良いですか?」
「え、何ですか?」
「もしOさんの似顔絵を描いてくれる人が居るとするじゃないですか。そっくりに描いて欲しいか、可愛くデフォルメされた絵を描いてほしいか、どっちですか?」
「……可愛く、ですかねえ」
 ヘルプ先の女子高生スタッフにも勇気を出して質問した。たった一人の女性の意見、今はその言葉を信じるしかない。可愛くデフォルメされた絵に決定。

 いよいよ集めた素材をもとにカピバラを描いてみる。カピバラに関する資料は皆無。写真などあるわけがない。だが何も必要ない。5クール以上も見てきたのだ。彼女の顔は脳内に鮮明に刻み込まれている。
 まずは髪と輪郭が酷似している素材を用い、それらのみ鉛筆でトレースする。輪郭だけだがカピバラの顔を容易に連想できるほど似ている。もしかしてこの方法なら簡単に描けるのではないか。そう思ったのも束の間だった。

――目と口が描けない――

 それらはトレースするだけでは上手く描けない。先の輪郭をコピーで量産し、目と口を描き入れる練習を繰り返した。だが時間も限られている。結局『ハヤテのごとく!』の単行本から簡単に描ける表情を探し、それをトレースするという妥協案に出ざるを得なかった。それでもカピバラのあの笑顔だけは再現できるように努めた。最大のポイントはそこにある。本当に可愛くデフォルメされた絵が描けるのか不安になる中、新たな問題が浮上する。

――眼鏡が描けない――

 カピバラは黒ぶちの眼鏡をかけている。眼鏡は目との位置バランスが非常に難しい。それでも描くしかない。眼鏡の無いカピバラはもはやカピバラではないのだ。またしても『ハヤテ』の、貴嶋サキの眼鏡を参考に何度も繰り返し描いた。

 そして9月1日、プロジェクト開始から15日目。川崎市内のファミレスにてついにカピバラの線画が完成した。大きさは5センチ四方にも満たないし、決して上手いわけではないが、最低限の特徴は掴んでおり可愛くもなっている。そして笑顔も……今の僕の画力では最高レベルに達しているだろう。

 ファミレスを出ると、日曜の歩行者天国は今日も大量のカップルに占領されていた。
 その女性に問う。お前の彼氏は絵を描けるか? 確かに顔は格好良いしトークも上手いかもしれない。性行為も丁寧で気遣ってくれているかもしれない。だが絵は上手いか? 絵心すらない大雑把な男と付き合っているのか。良い人生だねえ。

 そんな優越感に浸っていられたのはほんの数十秒だった。すぐに重大な事態に気付き呆然となる。

――色が塗られていない――

 本当の戦いはここからだった。

(つづく)

◎奏(かなで)(第1話) ※タイトル変更

2013-09-03 15:59:28 | ある少女の物語
 進行中の話をレコーダーの追っかけ再生機能の如く執筆することは滅多に無い。これを書いている時点で結末は全くの未定、物語の着地点によってはそれ自体のお蔵入りも有り得るという、何とも冒険している気分である。

 これは、2013年の夏の終わり、一つの想いから誕生した一大プロジェクトの物語である。



 全ては危機感から始まった。5月上旬、6月上旬、7月上旬。給料前となるこの時期にお金が足りなくなり、休日など空いている時間に派遣バイトを入れ、何とか食い繋ぐ。それを毎月のように繰り返すうちに悲しい現実に気付く。

「一ヶ月、短くね?」

 1年の12分の1、1クールの3分の1が疾風の如く過ぎ去る。金欠の感覚をもう何回も繰り返しており、それはつまり何ヶ月もの月日をあっという間に通過していることになる。そして、時の流れが速いということは、アルバイトスタッフ数名との別れがすぐそこまで迫っていることも意味している。
 例えば高校3年生。どう足掻いても卒業までには辞めるだろう。否、受験を考慮すれば年内か、もっと早くにリタイアも充分有り得る。具体的な時期は本人次第であり、末端社員に過ぎない僕がそれを知ることを許されるのは辞める直前になってしまう。

 いつ辞めてもおかしくない、もはや爆弾とも言える高校3年生、その一人にカピバラがいる。


>今はカピバラがいる。それだけで心は満たされている。
>最初は何とも思わなかったのに今は明らかに可愛くなって(殴
>カピバラと会う日に向けて話のネタを必死に探していた時期もあった。
>地道に教えてきた一つ一つの成果が彼女によって初めて具現化されたのだ。
>強制ムービー『カピバラ走馬灯』発動中……
>あなたはカピバラの何を知っている。なめるな。


 ここ数ヶ月の僕のブログにおいて、カピバラに対してだけ明らかにおかしい。27歳の17歳に対する文章にしてはどう考えても気持ち悪い。カピバラが辞めれば僕は生きる希望を失うレベルまで闇落ちする自信があるし、それはifではなくやがて現実となって確実に訪れるwillなのだ。

>クズな当方でも出来る事、当方でなければ出来ない事は何なのか。

 覆らない結論に抗いたかった。

>コミュニケーション能力を上げることは諦めたほうがいい。
>ただし、諦めたら、その次のことを考えろ。

 カピバラが去りゆく前に、何かをしたかった。

>「その次」がようやく見つかった。
>コミュニケーション能力のない人間がすべきことは何か
>やっと分かった。

 その為に僕に出来ること、否、出来なくてもやるべきことは「絵」だった。
 職場には揚げ物の時間を管理する表というものがある。その余白を利用し、試しにマイクとサリーの絵を描いてみた。と言っても公式絵をなぞるだけのトレースである。
「アンタ絵上手いじゃないの」
 すると、数名のパートスタッフと、アラフォー女性店長までもが褒めてくれるという異例の事態が起きた。決して悪い話ではない。僕は目覚めた。しゃべりが出来ないなら絵を描けば良い。何故もっと早く気付かなかったのか。そして、そこからある一つの想いに結び付くのは必然とも言えた。

――カピバラを描きたい――

 カピバラの絵を描き、何らかの形でカピバラに見せる。それさえ出来れば悔いは残らない。
 歴史的な猛暑日が続く2013年8月、僕は動き出した。


>当方の新たな挑戦が始まる。
>そのスタートの記念として、ここに記録を残す。

(つづく)


※冒頭のみ修正する可能性があります。

◎新・無断欠勤少女物語(後編)

2013-08-17 07:50:14 | ある少女の物語
 シフトインの回数を重ねる毎に、僕は感情的になりやすくなっていた。
「やることないならこっちのレジ手伝ってください!」
「独り言は相手を不安にさせるから絶対に言わないでください!」
「とにかく声を出してください。店長に認められませんよ?」
「駄目駄目!」
「気をつけて!」

 怒るつもりは皆無。無いはずなのに、教え続ける疲れと苛立ちが言葉を選ぶ余裕さえも奪ってしまう。

 冷静に考えて気づいたことがある。
 僕は今、女子高生に対して何の感情も抱いていない。こんなに近くにいて、こんなに会話を交わしているのに、何の感情も抱かないのは少女が初めてかもしれない。
 僕は元々子供を好きになれない性格であり、少女は子供が少し大きくなった程度にしか思えないのだ。同じ女子高生というカテゴリーでも、真面目で従順で良くも悪くも正直で、そして笑顔が可愛いあの娘に比べれば……

(A)「少女さんって誰ですか?」
(U)「ああA君は知らないのか。最近入った女子高生です」
「まあカピバラさんのほうが可愛いですよ(真顔)」
(A)「(爆笑)」
(U)「僕さん、そんなこと言っているからロリコン疑惑が持たれるんですよ(笑)」
(言えない……真面目に言ったなんて言えない)

 同じ職場に27歳の女性が居るだけで興奮していた2年前とは違う。上辺だけの感謝と笑顔に騙された1年前とも違う。今はカピバラがいる。それだけで心は満たされている。カピバラという比較対象が出来てしまった以上、彼女より後に入ったスタッフはどうしても彼女を基準とした相対評価になってしまう。

 しかし、何かとても大事なことを忘れていないか。少女はまだ15歳、高校1年生だ。この年で仕事を頑張ろうとすること自体、褒めるべきことではないか。しかも、朝9時から15時頃まで学校で勉強してからここに来て、更に4時間も仕事をしているのだ。高校すら中退し、束縛するものが何も無い悠々自適な日々を送っていた僕なんかより何倍も偉いではないか。本当に駄目駄目駄目駄目なのは僕のほうだ。

「なんか色々強く言っちゃってすみません」
「イヤ、全然大丈夫ですよ(笑)」

 女性の言葉と笑顔をそう簡単に信じてはならないことを昨年のKSM事件で学習している僕から不安の2文字が取り除かれることはなかった。



「少女さん今日はお休みです」
 不安は的中した。7月4日、1ヶ月の試用期間満了を目前にして初めての欠勤。
「今日の昼に電話がかかってきたんだけど、様子がおかしいのよ。『具合が悪いから休みます』ってそれだけ。すみませんとかも無し。何より他の人の雑音が五月蝿かったのよ。学校に居たんじゃないかしら」
 本当に体調不良なら自宅で安静にしているはず。まさかの仮病か。
 ショックだった。どんなに仕事を覚えるのが遅くても、どんなに声が出ていなくても、欠勤だけはしない真面目な人だと思っていた。事実この1ヶ月弱はその通りだった。少しずつ、本当に少しずつではあるが、成長はしていた。どんなに硬い肉でも長い時間をかけて熟成させれば美味しくなる、そんな希望も抱いていた。
 少女が次にシフトインするのは9日後の7月13日。果たして来てくれるのか。

「少女さんと連絡は取っていますか?」
 7月12日。少女とLINEのアカウントを交換したという男子高校生スタッフに聞いてみた。
「最近はあまり取っていないですね。でも最後にLINEやった時は反省しているみたいなこと言っていましたし、やる気はあるんじゃないですか?」
「前回来なかったんですよ。明日もし連絡無しに来なければ(解雇は)ほぼ確定ですね」
「今日一応(明日シフトインの件)伝えておきますね」
 これでシフトの勘違い等の可能性は消え、話は単純になった。翌日来れば本採用、来なければ解雇、ただそれだけである。そして少女が選んだのは――。



「少女さんまだ来ていませんよ」
 7月13日、少女の答えは後者だった。初めての連絡を伴わない欠勤。
 怒りを露にしてしまった僕の責任なのか。一年前の元祖無断欠勤少女やWに対する対応とは明らかに違う。初めて女子高生を客観的に見た結果である。



「あの……誠に申し上げにくいのですが、店長の判断により本採用にはなりませんでした」
 7月15日。着替えを取りに来た少女に対して僕は残酷な言葉を投げるのだった。
「え? 土曜日(13日)出勤だったんですか? 知らなかったです」
 なんと少女はシフトを勘違いしていた。男子高校生スタッフは結局LINEで伝えていなかったのか。
「本当にすみません。ちゃんとシフトを確認して来て毎回来てくれればこっちも助けてあげられたのですが……」
「分かりました。もういいです」

 逆ギレ状態の少女はその言葉を最後に無言で店を去った。

「お疲れ様です」
「………」

 無視である。何故僕が嫌われたみたいになっているのか。僕は店長に比べればまだ少女に希望を抱いていたほうだった。2回も休んだ少女が悪いではないか。

 
――ただの馬鹿な女子高生の話と言えばそれまでだ――


 本当に、ただの馬鹿な女子高生の話だった。


(Fin.)

◎新・無断欠勤少女物語(前編)

2013-08-17 07:45:54 | ある少女の物語
 ただの馬鹿な女子高生の話と言えばそれまでだ。しかし、2月の機種変更で生まれて初めて手中に納めたスマートフォンを有効活用しようとダウンロードしたテキストエディタのアプリを開き、4インチの液晶画面に親指で連打している自分がいるということは、心の何処かにこの話を簡単に片付けたくない想いが残されているのかもしれない。コンビニエンスストアで働き始めて5クールが経過しても未だに平社員を卒業できずにいる駄目駄目な僕が、駄目駄目駄目駄目な少女の為に何が出来るのか、悩み苦しんだ一部始終がここにある。



「少女さんを本採用する気無いんで、次来た時も酷かったらその場でクビ宣告しちゃってもいいから。もうそれぐらい酷いの」

 2013年6月某日。僕の配属店舗に異動してから4つの季節が一周した今でも健在のアラフォー女性店長が、僕の知る限り初めて匙を投げた。まだ2回しかシフトインしていない新人アルバイトの育成を放棄し、事実上僕に押し付ける形になったのだ。カピバラ以来の女子高生アルバイトが入ったとは聞いていたが、彼女とは対照的に駄目駄目の4文字、否、駄目駄目駄目駄目の8文字が当てはまると言って良いレベルにまで達していると言う。その弱冠15歳の少女とは具体的にどこまで酷いのか。


 数日後の6月13日、17時。普段は“2回し”の夕勤が、僕と少女を含め異例の4人体制でスタートした。最低限の人件費で最大限のクオリティを維持してきたこの店では有り得ない事だが、全ては少女に徹底した指導を施すために店長が決めたこと。

 少女は出勤時から様子がおかしかった。
「………」
「おはようございます」
「おはようございます」
 僕があえて数秒間だけ気付かないフリをしても、少女の口から挨拶は無かった。3回目のシフトインでこれである。僕の挨拶に続いただけまだマシと言えるのだろうか。

「雇用契約書です。次回の勤務までに保護者のサインをもらった上で提出して下さい」
「ハイ」
「まあ難しいこと色々書いていますけど、要は一ヶ月の試用期間で本採用に足るレベルにまで達していないと店長が判断した場合は、申し訳ございませんが……てなるってことです」

 そう、少女はまだ仮採用に過ぎない。しかも今のままでは本採用は絶望的。せっかく入った新たな仲間なのだから、残り3週間の試用期間で少女を何とか助けたい。

「まあ店長に何を言われたのか解りませんが、この仕事難しいことは無いんで。基本さえちゃんと、当たり前のことを当たり前にやっていれば大丈夫です」

 いよいよ、僕と少女の戦いが始まった。目標は少女をしっかり育て、諦めた店長を見返すことだ。

「外のゴミ箱の袋を変えてください。傘差しながらで良いんで」
「否、邪魔になるんで大丈夫です」
「肌荒れますよ?」
「大丈夫です、問題ないです」
 装備なしで雨に立ち向かう少女。何かがおかしい。事前に聞いていた情報ほどの酷さは見られない。
「いらっしゃいませ、こんばんは」
「いらっしゃいませ、こんばんは」
「良い笑顔です。それは僕には上手く出来ないことなんで、その笑顔を大事にしてください」
 真面目か不真面目かで言えば、真面目だと思う。彼女が駄目駄目であるという先入観が違和感の元凶だろうか。

 しかし、メッキは次第に剥がれていく。店長曰く彼女の最大の問題は「声が小さい」こと。

「もっと売場全体に聞こえるように声を出して下さい」
「腹から声を出して下さい」
「テレビに出ている芸能人と素人では声の聞こえ方が違うと思いません? 芸能人やアナウンサーは腹式呼吸で、素人は胸式呼吸だから前者のほうが声が出ているんですよ」
「僕が言っているんじゃなくて店長が厳しく言っていることなんで、本当にお願いします」

 何度言っても少女の声量は改善されない。それさえもクリアできないのであれば本採用の可能性は限りなくゼロに近いと察している僕は必死だった。
 しかも、課題は声量だけではなかった。ヘナヘナした歩き方、亀かと疑うほど遅い動き、疲労を隠そうとする気すら無い終盤のダルさ。少女にやる気が感じられない。

「何かね、すごく惜しいんですよ。頑張っているのかもしれないけど、傍から見てそれが感じられない。そりゃ店長も怒りますよ。せっかく頑張っているのならそれをアピールしないと勿体無いですよ」


(つづく)

◎もうひとつの虹

2013-07-25 04:59:30 | ある少女の物語
 太陽の光で輝く海や川から水蒸気が生まれ、青い空へ舞い上がり、雲の中で綺麗な結晶に進化したのに、やがて自重に耐えられず落ちてしまい、溶けて雫となり草木や土に吸収される。降りしきる雨は今の私を形容しているように見えて悲しくなる。
 




「……あ、あのさ。相談があるんだけど、いい?」
「私でも、もう一度やり直せるのかな」
「珍しいじゃん。どうしたの?」
「絶対にやり直せるという強い心さえあれば、大丈夫」
「私、ずっと家から外に出ていないんだ」
「ずっと怖かった。人と話すのも、人と仲良くなるのも」
「出来る限り肌を隠してみなよ。気持ち的に普通よりは外に出やすいと思うよ」
「君がまだ出会っていないだけで、この世界は優しい人たちで溢れているよ」
「わかった。私、外に出てみる」
「ずっと恐れていた。人に嫌われるのも、人に苛められるのも」
「頑張って。君なら出来るよ」
「自然体で良いんだよ。それを受け入れてくれる人だって必ず居る」
「眩しい太陽、春のそよ風、川のせせらぎ、車のエンジン音、全てが私の5つの器官を刺激する」
「信じて、良いんだよね」
「どうだい? この世界、そんなに悪くないだろう」
「良いんだよ。だってこの世界は本当は、夢と希望がたくさん詰まっているのだから」





 やがて雨は止んだ。
 雨粒たちが7本の光を曲げる。自然の悪戯が綺麗な橋を作る。

 私たちはなりたい。あの日、貴方と見た2本の虹のように。

「僕にはしっかり見えるよ。もうひとつの虹が」

 私はなりたい。せめて、貴方と見た薄い、でも高いところにある虹のように。



(Fin.)

◎Wと再会した話

2013-05-19 07:30:48 | ある少女の物語
「お疲れ様です」
それは不意打ちだった。自店の最寄り駅からバスで20分ほどの店舗でヘルプ出勤をしていた僕が彼女に再び遭遇してしまったことは。
「お疲れ様です。お久しぶりです」
「お久しぶりです」
 21世紀のマリー・アントワネット、女子高生のWである。
自店で3ヶ月ほど勤務、良く頑張っていたのにも関わらず店長から良い評価を貰えず、シフトも削られ土壇場に立たされた矢先の病欠2回と茶髪騒動で辞職に追い込まれる末路。全てはタイミングが悪かった。そして、まだアルバイトの扱いに慣れない頃であったが故に彼女をちゃんと指導をすることが出来なかった僕にも責任はある。この反省を踏まえ、以後下位スタッフにはとにかく「教える」ことだけに徹した。


>同じ女子高生でも、Wに嫌われない事だけを考え何でも僕がやっていたあの頃とは真逆。カピバラに嫌われる覚悟を持ってやらせているが、彼女はとりあえず従順になってくれている。
(『カピバラルート攻略物語』より)


そう、カピバラをあのアラフォー女性店長に気に入られるまでに育てる事が出来たのも、Wの犠牲の上に成り立っているのだ。夏に新たに入った男子高校生スタッフ2名も、3クール以上経過した今でも未だに続けている。“去り行く高校生”を目の当たりにしたのはWが最後だった。彼女にもカピバラと同じように指導していれば辞職は免れたのかもしれない。当時僕は生きる希望を失うレベルにまで堕ちていたが、今でも後悔が絶えずにいる。



 2013年5月11日、23時30分。Wは女友達と上下スウェット姿で店に現れた。高校2年生になり、黒髪に戻してはいたものの、ギャルへの道を着実に歩んでいることが伺える外見だった。
 そして、彼女にはどうしても聞きたいことがあった。
「居酒屋のほうは順調ですか?」


>「でもウチ、居酒屋始めたんですよ」
>「居酒屋?」
>「居酒屋のバイトも始めたんですよ」
(『7月第4週』より)


 辞める一週間前、Wは既に居酒屋のアルバイトを掛け持ちしていることが判明し、その時点で嫌な予感はしていた。実は一度だけ90分もの大遅刻をしており、そのアルバイトの面接をしていたのではないかと勘ぐれるし、最悪のタイミングで茶髪になったのも居酒屋で先輩スタッフか誰かに勧められたからではないかという仮説も決して不自然ではない。

 しかし冷静に考えると、居酒屋のホールなんて忙しさ、厳しさはコンビニの比ではない。少しだけ経験したことのある僕は身をもってそれを理解していた。実は今年4月に派遣会社のスポットバイトとして一日だけ大手居酒屋チェーンの世界に飛び込んだのである。僕はそこでホールスタッフの現実を目の当たりにした。
「た、大変お待たせいたしました、く、串焼きの盛り合わせでございます……」
 緊張のあまり言葉が出ない。今までの接客経験は何だったのか。何人ものお客様に怒られる。そして何よりも体力勝負だった。中国人の女子大生スタッフが息を切らし、額を手で押さえ、サウナから出た直後であるかのような表情をしているのを僕は見てしまった。男の僕でも辛いのだ、女の子にとっては更に過酷な現場であることは彼女を見れば一目瞭然だった。だがお金の為にやらなければならない。特に外国人労働者は時給さえ高ければ仕事内容なんて選んでいられないのだ。

 そしてWは更に若い16歳。いくら時給が高いとはいえ、コンビニさえも続かなかった彼女に居酒屋のホールが勤まるのか、当時から疑問ではあった。ましてやもう10ヶ月も経過している。辞めていてもおかしくはない。

「居酒屋? あ、順調ですよ」

 意外にも彼女の答えはイエスだった。

「あと◎◎(他社コンビニ)も始めたんですよ」
「イヤ、ちょっと本当に無理しないで下さいね」
「ありがとうございます」

 彼女はどこまでタフなのか。お金への執着は相変わらずだった。
 そういえば居酒屋店員には総じてギャルが多い。何故彼女たちは鋼のメンタルを持っているのか疑問でならない。いずれにせよ、最初から今のような感じのWと出会ったのであれば、僕は当時のような助けてやりたい気持ちにはなっていなかっただろう。


>Wの携帯電話の着信音は浜崎あゆみの『SEASONS』だった。発売当時彼女はまだ4歳。このセンスの高さはガチだと感じ、僕は3枚組のベストアルバムをレンタルし全曲をDAPに入れてしまった。少しでもWの事を、現役女子高生のリアルな気持ちを知りたかったから。
(『7月第4週』より)


 黒歴史とは恐ろしいものである。

(Fin.)