78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎ボジョレーヌーボーの季節なので没ネタを解禁してみた

2013-11-06 05:49:18 | ある少女の物語
「お前、今日チョコいくつ貰った?」
「うーん、あの娘とこの娘と……5個かな」
 毎年、バレンタインデーの締めくくりにこんな会話が男性の間で交わされるのが古くから伝わる日本の慣習と言って良いだろう。
 だが僕は、“今日”という単位でチョコレートをカウントする事がとても困難である。親族を除けば、今日ではなく“人生で”2個しか貰っていないのだから。
 しかも、そのうちの1個は中学2年に部活の後輩から頂いたチロルチョコ。数に入れていることすら卑怯だとつくづく思う。
 ならば気になるのはもう1個だが――



 2013年2月某日。僕の誕生日の前日は夜勤だった。それは必然的に日を跨ぐことを意味する。

「実は今日誕生日なんですよ」

 気がつくと、ある常連の女性のお客様にそんな言葉を発してしまう自分がいた。

 彼女の名を仮にCBJとする。つまり職業はキャバ嬢だ。年齢は20歳。
 人見知り故に常連客と打ち解けるスキルを持ち合わせない僕に親身になって話してくれる唯一の女性のお客様である。
 まあどの男性スタッフに対しても同じ対応をしているのだが、そんなことは関係なく、僕にとってはあまり緊張せずに女性と会話を交わせる貴重な存在でもある。
 相手の職業が職業だけに、カピバラのような“嫌われたくない”という特別な意識を持たずに済んでいるのだろう。

「おー、僕さんおめでとう!」

 自分から暴露して相手の祝福を誘う。今振り返ると汚いやり方だった。
 そして、事態は思わぬ方向へ。

「じゃあ何かプレゼントしないと!」

 CBJは売場のチョコレートを持ってきた。

「イヤ、お気持ちは嬉しいのですが、受け取れない決まりなんですよ」

 僕は必死に拒否した。前職の漫画喫茶(の姉妹店舗)では鉄の掟だった「チップの禁止」。今でも毎回お断りしている。
 だが彼女はお金を出してしまう。会計をすること自体はセーフだが、これを彼女自身のものとして持ち帰って貰わねばならない。

「お客様ご自身で食べて下さい」
「いいよー、受け取ってよ」
「もっと良い人はいるでしょ。そちらにあげて下さいよ」
「だって居ないもん」

 結局、CBJのお金でお買い上げいただいたチョコレートは、彼女が立ち去っても僕の目の前に残り続けた。
 こうなるなら余計なことを言わなければ良かった。
 幸いにも上司の許しを得ることはできた。チョコレートはそのまま美味しくいただいた。
 ちなみにお客様から誕生日プレゼントを貰うスタッフは他にも数名いるとのことだった。

 中2以来のチョコレートはこうして手に入った。僕のことをあまり良く思わないお客様も少なからず居る中、本当にありがたい話である。



 普通ならこれで話は終わる。だが今回はあれを決行しなければならない。

「やられたらやり返す。倍返しだ」

 某直樹さんの言葉を待つまでも無く、ホワイトデーでお返しをすることでせめてもの償いをしたかった。



 グーグル先生にご協力いただき、キャバ嬢にとって必要なものを調べた。そして一ヶ月後。



「この間いただいたチョコレートのお返しです」

 僕はハンカチをCBJに渡した。

「……あ、ありがとう」

 彼女は少し戸惑っていた。KSMやカピバラの時もそうだったが、僕が人にお土産やプレゼントを手渡すといつも微妙な空気になる。
 だが流石に今回の僕は間違っていないだろう。

「じゃあ私も最近誕生日だったから、プレゼント交換したってことで(笑)」

 この日は惜しくも3月17日だった。ホワイトデーのお返しだとは気付いてもらえなかったのだろうか。
 それはさておき、倍返しとまではいかないだろうが、これで責務は果たした。そう思うことにした。



 そして一ヶ月後。

「ハンカチだけど、来週から使うね(てへっ)」
「あ、ハイ……(まだ使っていなかったの!?)」


(Fin.)