芋子「新海誠監督の最新作『天気の子』をようやく観て来ましたが、これは評価が難しいですね……」
小野「こちらの記事で予言したとおり、個人的には『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』のほうが感動しちゃう結果になってしまった。予言しておいてアレだけど、ちょっと残念である」
芋子「そもそも比較対象がおかしいかもしれませんので『青ブタ』の話は一旦置いておきましょう。『天気の子』に感じる複数の違和感が、感動を薄れさせてしまったことは事実です」
小野「いや『君の名は。』のような大団円ハッピーエンドが特殊事例だっただけで、『言の葉の庭』までの新海作品には毎回違和感を感じていたよ。ただ今回の違和感はそれらとも微妙に違うんだよなあ」
※ここからネタバレ有
<違和感の正体(1)主人公の罪と罰>
芋子「今回はその違和感について掘り下げていきましょう」
小野「何よりも一つ目に挙げたいのは犯罪行為だね。主人公・帆高の拳銃所持、しかも発砲までしたのは誰がどう見ても銃刀法違反である。たった一人の少女を救う為だけに罪を犯すという行為の是非を考えていたら、物語に集中できなかった」
芋子「いっそ『星を追うこども』くらいの完全なファンタジー世界に振り切れば、拳銃の登場くらい気にならなかったかもしれませんが、新海監督の大好きな“新宿”があらゆる箇所に登場しており、SFではあるけど舞台は現実世界の日本の東京だと思わざるを得ません」
小野「帆高の罪を犯した部分については相応の罰を与える必要があったが、なぜか警察の抑止力が弱すぎるし(特に手錠をかけてからも逃げられてしまうあたり)、それでも事後に罰は与えたけど、それが“3年間の保護観察”だけというのもなんだかなあ。たった3年で普通に街を歩けているのだから」
芋子「少し違うかもしれませんが、京都アニメーションの放火事件が頭をよぎってしまいました。あの犯人も、過去に下着泥棒やらコンビニ強盗やらをしており、服役させたとはいえ、普通に街を歩けるようにした結果が放火による大量殺人ですからね」
小野「僕は法律に詳しいわけではないし、ましてや前者はまだ16歳だから、どちらの事例もちゃんと日本の刑法に則った結果なのかもしれないけど、夏休みで小学生もたくさん観ている映画だし、いずれは地上波のゴールデンタイムで放送されることも考慮すべきだったとは思うよ」
芋子「これは令和元年という今の時代に、コンプラがうるさく、犯罪事件が無くならない日本という国でアニメ作品を制作することの難しさでもありますね」
小野「結局、そこを気にさせちゃったら素直に感動できないのは仕方のないことだと思うんだ。逆にコンプラとかが気にならない人なら大感動できたと思うよ」
<違和感の正体(2)新海らしくもない、かといって大団円ハッピーエンドでもない結末>
芋子「2つ目はやはりあの結末ですかね」
小野「大団円ハッピーエンドは『君の名は。』でやったから、個人的に今回は新海監督らしい結末を期待していた」
芋子「“新海監督らしい”というのは?」
小野「『ほしのこえ』『雲の向こう、約束の場所』『秒速5センチメートル』『星を追うこども』『言の葉の庭』……ここまでの新海作品はいずれも明確なハッピーエンドとはいえない結末になっている。だから僕は『天気の子』も、帆高が陽菜を救えないまま終わるんじゃないかと思っていた」
芋子「まあ、あれだけ警察に追われていたら普通は逃げられませんからね」
小野「たった一人の少女を救う為に罪まで犯すなんて決して許されることではないし、その制裁の意味でも陽菜を救えないという大きな罰を与えて欲しかった気持ちもある」
芋子「かといって帆高が陽菜を救ったことが明確なハッピーエンドでもないのですよね、世界が崩壊しちゃっていますから。世界もちゃんと救った『君の名は。』とも異なる結末でした」
小野「つまり今作は、新海監督らしい鬱全開の結末でもなければ、『君の名は。』のようなカタルシスを得られる大団円ハッピーエンドでも無い、どっちつかずになってしまったんだよ」
芋子「どうせ鬱ENDなら過去作みたいに鬱全開にして欲しかったですけど、東京沈没に対するフォローも入り、帆高と陽菜は再会して希望を持たせる結末になったことで中途半端感が否めなくなってしまいました」
小野「まあ今作も『君の名は。』同様、川村元気Pがガッツリ絡んでいるから、完全な鬱ENDにならないことは予測できたことではあるけどね」
<違和感の正体(3)企業タイアップ>
芋子「3つ目はもはや大したこと無いかもしれませんが、本編中に過度に登場する実在の企業や商品です」
小野「特にマクドナルドは本編に少なからず関わってくるからね。かなり大事な部分を実名にしてしまっているから違和感を感じざるを得なかった。『エヴァ』のUCCやローソンくらいの絡みなら許せたんだけど」
芋子「タイアップについてもう一つ言わせていただきますと、TVCMのタイアップも多すぎました」
小野「サントリーの天然水にカップヌードル、クーリッシュ、ソフトバンク、バイトルにミサワホームまで。全く関係のないバラエティー番組を観ていても帆高と陽菜が何度も目に付いてしまい、映画を観る前から少し萎えてしまった」
芋子「新海監督のアニメCMといえば、過去にも『大成建設』や『Z会』がありましたけど、企業宣伝を想起させず純粋に感動できる作品だったことが印象に残っていますからね」
小野「今見返せば『ミサワホーム』や『バイトル』など良かったCMもあるけど、それは『天気の子』を観たからなんだよね。映画を観ていない人への宣伝なのに、観ていない人にはそんなに響かない矛盾が発生してしまっているんだよ」
芋子「ただ、映画本編に出てきたポテチチャーハンとチキンラーメンサラダは私も作ってみたくなったことだけは言わせて下さい」
小野「企業タイアップも、そういう使い方なら良いと思うよ」
<総評>
芋子「というわけで色々言ってしまいましたが、私達は紛れも無い新海作品のファンです」
小野「違和感があったのは事実だけど、作画や背景の美しさは健在だし、当然それだけでも観る価値はある。あと、須賀さんの秘密など本編では説明されていないカラクリも結構あるみたいなので、そういうのも繰り返し観て解き明かしていけば何倍も楽しめるアニメ映画だと思うよ」
芋子「内容も“どっちつかずの結末”と言いましたけど、言い換えれば“全く新しい結末”ですからね。あえて攻めたのだと思えば、これはこれでアリなのかもしれません」
小野「誤解しないで欲しいのは、良いシーンもたくさんあったんだよ。天気が晴れるだけで多くの人が笑顔になるところとか、ラブホでインスタント食品を3人で食べまくるシーンとか」
芋子「あそこ良かったですよね。カップ麺や冷凍食品でもパーティーのように楽しめる3人の絆にほっこりしますし、どう見ても別離フラグというか最後の晩餐にしか見えないのが切なくもあります」
小野「つまり何が言いたいのかというと、皆さんもぜひ劇場へ!」
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