世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党との関係は半世紀に及ぶ・・・
教団は1968年に設立した反共産主義の政治組織【国際勝共連合】をてこに、党内きっての反共親米派だった。
岸信介と気脈が通じ、つながりを深めた、両者の関係は岸氏の孫、安部晋三に受け継がられたとみられる。
教団は54年に文鮮明氏によって韓国で創設され59年頃に宗教法人として認証され、日本法人の初代会長は
立正佼成会出信身の久木修巳氏・・67年には大学生らへの勧誘が【親泣かせ原理運動】などと報じられた。
勝共連合設立時は、【右翼のドン】とも言われた当時の笹川良一日本船舶振興会会長が名誉会長に就任、
70年前後から笹川と親交のあった岸信介野党幹部が教団本部を訪問したり、関連団体の会合に参加していた。
教団は64年、本部を東京都渋谷区南平台に移転、岸内閣時代には首相公宅として使用された場所で隣に
岸氏の自宅があったと言う、岸氏再移転後の73年に教団本部を訪れた際、笹川氏から・・・
統一教会に共鳴して運動の強化を念願していると伝えられたことを紹介している。74年の文氏訪問に伴う
夕食会ででは、岸氏の後見を受けていた福田赳夫が【アジアに偉大な指導者現る、その名は文鮮明】と称賛。
岸先生に懇意にして頂き、【勝共運動を飛躍させる大きなきっかけになった】と文氏は述べている。
80年代後半以降は、霊感商法が社会問題化し、92年に桜田順子が合同結婚式に参加したことが影響した。
安部氏の力の源泉・・・教団と自民党関係は続いていた【昭和から平成にかけて選挙事務所には勝共連合と
名乗る人が大勢いた】当時を知る党職員はこう語る・・・全国霊感商法対策弁護士連絡の渡辺博弁護士は、
7月の記者会見で【3桁の信者が野党を含む国会議員秘書になっていた、20年前には自民党が多かった】と
安部氏の地元、山口県の政界関係者によると、教団とのつながりは岸氏から女婿の安部晋太郎から次男の
晋三氏に受け継がれた・・晋三が小泉内閣の官房長官だった2006年と、首相退陣の21年に関連団体の会合に
祝電やビデオメッセ-ジを送ったとして抗議している・・・・関係者は語る・・
【晋三氏が教団の票を差配していた、力の源泉の一つだったのは間違いないと】指摘、今回の参議院選では
第1次安倍政権で首相秘書官を務めた井上義行氏の支援に回したとみる井上氏は自身は賛同会員と認めている。
自民党の茂木氏は教団との組織同士に関しては【これまで一切持っていない】と否定、党内部調査は消極的だ。
だが、党関係者からは【かって党本部に勝共連合から送りこまれた職員がいた】との証言も出てきた・・
岸田文雄氏は世論の反発を受けて内閣改造、党役員人事を急いだが、閣僚,副大臣、政務官から新たな
接点が次々とに判明した、立憲民主党の馬場澄夫氏は17日コメントを発表した
もはや一部の閉会中審査ですむものではないとして、次期臨時国会の早期召集と徹底審議を求める
考えを示した…問題の収束は見えないままだ・・一部【光言社の出版日本統一運動史】より