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神は生まれながらに偉いと考える日本神道の神と身分に関係なく因果応報を説く行基

2023-09-05 03:35:01 | 政治
行基という僧侶は、飛鳥時代から奈良時代にかけて、日本に仏教を大衆布教した方です
日本では割と聖徳太子が有名で、行基の功績はあまり知られていませんが、実は行基がいなければ、日本に仏教が根付かなかった可能性があります
私はここ最近、この行基菩薩の功績について、よく日記を書いていますが、その理由は、日本精神の本当の素晴らしさを形作ったのは
本当は仏教であったのだと、最近になって気がついたからです
その行基の最も偉大な功績が、大衆布教を行いながら、「因果応報」を世に広めたことです

行基の業績については、日本霊異記にいくつか物語としてでてまいりますが
日本霊異記という書物そのものが、実は日本に仏教を広めたことの功績を称え、描いたものになっています
日本霊異記の序文にはこうあります
「因果の報(むくい)を示すにあらずは、何に由りてか悪心を改めて善道を修めむ」
意味はこういう事です
「因果のことわりを教えることがなければ、どうやって悪事を改めさせ、善行を積むことを勧めることができようか」
人々に勧善止悪。。止悪修善とも言いますが、悪を押しとどめ善を推し進めることを一般大衆に教えるには、実は仏教は不可欠なものだったのです
そもそも塾も学校もない時代に、人々はどうやって善悪を学び道徳心を身に着けたのでしょうか?神道の教えですか?いやいや、違います
それはやはり、仏教という「信仰」であったのです。。。現代人はこの、「日本人がどうやって道徳や美徳を身につけたのか?」について
あまりにも知らなすぎると思うのです。。。それはやはり仏教が広まったからなのです

仏教にはこのように、「なぜ悪いことをしてはいけないのか?」「なぜ良いことをするとよいのか?」
その理由が明確に説かれています
例えば、平安時代の僧、恵心僧都源信は「往生要集」という書物を著し、地獄の有様を明確にあらわしました
悪いことをすればどういう地獄に行くことになるのか?それを往生要集で説いたのです
こうした仏教徒の地道な布教が、一般大衆に仏教を浸透させ、その教えが人々の道徳心、倫理観を育ててきました
そういう意味で、最初に一般大衆に布教を行い、数多くの寺を建立し、大仏を建立した行基は、日本の精神文化に多大な功績を残したのです

そして、その行基の布教を禁止しようとしたのが、まあ当時の朝廷だったわけです
その理由は明白で、天皇や朝廷は「生まれながらにして神」という立場をとっていたからです
だから、「因果応報」の教えが広まってしまうことは実に都合が悪かったのです
要するに「神であれば悪いことをしても許されるのか?」「神は無条件に尊いのか?」と問われると、実に都合が悪いわけです
仏教の因果論は実に論理的で、転生輪廻の思想によって、三世、つまり「前世」「今世」「来世」のすべてに、因果の理法が関わるとされます
つまり、前世で悪いことをすれば、今世で報いが来る
また、今世で悪いことをすれば死後や来世で報いが来る
これが仏教における因果応報のことわりなのです
日本の天皇がヨーロッパの王族のように、粗暴な暴君にならなかったのは、おそらくは仏教の影響があるのでしょう
天皇もまた仏教に帰依したがために、悪いことをすれば報いが来る立場になり、善政を敷かなければ民衆の支持が得られなかった
ということでしょうね

今日は行基の功績と日本神道について書きました
私は、日本神道の精神が日本国民の和の心を作った。。。というのが、誤解であることをもっと知って欲しいと思いました
飛鳥時代以前、地方豪族たちが権力を競い群雄割拠していた当時の有様を見ても
仏教が日本に入ってこなければ、おそらく日本はもっと違った国であったはずです
やはり、本地垂迹ではありませんが、仏が上、神がその下にある存在。。。それが本来の形なのではないかと、私は思います

今日はこれまでとします
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