いつくしま、という。お宮があるから、宮島と言い、この名で安芸の宮島、名勝地となった。厳島という語は、いつくであろうかと、いつく、には、斎くとして心身を清めて神に仕える意があり、辞書には、因りて、其の女の家の内に、忌籬(いがき)を立てていつく、霊異記・下、に用例が見える。また、万葉集、四二四一 春日野にいつく御諸の、とある。さらには、源氏物語 若紫 故大納言、内裏に奉らむと、かしこういつき侍りしを、とあって、こちらの方は、傅くとして、敬って大切に世話をする意となろうか。それで、この語を、厳島かと思いきや、この語の語源には、祭神は市杵島姫命、いちきしまひめのみこと、とされるとこらと、説明がある。
ウイキペディアより。
>厳島神社(いつくしまじんじゃ、嚴島神社)は、広島県廿日市市の厳島(宮島)にある神社。式内社(名神大社)、安芸国一宮。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「三つ盛り二重亀甲に剣花菱」。
古くは「伊都岐島神社」とも記された。全国に約500社ある厳島神社の総本社である。ユネスコの世界文化遺産に「厳島神社」として登録されている。
>祭神は以下の3柱で、宗像三女神と総称される。市杵島姫命 (いちきしまひめのみこと)田心姫命 (たごりひめのみこと)湍津姫命 (たぎつひめのみこと) 市杵島姫命は神仏習合時代には仏教の女神・弁才天と習合し、隣接する大願寺と一体化して大伽藍を構成していた。
>広島湾に浮かぶ厳島(宮島)の北東部、弥山(標高535m)北麓に鎮座する。厳島は一般に「安芸の宮島」とも呼ばれ日本三景の1つに数えられている。
当社は平家からの信仰で有名で、平清盛により現在の海上に立つ大規模な社殿が整えられた。社殿は現在、本殿・拝殿・回廊など6棟が国宝に、14棟が重要文化財に指定されている。そのほか、平家の納めた平家納経を始めとした国宝・重要文化財の工芸品を多数納めている。
当社の平舞台(国宝:附指定)は日本三舞台の1つに数えられるほか、海上に立つ高さ16mの大鳥居(重要文化財)は日本三大鳥居の1つである。また、夏に行われる例祭は「管絃祭」として知られる。
>平家一族から崇敬を受けた。仁安3年(1168年)頃、平清盛が社殿を造営し現在と同程度の大規模な社殿が整えられた[7]。平家一門の隆盛とともに当社も栄えて平家の氏神となった。平家滅亡後も源氏をはじめとして時の権力者の崇敬を受けるが、建永2年(1207年)と貞応2年(1223年)の2度の火災で建物の全てを焼失している。そのため、現在残る社殿は仁治年間(1240年-1243年)以降に造営されたものである。
>平成3年(1991年)、台風19号 - 重要文化財の「能舞台」が倒壊。桧皮葺の屋根も大きな被害。
平成11年(1999年)、台風18号 - 国宝の「神社」及び「社殿」が大きな被害。
平成16年(2004年)、台風18号 - 国宝附指定の「左楽房」が倒壊。桧皮葺の屋根も被害。
平成24年(2012年)4月3日 - 暴風で大鳥居の檜皮屋を覆う銅板に被害。
いつく イツク ituku
ゐつく ヰツク wituku
いつく
gejirin.com/gsrc/i/ituku_wituku.html
>やまとことばのみちのく
語源探求のこころみ
【(至つく)・斎く・慈く・傅く】
1.(心・身を)合せる。添う。侍る。仕える。
2.正の方向に離れる・離す。「高める・中心に置く・勢い付ける・栄す・熟れさす・優れさす・勝らす・至らす」
「いつく」は「いつ(合つ/逸つ・至つ)」から派生した同義語。
ここでは「合う・合わす」、また正の方向(大・多・高・央・前・熟・明・沸)に「離れる・離す」で、「高まる・勢い付く・栄る・熟れる・優れる・至る・中心にある・主導する」などの意。
ウイキペディアより。
>厳島神社(いつくしまじんじゃ、嚴島神社)は、広島県廿日市市の厳島(宮島)にある神社。式内社(名神大社)、安芸国一宮。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「三つ盛り二重亀甲に剣花菱」。
古くは「伊都岐島神社」とも記された。全国に約500社ある厳島神社の総本社である。ユネスコの世界文化遺産に「厳島神社」として登録されている。
>祭神は以下の3柱で、宗像三女神と総称される。市杵島姫命 (いちきしまひめのみこと)田心姫命 (たごりひめのみこと)湍津姫命 (たぎつひめのみこと) 市杵島姫命は神仏習合時代には仏教の女神・弁才天と習合し、隣接する大願寺と一体化して大伽藍を構成していた。
>広島湾に浮かぶ厳島(宮島)の北東部、弥山(標高535m)北麓に鎮座する。厳島は一般に「安芸の宮島」とも呼ばれ日本三景の1つに数えられている。
当社は平家からの信仰で有名で、平清盛により現在の海上に立つ大規模な社殿が整えられた。社殿は現在、本殿・拝殿・回廊など6棟が国宝に、14棟が重要文化財に指定されている。そのほか、平家の納めた平家納経を始めとした国宝・重要文化財の工芸品を多数納めている。
当社の平舞台(国宝:附指定)は日本三舞台の1つに数えられるほか、海上に立つ高さ16mの大鳥居(重要文化財)は日本三大鳥居の1つである。また、夏に行われる例祭は「管絃祭」として知られる。
>平家一族から崇敬を受けた。仁安3年(1168年)頃、平清盛が社殿を造営し現在と同程度の大規模な社殿が整えられた[7]。平家一門の隆盛とともに当社も栄えて平家の氏神となった。平家滅亡後も源氏をはじめとして時の権力者の崇敬を受けるが、建永2年(1207年)と貞応2年(1223年)の2度の火災で建物の全てを焼失している。そのため、現在残る社殿は仁治年間(1240年-1243年)以降に造営されたものである。
>平成3年(1991年)、台風19号 - 重要文化財の「能舞台」が倒壊。桧皮葺の屋根も大きな被害。
平成11年(1999年)、台風18号 - 国宝の「神社」及び「社殿」が大きな被害。
平成16年(2004年)、台風18号 - 国宝附指定の「左楽房」が倒壊。桧皮葺の屋根も被害。
平成24年(2012年)4月3日 - 暴風で大鳥居の檜皮屋を覆う銅板に被害。
いつく イツク ituku
ゐつく ヰツク wituku
いつく
gejirin.com/gsrc/i/ituku_wituku.html
>やまとことばのみちのく
語源探求のこころみ
【(至つく)・斎く・慈く・傅く】
1.(心・身を)合せる。添う。侍る。仕える。
2.正の方向に離れる・離す。「高める・中心に置く・勢い付ける・栄す・熟れさす・優れさす・勝らす・至らす」
「いつく」は「いつ(合つ/逸つ・至つ)」から派生した同義語。
ここでは「合う・合わす」、また正の方向(大・多・高・央・前・熟・明・沸)に「離れる・離す」で、「高まる・勢い付く・栄る・熟れる・優れる・至る・中心にある・主導する」などの意。