この日があるからこそ、つまり憲法によって76年間を平和に過ごしたというが、ともに生きた世代の77年間は推測すれば、これで戦争放棄はかなわなくなってきたと思うことだろう、これでというのは隣の半島と大陸で始まった核装備と南進政策の実行という時代になったことである。
したがってこの憲法の精神は墓場まで持ってゆくからそこで祭るなりすることで葬るなり焼くなりなんなとするが良い、偶然の77年間にこの憲法で平和がっあたというには大いなるまやかしといつまでも変わらぬ輔弼の気持ちが国民に蔓延して、いただいたのは幻の軍隊である。
平和という仮面のうちで過ごしてきた同盟になるまでの国家戦略に過ぎない、お国のため憲法のためと繰り返す歴史となる出来事はこの70年余で一直線に連なり、その100年は稀有だとする虚しい歴史となる日がまたやってくる、そんな気配である。国民が目覚めたとき、かの地はどうなっているか。同情を禁じ得ない。
戦争放棄の宣言で軍隊が不要となるなら、軍隊で強国として作り上げる国があって、それはその維持に軍隊を持つ戦争必至の国であるという論理帰結になる、か、もし、そうでなければ、おもちゃの兵隊さんに興ずる専制者はなくならないと現実が教えている。ならばこそ、軍隊をもって戦争放棄とはならないように考えなくても、平和宣言だけの国が自らを護る用意が許されて良い。
ミサイルによる被弾を停められなければいわゆる平和憲法の終焉となるのだからそれを目の当たりに知る世代は何をか知る情勢がある。
憲法記念日 Constitution Memorial Day
日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する、ことを趣旨
日本国憲法、1947年、昭和22年5月3日に施行
1948年、昭和23年に公布施行された国民の祝日に関する法律 祝日法
なお、日本国憲法、1946年、昭和21年11月3日に公布 この日は、文化の日
https://www.youtube.com/watch?v=BJz9TLzCehg
憲法改正するかしないかの違いとは?
827 回視聴 2023/05/03
高橋洋一#切り抜き
