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20230206論理日本語

2023-02-06 | まさごと

20230206 論理日本語

国語のうちに論理国語、文学国語という分類あることを知った。文科省なり教育界なり、国語教育に進める文章の読解、作成法にあるらしい。論理と文学を文章にそのように見るかどうか、教科書作成の出版社も戸惑いが見えるよう。その目標には文章を読まない、というか、読めない若者に、実は読まなかったり、読めないのではなくて、文章に時間を割かなくなった、どういうことか、類推するところ手っ取り早く漫画なり映像も含めて文章ではないメディアに情報を求める世代に、言うところの国語の文章を学習させようとするうごきである、からして、とうに文章離れをおこしていて、論理だの文学だの言わなくてはならず、そこにあるのは、文章で考えることをさせようとする中等教育である。

それはさておき、論理日本語ならどうだろうかと考えようとする。論理と日本語がどうかかわりあうか、論理的日本語とすると少しはわかりよくなる気がする、気がするだけで何も変わりはない、論理的に日本語を書く、というか、作る、となるか、またそのように練習をする日本語というような、とてもできそうにないことをあれこれと考えてみると、どうなるか。巷に流行るロジカルシンキングというビジネスに見える練習に直結させれば、そのあいだには、論理日本語とロジカルシンキングの中間にくるもの、教育のプロセスでスキップしなければそこには高等教育があって、その段階での実践となるだろうか。

学習するというなら、文章のすべては論理日本語の対象となる。論理日本語の方法で読むというわけではなくて、文章に書かれた論法に感情があるとしてそれは鑑賞の受け止め方によるだけで、言葉にはそもそも感情がないから、論理解釈に入れるかどうかは文学作品を問わずジャンルによってその色合い濃淡が出てくるのは論理の道具になるかもしれないとして、それは実際に和歌俳句の短詩文学にどのように論理を見るかだろう。



                       
                    
                    


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