日本語文と国語文章をそれぞれ、主語と主題に、述語の対応を見て単位とする。主語を必須要素とする西洋文法に対して、日本語文は主語を単位文において、必ずしも表すことがないことであるので、主語をその余の文に求めることがある。主題は一文に、その主題を示す語がまた、主語を兼ねる場合がある。
日本語の文と文章
2017-02-23 23:18:50 | 日本語文法文章論
文法には文を主語と述語でとらえ、文章には主題部と説明部でとらえる、という対比を、日本語文法文章論で考える。文法に文が設定される考え方で、句をとらえていた、章句の区切りにある言語主体が、文の捉え方に現れなくなった、そういう考え方が進められて、文法論が行われてきたのである。辞と詞、そこにあらわれる句は文章を構成する。文の考え方で言語主体は文の中ではモダリティと分析されたが、必ずしも文に現れないので、文とする主語と述語に、主語をかならずしも示さないことから、主語を補語とすることによって、文の考え方を変えてきている。日本語の文は、主題を持つ文章にある、そこに包摂されているので、日本語の文章として、主題を析出することになる。日本語文法文章論は日本語の言葉による論理を分析する。
日本語の文と文章文法には文を主語と述語でとらえ、文章には主題部と説明部でとらえる、という対比を、日本語文法文章論で考える。文法に文が設定される考え方で、句をとらえていた、章句の区切りにある言語主体......
日本語の文と文章
2017-02-23 23:18:50 | 日本語文法文章論
文法には文を主語と述語でとらえ、文章には主題部と説明部でとらえる、という対比を、日本語文法文章論で考える。文法に文が設定される考え方で、句をとらえていた、章句の区切りにある言語主体が、文の捉え方に現れなくなった、そういう考え方が進められて、文法論が行われてきたのである。辞と詞、そこにあらわれる句は文章を構成する。文の考え方で言語主体は文の中ではモダリティと分析されたが、必ずしも文に現れないので、文とする主語と述語に、主語をかならずしも示さないことから、主語を補語とすることによって、文の考え方を変えてきている。日本語の文は、主題を持つ文章にある、そこに包摂されているので、日本語の文章として、主題を析出することになる。日本語文法文章論は日本語の言葉による論理を分析する。