1008 文節と句の違いはどう見るか。短い単位としては同じであるが、連文節になるとそれを句の単位として分析する。文節は句にもあるのが、単位として文にあるから、主語と述語そして文の成分を分析する単位となる。文章の文と句、文の文節である。句における文節の単位を扱うことは文における文節と同様であっても主語文節がない。
文章に文と句を見る。
きょうは 自分の言葉で 質問をする
総理 . . . 本文を読む
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主語があれば文になる。主語がなければ句となる。
文法は伝統的にそうとらえてきている。国文法しかり、日本語文法にも受け継ぐ。
文の定義を必須要素とする説明に対して、文成分のひとつと規定すれば主語のある文と、述語成分で成り立つ句と、句読法をとらえる。
それで文の分類、さらにまた下位の分類ができる。
文の集合には文章が単位となるとらえられる。、文と文が二つ以上、また文と句とその . . . 本文を読む
日本語文法、日本語文章、日本語表現をキーワードにする過去記事が見えたる、見えなくなったりしている。カテゴリー、ジャンルに分類されていても検索はヒットしない。記事数のこともあるだろうし、カテゴリの似たようなネーミングにもある。
投稿総数8800件余のうちの何件になるか。
文章をキーワードにすると、次のカテゴリーがある。
日本語文章
日本語文章論
文法文章論
日本語文法文章論
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日本語文章を文章史によって述べる。文章に歴史があるというが、はたしてその史観には何あろう。それは文章様式の変遷を視点とするという。文体は文章様式のことであるとするとらえ方もあるので、文体の変遷と重なる。
文体史は文章表記史か
2017-04-30 | 日本語史
文体史は文章体にある、それは文章表記体に見る歴史であると国語学の泰斗は言い、国語の静態を指摘した。文体史が文章表記史にあるのは、 . . . 本文を読む
統一という。文章の統一に文体がある。話しことばと書きことばを混ぜないというルールのようである。その区別には何があるのか。語の用法、文字使い、そして普通体と丁寧体の別を言うが、それは語法にかかわる。ふつう体は語の言いきりが用いられる。丁寧体は丁寧の語法で、文末に、―です、―ます と用いる。それを文体の統一の表れと見る。
文章の統一は文の統覚作用において思想を表わす語法である。普通体の文は意見、主 . . . 本文を読む
句読法は文章を区切る。
文章に読点、句点を付ける。
この説明に、文につける句点とすれば、文章と文の違いに及ぶことになる。この20のルールを解説するサイトであるが、
>1文あたり句点が80文字程度に1回、読点が20~30文字程度に1回つける
と見えるので、文章の句読にはそれが文に打つ句点と読点とある。
句の捉え方を改めて考えることになる。
句は言葉や文章のひとくぎりという説明のまま、詩歌の構成単位 . . . 本文を読む
220611 日本語文章
文章は文が集まったもの、とか、文が連なって2文以上で構成されるもの、とか、文章の捉え方ははなはだ経験、実験として得られる模糊としたものである。文章の全体に文を小分けにしようとすると、たちまちに句読による方法が現われる。句点によって切れるとする、その句点はなぜか文点とは言わないで、句点だから句の切れ目かと思いきや、文を表わすというわけである。
ダンクという用語を専門語 . . . 本文を読む
日本語の文章は学校文法で文法単位に据えられた。これは明治以降の西洋文法の影響で文章の解釈を日本語の現象に当てはめて議論しなかった流れがあって、文法の分析に文章が置かれたのは少なくとも時枝文法による国語教育の理論背景があったからである。文章、文、語とする規定は文章と文の境界を明確にしなかったようである。日本語文章の理解が学校教育の現場で文章表現のままに扱われている。
文章は文法用語になってもな . . . 本文を読む
文章は段落によっている。作文における文章構成のポイントである。その段落形式に、冒頭のスペースを空ける、1字分のコマを開ける段落の始まりであるが、その形式を作文用紙で練習する。原稿用紙の書き方ともなる。その段落を構成するという文章練習ができない、できていないという現象がある。パソコンのワードを使っての文書つくりに、1字分の、それは日本語の文字を全角で書くので、そのスペースをあけることで、文章となる。しかし、その文書作成で、文章の段落形式が変わってきている。端的に文字の打鍵スペースをしないで、段落を行替えによって、前後の行開けを文章として示している。したがって、行を変えたら1字分を開けるという規則はまもられない。 . . . 本文を読む