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疫病流行  古典に見る病名史8

2013-09-10 | 病名のことば
疫病流行  古典に見る病名史8

病が語る日本史 講談社学術文庫本 を読む。病名についての語の変遷を学ぼうとする。医学のことであるので正確な知識の記述はこの本書によるか、専門書のよるべきを参照する必要があるが、病名のさまざまなとらえ方があるので日本語の病名がわかるように読んでみたい。

養老四年、721年、続日本紀しょくにほんぎ に右大臣藤原臣不比等について次のように記録している。

  >疹疾やまい 漸く留りて、寝膳安からず  

発疹が治まったが食欲なく穏やかでないという記述である。八月一日のもので、その二日後に享年62、死去した。発疹と不穏な状態はどんな病であったろうかと推測している。

神亀元年、724年に聖武天皇が即位し、天平元年、729年に不比等の娘、光明子こうみょうし が聖武天皇の皇后となった。光明皇后は天平二年、730年に皇后宮職こうごうぐうしき 施薬院せやくいん を設けた。厚い信仰心を持つ光明皇后は、仏教に帰依きえ し、天平十九年に聖武天皇の病気回復を祈願して新薬師寺建立を発願ほつがん している。

天平七年、735年、聖武天皇の御代みよ に豌痘瘡わんずがさ が大流行し、8月には多数の死者が出た。聖武天皇は次のように述べている。続日本紀に見える。

>朕は疫病を治療し民の生命を救おうと思う。そこで幣帛を大宰府管内の神祇に奉げて、人民のために祈祷させる。また、大宰府にある大寺、観世音寺と筑前以外の別の国々の寺寺においては、金剛般若経を読誦させよ。さらに使者を派遣し、疫病に苦しむ人民に籾米もみまい などを恵み与えるとともに、煎じ薬も給付せよ。また、長門国よりこちらの諸国の守かみ もしくは介すけ はひたすら斎戒して道饗みちあえ の祭祀さいし を行え。

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