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伊丹の昆陽池、午後5時46分から17日の午前5時46分まで、震災の犠牲者と同じ数の6434本のろうそくをともし続ける。
今年は例年よりも寒くなかったが、小雨が降って、さみしい感じがした。ろうそくの灯は、か弱いくらいに消えそうになる。消えてしまったろうそくに灯をともすと、ほっとする。それを繰り返していると、ろうそくの炎が何かをつなぐ小さな絆のように思えた。
この日はいつも悲しい記憶が蘇る。決して忘れてはならない記憶でもある。
今年は例年よりも寒くなかったが、小雨が降って、さみしい感じがした。ろうそくの灯は、か弱いくらいに消えそうになる。消えてしまったろうそくに灯をともすと、ほっとする。それを繰り返していると、ろうそくの炎が何かをつなぐ小さな絆のように思えた。
この日はいつも悲しい記憶が蘇る。決して忘れてはならない記憶でもある。
幸いにも自宅は大きな被害は有りませんでしたが、友人や恩師が西宮、芦屋で被災されたので、走り回ったのを思い出します。
ただただ、今日は手を合わせたいと思います。
私の家はあの地震で揺れはしたものの、幸い直接被害を受ける場所ではありませんでした。
でもあの日の夜には私は仕事で神戸にいました。もちろん仕事にはなりませんでしたが…。
その日から私も多くのことが変わったように思います。
決して忘れることはできません。
亡くなられた方のご冥福を、そして心や体が傷つかれた方には心の平安をお祈りしたいと思います。
大切なことと、どうでもいいこと、この差は気持ちから来るものかもしれません。震災の体験で得たもの、大切なものを見つめて生きて行きたいと思います。
従姉妹4家族が兵庫県内におり、無事を喜んだことも覚えています。
私は、その後、自分が病気を抱える身になってキリスト教を信じ、弱くされてる人間の痛みに共に苦しむことできるようになりましたが、当時は震災も他人事の部分があったことに心が痛みます。