森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

阪神大震災12年

2007-01-17 21:48:10 | 日々の写真
 伊丹の昆陽池、午後5時46分から17日の午前5時46分まで、震災の犠牲者と同じ数の6434本のろうそくをともし続ける。
 今年は例年よりも寒くなかったが、小雨が降って、さみしい感じがした。ろうそくの灯は、か弱いくらいに消えそうになる。消えてしまったろうそくに灯をともすと、ほっとする。それを繰り返していると、ろうそくの炎が何かをつなぐ小さな絆のように思えた。
 この日はいつも悲しい記憶が蘇る。決して忘れてはならない記憶でもある。
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6 コメント

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鎮魂 (ばらーず)
2007-01-17 23:30:23
12年前、大阪西淀川区に住んでいました。マンションの台所の食器棚がうつぶせに倒れ粉々になりました。
 幸いにも自宅は大きな被害は有りませんでしたが、友人や恩師が西宮、芦屋で被災されたので、走り回ったのを思い出します。
 ただただ、今日は手を合わせたいと思います。


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12年 (うみねこ岬の猫)
2007-01-18 01:19:47
あれからもう12年になるんですね。
私の家はあの地震で揺れはしたものの、幸い直接被害を受ける場所ではありませんでした。
でもあの日の夜には私は仕事で神戸にいました。もちろん仕事にはなりませんでしたが…。

その日から私も多くのことが変わったように思います。
決して忘れることはできません。
亡くなられた方のご冥福を、そして心や体が傷つかれた方には心の平安をお祈りしたいと思います。
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ばらーず様 (モリノブ)
2007-01-18 14:32:26
 私は当日はいなかったのですが、震災の後の日々は、今となっては懐かしい思い出です。無我夢中のときは、みんなが助け合う精神が強かったですね。落ち着いてくると、また垣根を閉ざす感じです。風化させないように、何かを続けていくことが大切と痛感します。
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うみねこ岬の猫 (モリノブ)
2007-01-18 14:37:15
 信じられない出来事が起きて、人の命が奪われて、無力感にさいなまれる日々から12年経つと、忘れてしまいそうになることもあります。
 大切なことと、どうでもいいこと、この差は気持ちから来るものかもしれません。震災の体験で得たもの、大切なものを見つめて生きて行きたいと思います。
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祈り (浪速トラ吉)
2007-01-19 12:02:27
六甲にある大学を卒業していた私は、同窓生が住んでいた下宿が崩壊したことや、後輩が大勢犠牲になったことも知りました。
従姉妹4家族が兵庫県内におり、無事を喜んだことも覚えています。
私は、その後、自分が病気を抱える身になってキリスト教を信じ、弱くされてる人間の痛みに共に苦しむことできるようになりましたが、当時は震災も他人事の部分があったことに心が痛みます。

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浪速トラ吉様 (モリノブ)
2007-01-19 21:19:51
 震災は声もでないように唖然とするばかりでした。人は自分の痛みでしか、物事を理解できない、村山聖の言葉です。私もそう思います。それでいいのだとも思います。自分の感じる範囲で、何かをなし続けていくことしかないのでしょうね。
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