東京都港区慶応義塾大学三田キャンパスから徒歩1分の場所にあるカフェ。

 東大や京大など、有名大学の近くに全国10店舗を展開する「知るカフェ」だ。ドリンク代などの経費は現在約180社のスポンサー企業が負担する。企業はここで説明会などを通じ、学生と交流する仕組みだ。

 「自分は安定志向なので、就職活動では福利厚生や職場環境を重視したい」

 友人とうち合わせしていた慶大3年の男性(20)はこう話した。長時間労働や過酷なノルマがないか企業の評判に気を配っている。

 知るカフェを経営する「エンリッション」の柿本優祐社長は、「就職で自分のやりたいことを第一に考えるのはごく一部のトップ層だけ。大半の学生が重視するのは福利厚生で、カフェでの説明会でもそうした質問が多い」と語る。

 大学生の就職意識調査で、学生たちの志向の変化はくっきり表れている。

 マイナビが今年6月に発表した2016年卒の大学生就職意識調査では、「行きたくない会社」を聞く質問(二つ選択)で、01年卒と比べ、「休日・休暇がとれない(少ない)会社」は倍近い27・4%に、「残業が多い会社」は4倍近い11・4%に上った。(風間直樹)

■ノー残業、決断の陰に妻・娘

 世の中の変化を感じ取り動き出した企業がある。

 ログイン前の続き長時間労働が当たり前だったシステムエンジニアの世界で、労働時間を大幅に減らしたのは、ITサービス大手のSCSKだ。銀行のATMなどのシステム開発や運用を24時間体制で行っている。

 「我が社は『ブラック企業』の筆頭だった」

 2011年に合併して誕生したSCSK初代社長の中井戸信英会長は、こう振り返る。住友商事の副社長からSCSKの前身の住商情報システム会長兼社長に転じた際、会社で寝泊まりする社員に衝撃を受けた。

 個人的な経験が改革への決意をさらに固くさせた。

 出産した娘は、孫がまだ生後8カ月のときに職場復帰を決めた。「止めたが、娘の意思は強かった。女性の意識の変化を実感した」。残業時間を減らすことで女性が働き続けられ、共稼ぎの夫婦が子育てをできる職場の実現が必要だと本気で考えるようになった。

 12年度から、残業時間の削減を開始。残業時間が多い部署には、次の四半期に半減を求めた。会議時間を短くするための「立ち会議」などを導入。上司が定時に帰ることも徹底した。浮いた残業代は社員に還元して給料が減らないようにし、やる気を高めた。

 08年度に月35時間を超えていた平均残業時間は今では20時間以下に。12年度から増収と経常増益が続いている。課長級以上の女性社員数は15年度には54人に増え、11年度の6倍に。18年度には100人を目指している。16年度入社の会社説明会へ来た学生も前年比9%増。中井戸氏は「自然と入りたい人が増え、優秀な人も集まる。それが企業の強さになる」と語る。

 下着メーカー大手の「トリンプ・インターナショナル・ジャパン」元社長の吉越浩一郎さん(68)にとっては、フランス人妻の存在が大きかった。

 社員時代、残業で深夜に帰るたびに「家庭の作り方を知らない」と怒られ、離婚もほのめかされた。1987年、代表取締役に就任すると長時間労働の改革を次々と実行。92年に社長に就き、さらに加速させた。

 残業禁止日を増やしていく一方、毎朝、担当社員を交えた会議を開き、それぞれの仕事の締め切りを決めさせた。午後0時半から2時間は私語やオフィス内の移動を禁じる「がんばるタイム」とすると、仕事の効率が上がった。

 2003年、残業ゼロを実現。会社の意思決定が早まり、社員一人ひとりの生産性も高まった結果、19期連続で増収増益となった。「残業をなくせるかどうかはトップの覚悟次第だ」(鈴木友里子、津阪直樹)

■過労死、年間100人超

 だがこうした取り組みは全体から見ればまだ一部にとどまっている面もある。

 連合によると近年、労働時間は高止まりし、働き過ぎによる精神障害や脳・心臓疾患の労災認定件数は依然として高水準にある。認定されているだけでも年間100人を超える人が過労死している。

 それは日本を代表する大手電機メーカーでも起こっている。大学院の理工学研究科を首席で修了してからわずか4年、28歳だった男性は自ら命を絶った。

 学生時代は趣味の自転車と学業を両立し、自転車を楽しむスナップ写真をブログに頻繁に載せていた。メーカーにはソフトウェア開発担当のエンジニアとして就職した。

 異変が起こったのは3年目の夏。担当プロジェクトで不具合やクレーム対応が発生し、本来の開発業務が遅れがちとなった。「一生懸命やってきた仕事から外されたくない」。働き詰め、秋口からは月の残業時間は100時間を超え、土日も休みがなかった。

 「納期を守らなければ殺すぞ」。プロジェクトのリーダーからはそう脅された。ブログからは、自転車を楽しむ記述が消えた。

 結局、プロジェクトが完了した翌年3月にうつ病と診断され休職。数カ月後、変わり果てた姿を家族が発見した。昨年12月、男性のうつ病の発症と自殺は労災と認定された。男性の父親は言う。「異常な長時間労働なのに会社の認識が甘すぎる。それが息子を死に追いやったのではないか」

■長くではなく「濃く」働く

 一人ひとりの意識改革を促す取り組みは少しずつ広がっている。

 「消しますよー」。7日の午後7時ちょうど、フロアの照明が一気に暗くなった。40人ほどの社員が残っていたが、照明が消えると次々と社員が帰り、10分後には5人だけになった。

 人材派遣会社リクルートスタッフィング」は13年から「スマートワーク」という働き方に取り組む。東京・中央エリアの営業を担当するマネジャー、春木将平さん(31)のグループでは今春から、普段の日は午後8時、第1、第2、第3水曜は夜7時に消灯する。

 取り組みが始まった当初、春木さんは「派遣スタッフの方やお客さんのために仕事をしているのに、なぜ妨げるようなことをするんだろう」と戸惑った。しかし、次第に時間の使い方が変化した。

 電車での移動時間にメール返信し、歩きながら電話する。かつて午後9時~10時ごろまでの残業が多かった職場は、午後7時以降に出先から戻ると冷たい視線を感じるように。春木さんはいま、「働ける時間は有限だと感じ、効率的な配分を意識するようになった。濃く働くためにやっているのだと分かった」と語る。来月には子供が生まれる予定で、両立が楽しみだ。

 社長の長嶋由紀子さん(54)の原点は、人事担当時代、営業成績が良い人が長い時間働いているわけではないことに気づいたことにある。13年に「スマートワーク」を導入した当初、若い世代を中心に異論が100件近くメールなどで届いた。「目の前のことに頑張るだけじゃなく、将来の種を植えることも必要」「ゲームのルールはどんどん変わっている」。一人ひとりにそう返信した。

 14年度の1日あたりの労働時間は12年度比で3・3%減り、時間当たりの売り上げは4・6%増えた。長嶋さんは言う。「頑張るスイッチの入れ方を少し変える。何かを諦めるのではなく働き方を進化させたい」

■「経営者の意識改革が不可欠」

 労働問題に詳しい日本労働弁護団常任幹事の棗(なつめ)一郎弁護士の話

 不払い残業代の請求訴訟や、過労死、過労自殺の件数は一向に減っていない。実際、寄せられる相談内容を見ても、多くの会社は労働時間の短縮に真剣に向き合ってない。

 生産性を高め短時間で効率良く働くよりも、長時間働くことを美徳として評価している限り、何も変わらない。時短の取り組みには、そうした経営者の考えと職場の雰囲気を根本的に変えることが欠かせない。基本給が最低賃金水準のため、生活のために残業するしかない会社もある。そうした長時間労働を前提とした給与体系も問題だ。

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 「女が生きる 男が生きる」は随時掲載します。今後は、男を生きづらくさせているのは何か、メディアが映す女性像、などを取り上げる予定です。

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