JOYチャペルのデボーション個所は昨日から「詩編119編」
アルファベットによる詩、詩編の中で最も長い176節からなる。
一日では味わいきれない分量なので、数回に分けている。
昨日(12/6)は1~24節、今朝は25~56節、明朝は57~80節を黙想する。
長い信仰生活で何度も何度も読んだが、今回やっと詩編119編全体の内容が見えてきた。
己の理解力・霊性の希薄を自覚するとともに、「鍵」が目に心に留まったことに大いに感謝。
そのカギは「律法」
「律法」に関連する言葉が表現されている多様な言葉、それに光りが当たったのである。
それらに鉛筆で〇をつけ読み進めると、何度も繰返される言葉に「律法」の重要性が浮き彫りになる。
例えば・・・掟、教え、戒め、定め、道、御言葉、仰せ、命令・・などなど
アドベントの今、「マリアの賛歌」(マニフィカート)を思う。
「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である主を喜びたたえます。」(ルカ1:46b~47)
救い主イエスはまだ世には生まれておらず、マリアの体内にやどっている時の賛歌である。
「救い主である主」とはまさに霊の導きによるとしか言えないマリアの信仰告白ではないか。
「わたしが来たのは律法や預言者を…廃止するためではなく、完成するためである。」(マタイ5:17)
「律法」を守り切れない人間の限界、救い主はわたし達の罪の救いとなって下さった。
イエスの到来によって、父なる神のみ心も「救い」を懇願してやまない愛の神であることを知る。