再Upしておきます。
羽生結弦が深く信頼していて、今までも多数の羽生結弦の衣装を担当して下さり、北京五輪シーズンにも「本当の衣装」のすべてを頼んでいた、マシュー・キャロンさんが、羽生結弦との写真を公開中!こちらをどうぞクリック♪(裁判で認められています。)
「圧倒的な魔王感!」などと堂々と羽生結弦を侮辱し、中身も嘘だらけの羽生結弦への名誉毀損本「MUSE ON ICE」の中身は、刑事裁判で重い罪が問われていますので、騙されないようにどうぞご注意下さい。羽生結弦は悪魔や魔王を表現したことは一度もありませんしそんな趣味はありません。しつこく悪魔イメージや技術妨害衣装を強要し、白鳥で虚偽告訴までしてきた者には重い有罪判決が下っています。
スターズオンアイスで振り付け担当されておられる、カナダのバトルさんが振り付け担当された、北京五輪本当のSP「白鳥」をなかったことにしようとした虚偽告訴や今までの意図的な嘘の流布、信用毀損と名誉毀損に対して、二審でも羽生結弦側は勝訴しています。(本当のSPだったのですから、当然ですが。)
「ギフト」で表現した、「夢をつかみ取る物語」で「夢をつかみ取った」ことを表現するには、どうしても、羽生結弦は、「本当のSP「白鳥」の衣装を使いたい」(※ 私のアイデアを元にカナダのデザイナー・キャロンさんが作った衣装)との希望で演技しました。(「序奏とロンド・カプリチオーソ用の衣装」など、どこにも存在しないので、他に衣装はありませんので!)
ショー後のインタビュー一部抜粋「このGIFTってストーリーの中にも夢という存在がものすごく大きくあって。なんか、そういう意味でも、まず前半の一幕の中で夢をつかみきったっていう演出をしたかった」【羽生結弦さん GIFTalk(1)】「一期一会な演技ができた」「一人になった時に帰れる場所を」― スポニチ
羽生結弦の「理想の4回転アクセル成功演技」「サザンカ」ラストの見事な4回転アクセル!
脅迫と強要に屈しない、脅迫者たちに絶対に利益を渡さない、明るい社会、希望ある未来へ!
5月30日現在、羽生結弦が認めた公式ツイッターも公式インスタグラムも存在しません。羽生結弦は現在、SNSをやっておりません。(公式情報)
※ 脅迫者たちによって作られ、脅迫されている者が書いた著作権侵害の白黒偽ロゴ・偽ツイッター(Fake account created by intimidators who forced to use program-destroying costumes over the past several years to Yuzuru →@YUZURUofficial_) このページの証言や羽生結弦の功績や業務をつぶしたい脅迫者の協力者たちが偽ツイッターを宣伝していますのでご注意ください。侮辱と名誉毀損・信用毀損・業務妨害の責任が問われます。
YouTubeの「プロローグ」の演技を理解するための基礎知識の解説はこちらからどうぞ
The real creator and designer of Yuzuru Hanyu’s costume for SP in Beijing Olympics is Mathieu Caron in Canada. (Official information from Yuzuru Hanyu) Yuzuru' costume for SP is made for his true SP "The Swan" (Saint-Saens)
12月15日追記: ※ プロローグ八戸公演最終日は、羽生結弦はリクエストコーナーで「悲愴」と「Otonal」を演技しました!2019年―2020年シーズンには、シーズン途中却下せざるを得なかった「Origin」と「Otonal」の2つのプログラムですが、2年連続わざわざやったくらい、羽生結弦本人にとっては、とてもとても大事なプログラム。
スーパースラムのかかる、4大陸選手権前に、却下した本当の理由は既に警察にも検察にも報告・刑事告訴してあります。あり得ないほど酷い首回りや腰回りを動けなくする「技術妨害衣装」「プログラム破壊衣装」にされて強要され、自分の思い通りの演技が決してできず、かえって誤解を与えて、観客に届くべきものが、本来の意味と全く変わってしまうからでしたので、「プロローグ」では カナダのデザイナー・キャロンさんが造られた「Change」用のかっこいい、動きやすい衣装で「Otonal」をも滑ることができ、堂々の披露となりました!動きも大変スムーズで、怪我の心配もなく、見ていても本当に幸せそうな羽生結弦の姿は、素晴らしかったと思います!今後ともどうぞご期待ください♪
アスリートが、本来着るべき衣装を、堂々と着て堂々と技術を披露できるのは、本当にいいものです! それができない事態というものこそが異常なのであり、犯罪であり、酷い人権侵害ですので、世界中の「本当の」ファンの方々や、真実を知っているマスコミ関係者の方々には、安心してみていられたと思いますし、とても嬉しいことだったと思います!
2020年の4大陸選手権で羽生結弦が 脅迫者たちに強要された、袖口が蛍光黄緑に光る 非常に安っぽくなった衣装は、メンタル攻撃と技術妨害で スーパースラム達成を阻止させるためにやられた人権侵害の結果の衣装でした。しかし、その酷い人権侵害をやられながらも、羽生結弦は なんとかスーパースラム達成を果たしたのです! それがなかったら、はるかに高いスコアと結果が出ていたことでしょう…!!
脅迫や強要に屈しない、脅迫者たちに絶対に利益を回さない、明るい社会・希望ある未来へ!!
12月10日:脅迫者たちによる脅迫と強要による 羽生結弦への妨害が今も続いている証拠として、追加証拠をUPしました。
日米友情は「偉大な遺産」 真珠湾攻撃81年で記念式典(共同通信) - Yahoo!ニュース
「歴史は繰り返す」 真珠湾攻撃から81年、元米兵らが語る戦争:朝日新聞デジタル (asahi.com)
#PearlHarbor #PearlHarborRemembranceDay #YuzuruHanyu #HANYUYUZURU #FlowersforUSA #FlowersforAisa
#FlowersforVictims #FlowersforWorld
12月7日は 羽生結弦の28回目の誕生日でした!
しかし、今日まで羽生結弦が自分の誕生日の数字「1207」にこだわって、様々なところで アピールしてきたのは、決して自分の誕生日を祝ってもらうためだったのではありません!
プログラムに込めてきた意味を、正しく理解してもらうためと、全く正反対に、脅迫者たちによる、衣装の強要によって無理やり違う形に印象付けられ、侮辱に変えられた自分のプログラムの本当の意図を、正確に知ってもらいたかったからです。
2019年の羽生結弦の誕生日は、望まない技術妨害衣装・プログラム破壊衣装を強いられ、涙を飲んだ羽生結弦でしたが、2019年は、夏前からこのページを計画していたのが真実です。
三年経って、その傷を、祝福に変えていきたいと思います。
このページを最後までお読み頂き、プログラムに込めた想いを、どうぞ改めて正しくご理解ください。
公式YouTube動画「HANYU YUZURU」で「プロローグ」動画公開中!
プロローグの演技を理解するための基礎知識の解説はこちらをどうぞ
羽生結弦本人が自ら決めた本当の公式アカウントYuzuru Hanyu & staff Official 羽生結弦&公認スタッフ【公式】(@Y_HanyuOfficial)
※ 羽生結弦が既に刑事告訴している脅迫罪と強要罪の一つである、白黒の偽のロゴの偽ツイッターと偽インスタグラムを今でも宣伝する、ネット上の「脅迫者たちの協力者」そして偽ファンたちに十分にご注意ください。
勝手に名前を使ってコメントしていますが、書いているのは、羽生結弦本人ではありませんので、羽生結弦の言葉ではありません。
10月頭からずっと公開しているように、以下のアカウントもツイッター内容も、羽生結弦のものではありません。
ご注意!: 以下ものは、脅迫者たちによる、羽生結弦貶め目的で作らせた偽ツイッターによる捏造コメントです。
Attention, please!This is a fake account created by intimidators who forced to use program-destroying costumes over the past several years to Yuzuru !→@YUZURUofficial_) Please never follow and retweet.
Yuzuru Hanyu has no official twitter account and no instagram account now.
このページの証言や羽生結弦の功績や業務をつぶしたい脅迫者とその協力者たちによって作られ、拡散されてきましたのでご注意ください。脅迫者に協力する者は、侮辱と名誉毀損・信用毀損・業務妨害の責任が刑事も民事責任も問われます。
相変わらず、脅迫者の作らせた白黒偽ロゴの偽ツイッター羽生結弦official_Staff(@YUZURUofficial_)が、羽生結弦になりすまして、本人の言葉でないものを、本人のふりして振り撒いてますが、
羽生結弦は、世界規模でファンを見ているし、真珠湾攻撃が、日本の日付が変わったすぐ後の、ハワイとアメリカ時刻の12月7日だったとよく理解しているので、8日に変わる直前に、まるで誕生日が終わるかのようにツイートしたり絶対にしませんのでご注意下さい。また、肝心のプロジェクトがこれからの時に、12月7日をアピールしてきた本当の意味を またもやつぶすようなことは、本当の羽生結弦は絶対にしません。白黒偽ロゴの偽ツイッター主は、プログラムのことも羽生結弦のことも、何一つわかっていないからこそ、こういうことができてしまうのです。
脅迫者たちの作らせた、白黒に変えて著作権侵害を堂々としている偽ロゴの偽のツイッター @YUZURUofficial_ にどうぞ十分にご注意ください。いまだに宣伝しているすべてのニセモノにご注意ください。
111などにして、羽生結弦が、1にこだわっていたのは、現役の時の、しかも4回転アクセルを本格化させる前の話です。1位にこだわっていたら、4回転アクセルに挑戦することほど、愚かなことはありませんでした。その難易度に対して、基礎点は下げられ、スコアでは、メリットなどほとんどない技にされてしまっていたからです。
しかし、人間の価値というのは、スコアで決まるのではありません。プロローグ公式ロゴが、わざと11時11分の針にしたのは、そこからのスタートを意味しているだけで、だからこそ、最初の横浜公演の最後に、時計の針は進んで、11時12分に変わるのを、みんなで1分体験する演出があったのです。
公式である当サイトと本当の公式ツイッターを侮辱、名誉毀損している者たちは、やっていることは、わかっていながらわざと、羽生結弦と私への侮辱と名誉毀損・信用毀損をしているので、必ず刑事でも民事でも責任を負っていただきますので、そのつもりでいてください。
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12月7日は、羽生結弦の28回目の誕生日です。(日本の日付が変わっても、世界ではまだまだ12月7日が続いています)
11月1日より、「あなたもあなたの花を咲かせよう!羽生結弦プロジェクト(その1)」を開始していますが、今日、12月7日は羽生結弦の誕生日です。(世界中ではまだ12月7日です。そして、真珠湾攻撃があったのは、日本の日付が12月8日に変わったけれども、ハワイはまだ12月7日のただ中だった、まさに今からの時刻です!
プログラムに込めてきた、様々な想いを、あるいは、羽生結弦自身をやその演技を「花」に例えて今まで 様々な形で 表現させてもらってきましたが、
今日、ここから、現在、羽生結弦の公式サイトを務める、当サイトのサブタイトル「花になろうよ!」の
本当の意味を、本格始動させていきたいと思います!
2018年―2019年、そして2019年ー2020年に、2年連続でやった「Origin」は、その本来のプログラムに意味は、2018年の平昌五輪まで、ずっと憧れであり続けてくれた ロシアのプルシェンコさんを通して 羽生結弦をフィギュアスケートの道に熱中させ、今日まで 羽生結弦を守り通してくださった、天地創造主たる神であり、羽生結弦の本当の神である、主イエス=キリストへの感謝を込めたプログラムでした。
(プロローグ八戸公演の千秋楽のラストに演じた、「ロシアより愛を込めて」の頃の羽生結弦は、まさにプルシェンコさんに夢中になっていた頃です!!)
ここまでの道のりを、羽生結弦を守り通し、二度の金メダルへと 導いてくださった 神への感謝を込めて、私がそれまでに公表・説明してきた 癒しの花であり天国の花でもある「紫の花」、そして、すべての王の中の王、主の中の主、と呼ばれる、イエス=キリストを象徴させる色でもある「紫」を象徴として、(プログラム「レッツゴー・クレイジー!」でもその意味を込めて紫の衣装に変えています)
羽生結弦自身が、それらをプログラムに込めたいと願って、羽生結弦自らが、衣装には「紫」を指定して、プログラムを作り上げていきました。 (注意:紫を指定したのは羽生結弦の側です!これが真実!)
1年目に 悪魔イメージにされてしまった 黒と金のOrigin の衣装の、悲しみを乗り越え、イメージを塗り替えるために わざわざ変えようとしたのです。
こちらのページは、2019年のファンタジーオンアイスの頃から、その年の12月7日の羽生結弦の誕生日には、公開していくことを計画していたのが真実ですので、私がここにそれを証言いたします。
羽生選手のフリー「天と地と」と、「12月7日」の誕生日の「Origin」に込められた想いーー元・真珠湾攻撃の総隊長が、戦後・アメリカで謝罪と平和の伝道者として生涯を捧げた「勇気の真実」と記録 -
この年の2月、牧師になった元特攻隊員のA牧師の証言を載せた後、脅迫者たちからの 侮辱衣装の強要と悪魔イメージの流布、そしてプログラムへの壮絶な侮辱が始まりました。
(その前から何年も、羽生結弦の衣装は 貶め目的で羽生結弦が望んだわけではない衣装デザイナーが強要されつづけてきていたのですが、さらに悪化していったのです。)
この酷い事態を見て、私は当初、羽生結弦に、「これ以上続けると、もっとひどいことをやられる可能性がある」からと、勧められないと伝えましたが、羽生結弦はかえって ものすごくやる気を出して、ファンタジーオンアイス2019で「マスカレイド」というプログラムを通して、氷の上に手袋をたたきつけて 猛抗議を表明し、真実を知らしめようと本気を出したのです。そのため、私は、2019年の、夏の終戦記念日である 8月15日ごろには、羽生結弦にそれまで伝えてきた内容であり、それまでの演技の数々の背後にあった事実・真実として、
爆心地付近の奇跡の生存被爆者であられるBさんの証言 (こちらをクリック)を公開することを決め、公開いたしました。
しかし、この時すでに、羽生結弦は何年も脅迫を受けていて、Origin1年目の衣装も、希望ではないものを2018-2019シーズンの最後の世界選手権(2019年3月のさいたま世界選手権)で押し付けられた形になったのですが、
その後、皆様もよくご承知のように、衣装を本当の意味とは違うものにし、さらに技術妨害の立体装飾を過剰につけられた異常なものにされ、さらにプログラムを侮辱して破壊させるようなことばかりを繰り返されてきました。
しかし、プログラムに込めていた本当の意味は全く違います!
そこで、本来の意味の通りに、日本から、アメリカの真珠湾攻撃の犠牲者の方々に向けて、また、すべての、あの戦争での日本人の犠牲者(被爆者の方々も当然含みます)そして、アジアの国々の、日本の攻撃による犠牲者の方々、戦争の犠牲者の方々への想いを込めて、紫の花を、12月7日に、羽生結弦のプログラムに込めてきた本当の想いとして、改めて表明すると共に、日本から、アメリカ(USA)と、アジアの国々、世界に向けて、贈りたいと思います!!
お花の写真なんかないよ、という方は、ぜひ、心の中にお好きな花をイメージして ほんの一瞬でもよいので、想いを戦争の犠牲者の方々、特に12月7日は、真珠湾攻撃によるアメリカの犠牲者の方々のことへと向けて、あるいは、その後に続いた戦争による犠牲者の方々を思って、祈りとしていただけますと幸いです!
第8回:羽生結弦と「幸せのかけら」~ 爆心地付近の奇跡の生存被爆者となって生き抜いた方が、私たちに託したものと真実の宝
以下、プログラム「Origin」 2019年12月7日に掲載しUPしたページの、かつての証言内容を、こちらにももう一度 掲載いたします!!
羽生選手の誕生日、12月7日は、アメリカでは、「真珠湾(Pearl Harbor)攻撃」 を日本に仕掛けられた、忘れがたい日でもあり、「リメンバー・パール・ハーバー!」(真珠湾攻撃を忘れるな!)「Remember Pearl Harbor!」などと言って、日本軍側の奇襲で、大勢のハワイのアメリカ人が命を落とされた日として、太平洋戦争 開幕の、悪しき思い出となってしまっている日でもあります。(日本は、時差の関係で、12月8日になってすぐの時刻だったのですが。)
1941年のことです。 その結果、この戦争の激化により、最終的に、日本にも、原子爆弾が、広島と長崎の2か所で落とされることになっていくので、 つまり、日本にとっても、この上ない悲劇に至る、第一歩を刻んでしまった日でもあります。
羽生選手の誕生日に、なんという縁起でもないことを言うの!と思われるかもしれませんが、いやいや、羽生選手が「Origin」をフリーで演技して下さったの日、
この悲劇を、少しでも未来への希望に変えていきたいという想い からのご紹介です!
さて、この、「真珠湾攻撃」の指揮をした、「真珠湾攻撃の総隊長」であった日本人がいて、その名を「淵田美津雄」(ふちだみつお MITSUO FUCHIDA)さん といいます。
アメリカ人から見たら、誰なのかは知らなくても、ある意味、最も憎き人間の一人に該当するかと思われます。
しかし、この淵田美津雄氏は、戦時中から終戦後に至るまで、ちょっと凄すぎるというほどの、激動の人生を歩み、ついには驚きの、「勇気の真実」を実行した人となって、その歴史に名を刻んでもいるので、少しだけご紹介します。
淵田美津雄(ふちだみつお)氏は、真珠湾攻撃の総隊長を務めた人として、戦時中は日本で英雄扱いとなり、しかしそれゆえに戦後は一転して、友人が去っていく悲劇に見舞われる、「真珠湾奇襲攻撃」に大きな責任のあった人でした。
しかも、実は彼は、1945年の8月5日ーーーすなわち、広島に原爆が投下される「前日」まで、会議のために、3日間も広島にいたというのです。
8月5日に会議が終わり、その晩も広島に泊まる予定だったところ、5日の夜に急遽連絡が入り、その日のうちに大和基地への移動を余儀なくされます。そして翌朝6日に、前日まで自分がいた広島に、原爆が落ちたことを知るのです。
彼はその直後、本当に広島に原爆が落ちたのかを確認するための「被害調査団」として、なんと、原爆投下の翌日7日には、再び広島入りを命じられ、そのまま3日間、被爆地となった広島の、それも爆心地の調査をしました。
3日後の8月9日、今度は長崎に原爆が投下されたことを知り、そのまま広島の調査を打ち切って、長崎の爆心地にまで、派遣されるのです。
まさに、原爆投下の瞬間だけ、広島を離れたような形になり、もう一つの被爆地・長崎の爆心地にまで、原爆投下の直後に行かされた彼は、特に、その爆心地でたたずんで、凄惨すぎる現状を目撃した時に、胸に去来したものは多かったようです。
この時に、彼と共に広島の被害調査のために派遣された、被害調査団一行のほとんどの方が、原爆投下直後の広島の地に入ったため、いわゆる「二次被爆」(残留放射線によって被爆してしまうこと)により、亡くなってしまいます。
しかし、この淵田美津雄氏は、原爆投下後の 広島と長崎という2つの被爆地に、すぐに行ったにも関わらず、生き延びたのです。
彼は、真珠湾攻撃で生き残り、ミッドウエー海戦でも生き残り、広島と長崎の二次被爆を受けても生き残り、3度も大きな死線をくぐりつつ、戦時中の多くの人々の無残な死を目撃しました。
そのような中、淵田美津雄氏は、自分が生き残っていること、これをただの幸運として受け止めるには、あまりにも運が良すぎると感じ、厳粛に神を仰ぎ、「神の摂理で生かされたのだ」と感じていきます。
さらに、長崎原爆投下後から、終戦直前の数日の間に、無条件降伏を拒否して、軍事政権樹立を企てるクーデターの動きがあったそうで、 彼は、陸軍参謀から 自分にも持ち掛けられた、このクーデターへの同調を 拒否したのだそうです。
淵田氏は このように、太平洋戦争中、少なくとも3度は死線をさまよい、真珠湾攻撃の英雄などとも称えられる 扱いを受けたわけですが、敗戦とともに、一転、白眼視され、多くの友が彼の周りから去っていってしまいました。
頼れるのは自分一人となり、戦後の虚脱感から荒んだ日々を送り、酒にもおぼれたといいます。
アメリカを憎み、その悪行を調べ上げようなどと、色々な調査を進めるうちに、予想外の「愛のある人々」の証言記録に触れるようになります。
ある日の朝、淵田氏は、朝日新聞の「天声人語」の欄を「いつものように」読んだら、こんな記述を目にしたのだそうです。
「聖書は世界のベストセラーで、人類の話すあらゆる国語に翻訳されているが、現代において、もし島流しの刑があると仮定して、たった1冊だけ本を持っていくことを許されるのなら、世界の人たちは、その1冊を、聖書にするだろう…」
その内容を目にしたとき、淵田氏は まさに これこそが「天声人語」だと感じ、そこから熱心に聖書を読み、読み進めるうちに、イエス=キリストが十字架にかかり、人々の罪を身代わりに背負うときに発した言葉、
「父(=天地創造主の神)よ、彼らをお赦し下さい。自分が何をしているのか、知らないのです。」 に、
自分の 胸を突き刺された思いをし、 自分こそがまさに 47年間も「何をしているのか、わからずにいた」人間だったと気が付き、イエス=キリストが十字架にかかって罪を背負われたのは、「自分のためでもあった」と、神(イエス)からの「啓示によって」確信し、神様に向き直ったのだそうです。
これが1950年なので、戦後約5年が経った頃のことです。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」ーーーという有名な言葉が 広島の「原爆慰霊碑」に書かれていますが、 このような、激動にして数奇な運命を生き抜いてきた彼は、
「けれども平和は、人間の力などで闘いとれるものではないのである。平和は、上から与えられるものなのである。」
と確信していて、この言葉は、愚かでもある私たち人間が、「再び過ちを犯さないように導いて下さい」と、神様にお願いしている言葉だった、と気づくのです。
この後、淵田美津雄は、なんとかつての敵国だった アメリカに渡り、自分が総隊長であったことを明かし、真珠湾攻撃のことを謝罪して回り、同時に、「戦争は互いに相手への無知から起きる」という信念の下、日本人を理解してもらい、自分も相手(アメリカ人)を知ろうと努め続け、戦争の愚かしさと、憎しみの連鎖を断つことを訴え続けた そうです。
こうして、真珠湾攻撃の総隊長だった人物は、 「平和の伝道者として、残りの生涯を 神様に捧げた」 のです。
羽生選手の誕生日は、12月7日ーーーアメリカにとっては、真珠湾攻撃をされた日、なのですが、しかし、その時の責任者でもある総隊長が、戦後そのようにして、生き抜いたということを、日本人のほとんどでさえ、知らないと思います。
アメリカの人々はもちろん、その他の国の人々にも、本来なら憎き対象であるはずの、真珠湾攻撃の総隊長だったという彼が、そのような人生を送ったこと… 一人でも多くの人に、こんな大逆転の人生を送り、「勇気をもって」「真実」を伝え続けた人もいるんだということを、羽生選手の誕生日を機に、アメリカの方々はもちろん、世界中の方々に、知ってもらえたら、と願って、掲載いたしました…!
(追記:この内容を載せることは、羽生選手の希望であり、モチベーションでもあり、羽生選手との約束でしたので、どうぞご了承ください…!!)
↓ この淵田美津雄 さんの、証言記録・「自叙伝」は、こちらです。
真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝 (講談社文庫) | |
中田 整一 | |
講談社 |
今までの羽生選手の、多くの人に知られざる 苦労も苦悩も幼き日の羽生選手の胸にあった想いも、その全てを知りつくしておられる 主イエス=キリストが、今日という日を、大きな祝福と幸せの日、希望の記念日にして下さいますように…!心より主イエス=キリストの御名でお祈りいたします♪ アーメン。