【ビジネス解読】行き詰まる韓国・文在寅大統領の「ポピュリズム経済政策」 先にあるのは自壊ではないか
2018.7.31 01:00
産経
トランプ米大統領の米国第一主義の通商政策が世界を揺らす中、内向きのポピュリズム(大衆迎合主義)経済政策がいかに危ういかを示してくれている国がある。
お隣の韓国だ。
2017年5月の就任からまだ1年あまりだが、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は7月16日、国民に対し「(大統領選の)公約を守れず申し訳ない」と陳謝する事態に追い込まれた。
革新系の文政権は、支持基盤の労働者層への支援として、2020年に最低賃金を、日本を上回る1万ウォン(約1000円)に引き上げると約束していたが、その達成が事実上不可能になったためだ。
韓国政府の最低賃金委員会は7月、19年の最低賃金を前年比10.9%増の8350ウォン(約835円)にすると決めた。
18年から2年連続の2桁増で、先進国のなかでは突出して高い伸び率だ。
だが、この決定には人件費負担が大幅にかさむ経済界だけでなく、政権の味方のはずの労働界も、1万ウォンの実現には引き上げ幅が不十分だとして強く反発、文氏は板挟みとなってしまった。
文政権が公約にこだわれば、20年に最低賃金を一気に約20%引き上げる必要があるが、文氏は公約達成を諦めた。内需振興と所得配分の改善を旗印とした“大盤振る舞い”のポピュリズム政策の悪影響を覆い隠せなくなったからだ。
韓国経済の閉塞(へいそく)感は強まっている。最低賃金の引き上げで零細自営業者らの経営は打撃を受け、雇用不振は深刻だ。
文氏が公約達成の断念を陳謝した2日後、韓国政府は経済関係閣僚会議で「下期以降の経済状況および政策方向」を発表し、
18年の実質国内総生産(GDP)の前年比増加率を、昨年末時点の3.0%増の見通しから2.9%と、0.1ポイント引き下げた。
民間消費や設備投資など主要経済指標の見通しは軒並み引き下げられ、文氏が特に重視しているとされる雇用指標は、就業者の月平均増加数の見通しが18万人と、14万人も下方修正された。
韓国政府は、GDP成長率の下方修正の要因に米中貿易摩擦の激化を挙げている。
だが、それは責任逃れだろう。内政の失点が経済の足を引っ張っていることは明らかだ。
月間就業者数の増加幅は昨年までは毎月30万人を超えていたが、今年2月からは5カ月連続で10万人前後にとどまっていた。
「一気に16.4%引き上げた18年の最低賃金が雇用不振の主要因というのが専門家の指摘」(韓国大手紙の中央日報電子版)だ。
実際、19年も最低賃金の2桁増が決まったことを受けて、金東●(=なべぶたに八の下に兄)(キム・ドンヨン)経済副首相兼企画財政部長官は「下期の経済運営に重荷となりかねない」と懸念を示したと、聯合ニュースは伝えている。
さらに、労働界偏重の政策のツケは、成長率の減速にとどまりそうにない。
中央日報電子版は、韓国経済新聞の記事として、日本の流通大手イオンが傘下のコンビニエンスストアチェーン「ミニストップ」の韓国法人「韓国ミニストップ」を売却する方針だと報じた。
記事は現地の競争激化に加え、最低賃金の上昇に伴い、加盟店のコンビニ経営者の負担を減らす支援金の増加が、売却の背景にあると指摘している。
ミニストップ側は、売却方針をあくまで証券市場の憶測と否定しているようだが、コンビニ業界の苦境は事実だ。
朝鮮日報電子版によると、全国7万店のコンビニ経営者が加入するコンビニ加盟店協会は、同時休業も辞さない姿勢で最低賃金政策の見直しを政府に迫り、約350万人の零細事業者を代表する小商工人連合会は「法律違反になったとしても最低賃金法は守らない」と不服従を宣言。
このまま労務負担の急増と労使の対立状況が続けば、外資が逃げ出す資本流出も現実味を帯びてくる。
米自動車大手ゼネラルモーターズ(GM)が韓国法人の撤退を検討し、5月に現地工場の一部を閉鎖した背景に労務負担増と険悪な労使関係があったことを思い出してほしい。
文氏が最低賃金の公約達成を断念し、経済指標予測の下方修正に踏み切ったことは現実路線への軌道修正ともみえるが、悪いことにポピュリズム経済政策は一端、手を染めてしまうと簡単には止められないらしい。
というのも、最低賃金引き上げの副作用による雇用不安などをカバーするため、文政権が持ち出したのが、税金を投入し低所得層や高齢者の所得を補うバラマキ政策の強化なのだ。
低所得者世帯に税金還付方式で給付を行う「勤労奨励税制(EITC」の対象と支給額を現在の2倍に拡大するほか、基礎年金の引き上げ計画を前倒しで実施することなどが柱だ。
しかし、この所得支援策は、勤労奨励の拡充だけで3兆8000億ウォン(約3800億円)の財源が必要で、個別消費税の一時引き下げなど他の関連措置を含めると財政支出は10兆ウォン(約1兆円)に達するとの見方も出ており、財政悪化につながりかねない。
支持層の受けが良い政策だけを泥縄式に続けるポピュリズムの先にあるのは韓国経済の自壊ではないか。文氏は支持層に偏重した経済政策の限界を自覚するべきだろう。もちろん、トランプ大統領もだ。
(経済本部 池田昇)
2018.7.31 01:00
産経
トランプ米大統領の米国第一主義の通商政策が世界を揺らす中、内向きのポピュリズム(大衆迎合主義)経済政策がいかに危ういかを示してくれている国がある。
お隣の韓国だ。
2017年5月の就任からまだ1年あまりだが、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は7月16日、国民に対し「(大統領選の)公約を守れず申し訳ない」と陳謝する事態に追い込まれた。
革新系の文政権は、支持基盤の労働者層への支援として、2020年に最低賃金を、日本を上回る1万ウォン(約1000円)に引き上げると約束していたが、その達成が事実上不可能になったためだ。
韓国政府の最低賃金委員会は7月、19年の最低賃金を前年比10.9%増の8350ウォン(約835円)にすると決めた。
18年から2年連続の2桁増で、先進国のなかでは突出して高い伸び率だ。
だが、この決定には人件費負担が大幅にかさむ経済界だけでなく、政権の味方のはずの労働界も、1万ウォンの実現には引き上げ幅が不十分だとして強く反発、文氏は板挟みとなってしまった。
文政権が公約にこだわれば、20年に最低賃金を一気に約20%引き上げる必要があるが、文氏は公約達成を諦めた。内需振興と所得配分の改善を旗印とした“大盤振る舞い”のポピュリズム政策の悪影響を覆い隠せなくなったからだ。
韓国経済の閉塞(へいそく)感は強まっている。最低賃金の引き上げで零細自営業者らの経営は打撃を受け、雇用不振は深刻だ。
文氏が公約達成の断念を陳謝した2日後、韓国政府は経済関係閣僚会議で「下期以降の経済状況および政策方向」を発表し、
18年の実質国内総生産(GDP)の前年比増加率を、昨年末時点の3.0%増の見通しから2.9%と、0.1ポイント引き下げた。
民間消費や設備投資など主要経済指標の見通しは軒並み引き下げられ、文氏が特に重視しているとされる雇用指標は、就業者の月平均増加数の見通しが18万人と、14万人も下方修正された。
韓国政府は、GDP成長率の下方修正の要因に米中貿易摩擦の激化を挙げている。
だが、それは責任逃れだろう。内政の失点が経済の足を引っ張っていることは明らかだ。
月間就業者数の増加幅は昨年までは毎月30万人を超えていたが、今年2月からは5カ月連続で10万人前後にとどまっていた。
「一気に16.4%引き上げた18年の最低賃金が雇用不振の主要因というのが専門家の指摘」(韓国大手紙の中央日報電子版)だ。
実際、19年も最低賃金の2桁増が決まったことを受けて、金東●(=なべぶたに八の下に兄)(キム・ドンヨン)経済副首相兼企画財政部長官は「下期の経済運営に重荷となりかねない」と懸念を示したと、聯合ニュースは伝えている。
さらに、労働界偏重の政策のツケは、成長率の減速にとどまりそうにない。
中央日報電子版は、韓国経済新聞の記事として、日本の流通大手イオンが傘下のコンビニエンスストアチェーン「ミニストップ」の韓国法人「韓国ミニストップ」を売却する方針だと報じた。
記事は現地の競争激化に加え、最低賃金の上昇に伴い、加盟店のコンビニ経営者の負担を減らす支援金の増加が、売却の背景にあると指摘している。
ミニストップ側は、売却方針をあくまで証券市場の憶測と否定しているようだが、コンビニ業界の苦境は事実だ。
朝鮮日報電子版によると、全国7万店のコンビニ経営者が加入するコンビニ加盟店協会は、同時休業も辞さない姿勢で最低賃金政策の見直しを政府に迫り、約350万人の零細事業者を代表する小商工人連合会は「法律違反になったとしても最低賃金法は守らない」と不服従を宣言。
このまま労務負担の急増と労使の対立状況が続けば、外資が逃げ出す資本流出も現実味を帯びてくる。
米自動車大手ゼネラルモーターズ(GM)が韓国法人の撤退を検討し、5月に現地工場の一部を閉鎖した背景に労務負担増と険悪な労使関係があったことを思い出してほしい。
文氏が最低賃金の公約達成を断念し、経済指標予測の下方修正に踏み切ったことは現実路線への軌道修正ともみえるが、悪いことにポピュリズム経済政策は一端、手を染めてしまうと簡単には止められないらしい。
というのも、最低賃金引き上げの副作用による雇用不安などをカバーするため、文政権が持ち出したのが、税金を投入し低所得層や高齢者の所得を補うバラマキ政策の強化なのだ。
低所得者世帯に税金還付方式で給付を行う「勤労奨励税制(EITC」の対象と支給額を現在の2倍に拡大するほか、基礎年金の引き上げ計画を前倒しで実施することなどが柱だ。
しかし、この所得支援策は、勤労奨励の拡充だけで3兆8000億ウォン(約3800億円)の財源が必要で、個別消費税の一時引き下げなど他の関連措置を含めると財政支出は10兆ウォン(約1兆円)に達するとの見方も出ており、財政悪化につながりかねない。
支持層の受けが良い政策だけを泥縄式に続けるポピュリズムの先にあるのは韓国経済の自壊ではないか。文氏は支持層に偏重した経済政策の限界を自覚するべきだろう。もちろん、トランプ大統領もだ。
(経済本部 池田昇)