「戦後最悪の日韓関係」2020年はさらに波乱に満ちている理由とは
文春オンライン / 2020年1月1日 6時0分

2019年1月10日、毎年恒例の年頭記者会見に臨んだ文在寅大統領 ©︎getty
「戦後最悪の日韓関係」
この言葉が昨年、2019年ほど頻繁に使われたことはなかっただろう。この年には実際、さまざまな出来事が存在した。
はじまりは2019年1月10日、毎年恒例の韓国大統領の年頭記者会見だった。
この記者会見にて、元徴用工問題への今後の対応について尋ねられた文在寅は、「裁判所が決定したものだからどうしようもない」として、具体的な対応を取る意思がないことを明らかにした。「意図的な問題放置」に日本政府の苛立ちは高まった
このような韓国政府の対応は、同じ月には大統領官邸の関係者が、元徴用工問題に関わる韓国大法院(日本の最高裁に相当)の判決が出された直後の2018年秋には真剣に検討されていた「財団案」――判決により定められた日本企業の慰謝料支払いを日韓両国が何らかの財団を作って肩代わりする案――を「検討に値しない」として切り捨てる形となって表れた。
韓国政府はその後、日本政府が「日韓請求権協定」に定められた手続きに則って行った外交的協議にも応じることはなく、この問題を放置したまま留め置いた。
このような韓国政府の「意図的な問題放置」に日本政府、世論の苛立ちは高まった。
結果、日本の首相官邸は各省庁に韓国政府に圧力をかけ得る措置を打診した挙句、経済産業省がかねてから抱えてきた、一部半導体関連物品の輸出規制措置(いわゆる「ホワイト国除外」)をその手段として利用することになる。
経済産業省はこの措置は元徴用工問題とは無関係である、という公式的立場を取ったものの、その建前とは別途に、菅官房長官をはじめとした日本政府関係者がわざわざ、そして繰り返し明らかにしたように、その背後に「元徴用工問題をめぐる信頼感の毀損」があることは誰の目にも明らかだった。
必然的に国際社会をも巻き込むように
重要なのは、この結果、日韓両国の対立が従来の歴史認識問題を中心とするものから、経済的分野にまで拡大した点だった。
そしてその対立は8月22日、韓国政府が日韓両国間のGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄を通告することで安全保障分野にまで拡大することになった。
結局、GSOMIAそのものは、アメリカ政府からの強い圧力を受けたこともあり、協定失効直前の11月22日、韓国政府が「破棄通告の効力を停止」を発表して当面の間は破棄を免れたものの、依然としてこの問題をめぐっても両国間の対立は継続されることとなっている。
さて、このような2019年の日韓関係を顧みた際に重要なのは、両国の対立が歴史認識問題から経済問題や安全保障をめぐる問題にまで拡大した結果、必然的に国際社会をも巻き込むようになった点である。
例えば、日本が行った輸出管理措置の発表に対して、韓国政府がWTO(世界貿易機関)への提訴を行ったように、貿易については一定の国際的なルールがあり、よくも悪くもこの措置の是非は、最終的には国際的なルールに沿ってしか判断され得ない。
安全保障をめぐる問題は、日韓両国共通の同盟国であるアメリカのみならず、再び強硬姿勢を見せつつある北朝鮮や、アメリカとの対立を深める中国の動向にも影響を与えている。
アメリカ政府からの圧力が働いたのではいか
そしてだからこそ、2020年の日韓関係もまた、両国間の関係のみならず、国際社会をもにらみながら展開されることになる。問題はそれが果たして、この問題を良い方向へと導くか否かである。
例えば、毎日新聞元ソウル支局長の澤田克己氏は『エコノミスト・オンライン』誌上にて、韓国政府が「GSOMIA破棄通告の効力を停止」した背景には、韓国政府のみならず、日本政府に対してもアメリカ政府からの圧力が働いたことがあったのではないか、という見方を示している。
即ち、すでに8月の段階でアメリカ政府は、日韓両国にGSOMIAに手を付けない代わりに、日本が「規制強化の対象となった半導体素材3品目のうち1品目の輸出許可を出し」「韓国の輸出管理体制に関する日韓協議を始める」ことを求める提案を内々に行っており、両国は結局、このアメリカが提示した線で妥協を余儀なくされたのではないか、というのである。
この観測がどの程度の的を射ているかはともかく、そもそも、「元徴用工問題での満足できる提案なしには首脳会談には応じない」と主張し、自らがホスト役として迎えたG20においてすら文在寅との会談を拒否してきた日本政府からすれば、仮に日中韓首脳会談に付随するものだとしても、日韓首脳会談に応じたことは従来の立場からの「譲歩」に見える。
日韓両国がこの国際環境を上手く利用すれば……
どの程度の圧力があったかは別にせよ、背後に、北朝鮮や中国との対立が深まる状況下で、自らの二つの同盟国がいつまでも続ける争いへのいら立ちがアメリカ側にあることは明らかであり、日韓両国はその顔色をうかがうことなくして、互いへの強硬なカードを切り続けることが難しくなっている。
そしてそのことは日韓両国の対立が既にそれ自身「独立変数」として存在するのではなく、アメリカや他国との国際関係の「従属変数」になりつつあることを意味している。
だが同時にそのことは日韓両国がこの国際環境を上手く利用すれば、深刻化する対立を緩和して、この問題を自らの望む方向での解決に導き得る可能性があることを意味している。だが問題は、果たして両国にそれが可能な国内環境がどの程度あるかである。
この点において、多くの足枷を抱えているのは、日本政府よりも韓国政府の方だろう。
何故なら、日本の安倍政権にとって2020年は、自らが進んで衆議院解散のカードを切りさえしなければ、大きな国政選挙が予定されていない年に当たっており、世論から比較的自由に自らの望む政策を行える状況にある。
加えて安倍政権にとっては、念願の東京五輪を無事終えるまでは、国際問題において大きなギャンブルを行うことは避けるべき状況も存在する。
与党自民党内において大きな対抗勢力を有さない状況で、早期の政権交代は考えにくく、そのような安倍政権にとって日韓関係で殊更に大きなリスクを負う必要があるとは思えない。
4月の国会議員選挙で敗れれば、政権は一挙にレイムダック化する
しかしながら、文在寅政権の置かれている立場は違う。2020年の韓国の政治スケジュールにおいて最も重要なのは4月に行われる国会議員選挙であり、この選挙で勝利するか否かによって、政権のその後の命運は大きく左右されることになる。
仮に文在寅が、自ら与党「共に民主党」内のヘゲモニーを握ったままで候補者選考を行い、更にこの選挙に勝利すれば、国会は自らに近い勢力で占められることになる。
現在の韓国与党は、国会過半数に満たない勢力しか有していないから、そうすれば選挙により今よりも遥かに強力な政権基盤が形作られる。
他方、この選挙で与党が敗れ、野党「自由韓国党」に過半数を奪われる事態になれば、政権は国会での足場を失い、一挙にレイムダック化する。
また、選挙戦に至るまでの過程で文在寅が党の統制を失い、自らに敵対する勢力が与党の候補者選びで影響力を振るう状況になれば、仮に与党が選挙にて勝利した場合でも、大統領による与党の統制は不可能になる。
李明博政権や朴槿恵政権において見られたように、韓国の大統領のレイムダック化に至る過程で最も大きな影響を持つのは、与野党の勢力バランス以上に、大統領と与党の関係である。
何故なら、与党の主導権が自らに反する勢力に握られてしまえば、大統領は国会内での支持者をほぼ完全に失い、法案も予算案も自らの思うままに通せない状況になるからである。
現状においては文在寅政権の支持率は48.3%(リアルメーター調べ)と極めて高く、与党「共に民主党」の支持率も野党「自由韓国党」を10%近く上回っている。
しかし、国会議員選挙までまで3カ月以上の期間が存在し、この選挙まで高支持率を維持できるかが、日韓関係にも大きな影響を与えることになる。
韓国世論の8割以上がトランプ政権の要求を「認めるべきではない」
だからこそ、この選挙に至るまでの過程で、文在寅はアメリカをはじめとする国際社会の反応以上に、国内世論の動向に敏感にならざるを得ない。
そして文在寅政権の2020年の外交を考える上で最も大きな懸念材料は、この国内世論が――日本のみならず――アメリカへの反発をも強めている点である。
背景にあるのは、トランプ政権が従来の5倍という巨額の在韓米軍負担経費を求めていることである。
韓国の有力テレビ局MBCがコリアリサーチに依頼して行った2019年11月の世論調査によれば、在韓米軍負担経費引き上げの要求を「認めるべきではない」と答えた人は83.2%。対して米韓同盟の重要性に鑑みてこれを認めるべきだと答えた人はわずか11.4%にしか過ぎない。
この背景にあるのは、在韓米軍に対する韓国人の考え方の変化である。同じ調査では、実に55.2%が「在韓米軍が削減しても構わない」と答えており、「北朝鮮の脅威に備える為に削減は防がなければならない」と答えた人は40.1%しか存在していない。
GSOMIA破棄問題の際には、アメリカの圧力に押されてこれを事実上撤回した文在寅政権が、果たして今後も同様の圧力の下、日本との融和へと進むのか。
それとも、強硬な世論に押されて、日本のみならず、その背後に控えるアメリカとの関係をも打ち壊していくのだろうか。そして、アメリカの圧力からも解き放たれた時、文在寅政権の外交政策は世論に押されて更に迷走を深めることになるだろう。
在韓米軍負担経費をめぐる交渉の期限は迫っており、韓国政府は早々にも大きな決断を迎えることになる。2020年の日韓関係はこの米韓関係の「従属変数」として、更に波乱に満ちたものになりそうだ。
(木村 幹)