韓国文政権の医療保険政策「文在寅ケア」は成功しただろうか?
2020年01月16日(木)15時25分
<文在寅大統領の、医療費の自己負担を減らすという公約通り、低所得者の医療費負担などはだいぶ軽減された。
しかし先進国の水準にはまだ達していない>
2018年から、文在寅政権の「健康保険の保障性強化対策」、いわゆる文在寅ケアが実施された。
この対策は、文在寅大統領(以下、文大統領)の選挙公約の一つで、国民の医療費負担を減らし、医療に対するセーフティネットを強化することを目的にしている。
文大統領は2017年8月にソウル市内の大手病院を訪問した際に、
「健康保険(韓国の公的医療保険制度)に加入するだけで、大きな心配なく治療が受けられ、
健康状態が回復できるように、健康保険の保障性(医療費総額のうち、公的医療保険によりカバーされる割合)を画期的に高める」と主張しながら、「健康保険の保障性強化対策(以下、文在寅ケア)」を発表した 。
「文在寅ケア」の主な内容は?
文在寅ケアの主な内容としては、
1)健康保険が適用されていない3大保険外診療(看病費*、選択診療費、差額ベッド代)を含めた保険外診療の段階的な保険適用、
2)脆弱階層(高齢者、女性、児童、障がい者)の自己負担軽減、低所得層の自己負担上限額の引き下げ、
3)災難的医療費支出(家計の医療費支出が年間所得の40%以上である状況)に対する支援事業の制度化及び対象者の拡大などが挙げられる。
この中でも特にポイントは、国民医療費増加の主因とも言われている保険外診療(健康保険が適用されず、診療を受けたときは、患者が全額を自己負担する診療科目)を画期的に減らすことである。
文在寅ケアにより、エステや美容整形などを除くMRI検査やロボット手術など約3,800項目の保険外診療が2022年までに段階的に保険が適用されることになる。
3大保険外診療の中で患者の負担が最も大きいのは、選択診療制である。
選択診療制とは、病院級以上の医療機関を利用する患者が、特定の資格を満たしている医師を選択し、その医師から医療サービス(診察、入院、検査、画像診断及び放射線治療、麻酔、精神療法、処置及び手術、鍼灸やカッピングセラピー)を受けた場合、診療費の15~50%を追加で負担する仕組みである。
患者やその家族にとって負担が大きく、制度の改善が継続的に要求されていたので、韓国政府は選択診療制を段階的に縮小(制限)してきたが、文在寅ケアの実施により2018年から完全に廃止された。
また、差額ベッド代の基準を変え、健康保険の適用が既存の4人部屋から、2018年下半期からは2~3人部屋まで拡大された。
さらに、重度認知症高齢者の自己負担率が既存の20~60%から10%になり、6歳未満10%であった子どもの自己負担率は2017年10月から15歳以下5%に調整された。
*看病費:韓国では家族が患者を看病する独特の医療文化が残っている。家族が仕事等で患者の看病ができない場合には看病人を雇って患者の身の回りの世話をさせる。看病にかかる費用は医療保険が適用されず、患者やその家族には大きな負担になって いる。
国政府は、今般の健康保険の保障性強化対策の実施により、2015年現在63.4%である健康保険の保障率を2022年には70%水準まで引き上げることを目標としている。健康保険の保障率(以下、保障率)とは、健康保険の被保険者が支出する医療費総額のうち、公的医療保険が負担する比率である。
韓国政府が目指している保障率70%に対して市民団体の「参与連帯」は、OECD加盟国の公的医療保険の保障率が平均81%であることと比べると、
韓国政府の目標値は適正な数値とは評価し難く、健康保険に対する国庫支援を拡大するなどの積極的な財政拡大政策を実施し、より高い保障率を提示すべきだと提言している。
但し、公的医療保険による保障率は、各国の医療制度が異なるために、直接的に比較することは難しい。
従って、国際比較のためには、国民医療費に占める公的医療費の割合を見た方がより望ましい。
OECDのHealth Data 2019によると、OECD36ヵ国の国民医療費に占める公的医療費の割合は、2017年時点では平均71%で、韓国の57%を大きく上回っている。
韓国の公的医療保険による保障率が低いことがうかがえる。
この結果を踏まえると、今後、文在寅ケアの実施などにより保障性をより強化する必要がある。
問題は財源だ。
今後高齢化率が上昇すると、国民医療費は急速に増加することになり、韓国政府の財政的な負担は現在より大きくなるだろう。
韓国の高齢化率は2018年に高齢社会の基準である14%を超えてから早いスピードで上昇し、2065年には42.5%で、同時点の日本の高齢化率38.4%を上回ると推計されている。
実際、最近韓国の医療費は速いスピードで増加している。
韓国保健社会研究院が2018年に発表した報告書によると、2005年から2015年の間の韓国の年平均医療費増加率は6.8%で、OECD平均2.1%を大きく上回り、OECD加盟国の中で最も高いことが明らかになった。
「文在寅ケア」に対する評価は?
では、実施されてから2年が経過した現在、「文在寅ケア」はどう評価されているのだろうか?
「文在寅ケア」に対する評価は「肯定的な部分」と「否定的な部分」に分かれていると言えるだろう。
「文在寅ケア」の最も評価できる部分は、保険外診療であったCTやMRI等が段階的に保険適用になることにより、国民の自己負担が減ったことである。
国民健康公団が2018年16日に発表した資料によると、保障率は2017年の62.7%から2018年には63.8%に上がっている。また、重症患者に対する保障率も81.2%で2017年に比べて1.5ポイント上昇した。
■最近4年間における韓国の公的医療保険制度の保障率の推移
保障率上昇の理由としては、選択診療が廃止され、保険外診療の一部が保険適用されたことが考えられる。
但し、全医療機関に占める民間医療機関の割合が90%を超えている現実を考慮すると、保障率が伸び続けることは難しいだろう。
一方、選択診療の廃止により、診療費の15~50%を追加で負担する選択診療費が発生せず、患者の負担が減少した。
しかしながら、選択診療費が発生しないことにより大学病院などの大型医療機関の利用がしやすくなり、有名大学病院や名医と呼ばれる医師に患者が集中する現象が起きた。
その結果、一部の名医の場合は予約してから何カ月も待たないと受診ができなくなった。
「文在寅ケア」の最大の課題は財政負担急増により財政が悪化する恐れがあることである。
保障率を上げるためには国からの財源投入は避けられないが、財源をどこから確保するのかという議論が十分ではないことは問題だろう。
最近確定した2020年の予算額は512.3兆ウォンで、2019年に比べて9.1%も増加した。
国民所得が増加しているので、国の予算も増加するのは当たり前だと主張する人もいるが、前の政権に比べると増加率がかなり大きくなっていることが分かる。
■韓国の一般会計の予算や対前年比増加率の推移
今後予想される早いスピードの高齢化や慢性疾患の増加、そして「文在寅ケア」による保障性強化政策などは、健康保険の財政状況を圧迫する要因になる可能性が高い。
保障性を高め、医療サービスの質を向上させるためには、財源の多様化による財源の確保が何よりも重要であるだろう。
また、「文在寅ケア」の実施以降、既存の保険外診療の一部検査などに保険が適用されることによりMRIなどの医療サービスに対する需要が増加している。
その結果、CT、MRIなど高度な医療機器を配置している大学病院などの大病院に患者が集中することにより、
医療スタッフの負担が過重になるのみならず、待機時間が長くなることにより、本当に高度で専門的な診療が必要な患者が適時に必要な診療が受けられない問題が発生している。
「文在寅ケア」の実施がモラルハザードによる医療サービスの需要増加に繋がらないようにするためには、外来診療によって患者の医療を担当する1次医療機関の役割を強化するなど医療機関の役割分担を迅速に推進する必要がある。
2020年01月16日(木)15時25分
<文在寅大統領の、医療費の自己負担を減らすという公約通り、低所得者の医療費負担などはだいぶ軽減された。
しかし先進国の水準にはまだ達していない>
2018年から、文在寅政権の「健康保険の保障性強化対策」、いわゆる文在寅ケアが実施された。
この対策は、文在寅大統領(以下、文大統領)の選挙公約の一つで、国民の医療費負担を減らし、医療に対するセーフティネットを強化することを目的にしている。
文大統領は2017年8月にソウル市内の大手病院を訪問した際に、
「健康保険(韓国の公的医療保険制度)に加入するだけで、大きな心配なく治療が受けられ、
健康状態が回復できるように、健康保険の保障性(医療費総額のうち、公的医療保険によりカバーされる割合)を画期的に高める」と主張しながら、「健康保険の保障性強化対策(以下、文在寅ケア)」を発表した 。
「文在寅ケア」の主な内容は?
文在寅ケアの主な内容としては、
1)健康保険が適用されていない3大保険外診療(看病費*、選択診療費、差額ベッド代)を含めた保険外診療の段階的な保険適用、
2)脆弱階層(高齢者、女性、児童、障がい者)の自己負担軽減、低所得層の自己負担上限額の引き下げ、
3)災難的医療費支出(家計の医療費支出が年間所得の40%以上である状況)に対する支援事業の制度化及び対象者の拡大などが挙げられる。
この中でも特にポイントは、国民医療費増加の主因とも言われている保険外診療(健康保険が適用されず、診療を受けたときは、患者が全額を自己負担する診療科目)を画期的に減らすことである。
文在寅ケアにより、エステや美容整形などを除くMRI検査やロボット手術など約3,800項目の保険外診療が2022年までに段階的に保険が適用されることになる。
3大保険外診療の中で患者の負担が最も大きいのは、選択診療制である。
選択診療制とは、病院級以上の医療機関を利用する患者が、特定の資格を満たしている医師を選択し、その医師から医療サービス(診察、入院、検査、画像診断及び放射線治療、麻酔、精神療法、処置及び手術、鍼灸やカッピングセラピー)を受けた場合、診療費の15~50%を追加で負担する仕組みである。
患者やその家族にとって負担が大きく、制度の改善が継続的に要求されていたので、韓国政府は選択診療制を段階的に縮小(制限)してきたが、文在寅ケアの実施により2018年から完全に廃止された。
また、差額ベッド代の基準を変え、健康保険の適用が既存の4人部屋から、2018年下半期からは2~3人部屋まで拡大された。
さらに、重度認知症高齢者の自己負担率が既存の20~60%から10%になり、6歳未満10%であった子どもの自己負担率は2017年10月から15歳以下5%に調整された。
*看病費:韓国では家族が患者を看病する独特の医療文化が残っている。家族が仕事等で患者の看病ができない場合には看病人を雇って患者の身の回りの世話をさせる。看病にかかる費用は医療保険が適用されず、患者やその家族には大きな負担になって いる。
国政府は、今般の健康保険の保障性強化対策の実施により、2015年現在63.4%である健康保険の保障率を2022年には70%水準まで引き上げることを目標としている。健康保険の保障率(以下、保障率)とは、健康保険の被保険者が支出する医療費総額のうち、公的医療保険が負担する比率である。
韓国政府が目指している保障率70%に対して市民団体の「参与連帯」は、OECD加盟国の公的医療保険の保障率が平均81%であることと比べると、
韓国政府の目標値は適正な数値とは評価し難く、健康保険に対する国庫支援を拡大するなどの積極的な財政拡大政策を実施し、より高い保障率を提示すべきだと提言している。
但し、公的医療保険による保障率は、各国の医療制度が異なるために、直接的に比較することは難しい。
従って、国際比較のためには、国民医療費に占める公的医療費の割合を見た方がより望ましい。
OECDのHealth Data 2019によると、OECD36ヵ国の国民医療費に占める公的医療費の割合は、2017年時点では平均71%で、韓国の57%を大きく上回っている。
韓国の公的医療保険による保障率が低いことがうかがえる。
この結果を踏まえると、今後、文在寅ケアの実施などにより保障性をより強化する必要がある。
問題は財源だ。
今後高齢化率が上昇すると、国民医療費は急速に増加することになり、韓国政府の財政的な負担は現在より大きくなるだろう。
韓国の高齢化率は2018年に高齢社会の基準である14%を超えてから早いスピードで上昇し、2065年には42.5%で、同時点の日本の高齢化率38.4%を上回ると推計されている。
実際、最近韓国の医療費は速いスピードで増加している。
韓国保健社会研究院が2018年に発表した報告書によると、2005年から2015年の間の韓国の年平均医療費増加率は6.8%で、OECD平均2.1%を大きく上回り、OECD加盟国の中で最も高いことが明らかになった。
「文在寅ケア」に対する評価は?
では、実施されてから2年が経過した現在、「文在寅ケア」はどう評価されているのだろうか?
「文在寅ケア」に対する評価は「肯定的な部分」と「否定的な部分」に分かれていると言えるだろう。
「文在寅ケア」の最も評価できる部分は、保険外診療であったCTやMRI等が段階的に保険適用になることにより、国民の自己負担が減ったことである。
国民健康公団が2018年16日に発表した資料によると、保障率は2017年の62.7%から2018年には63.8%に上がっている。また、重症患者に対する保障率も81.2%で2017年に比べて1.5ポイント上昇した。
■最近4年間における韓国の公的医療保険制度の保障率の推移
保障率上昇の理由としては、選択診療が廃止され、保険外診療の一部が保険適用されたことが考えられる。
但し、全医療機関に占める民間医療機関の割合が90%を超えている現実を考慮すると、保障率が伸び続けることは難しいだろう。
一方、選択診療の廃止により、診療費の15~50%を追加で負担する選択診療費が発生せず、患者の負担が減少した。
しかしながら、選択診療費が発生しないことにより大学病院などの大型医療機関の利用がしやすくなり、有名大学病院や名医と呼ばれる医師に患者が集中する現象が起きた。
その結果、一部の名医の場合は予約してから何カ月も待たないと受診ができなくなった。
「文在寅ケア」の最大の課題は財政負担急増により財政が悪化する恐れがあることである。
保障率を上げるためには国からの財源投入は避けられないが、財源をどこから確保するのかという議論が十分ではないことは問題だろう。
最近確定した2020年の予算額は512.3兆ウォンで、2019年に比べて9.1%も増加した。
国民所得が増加しているので、国の予算も増加するのは当たり前だと主張する人もいるが、前の政権に比べると増加率がかなり大きくなっていることが分かる。
■韓国の一般会計の予算や対前年比増加率の推移
今後予想される早いスピードの高齢化や慢性疾患の増加、そして「文在寅ケア」による保障性強化政策などは、健康保険の財政状況を圧迫する要因になる可能性が高い。
保障性を高め、医療サービスの質を向上させるためには、財源の多様化による財源の確保が何よりも重要であるだろう。
また、「文在寅ケア」の実施以降、既存の保険外診療の一部検査などに保険が適用されることによりMRIなどの医療サービスに対する需要が増加している。
その結果、CT、MRIなど高度な医療機器を配置している大学病院などの大病院に患者が集中することにより、
医療スタッフの負担が過重になるのみならず、待機時間が長くなることにより、本当に高度で専門的な診療が必要な患者が適時に必要な診療が受けられない問題が発生している。
「文在寅ケア」の実施がモラルハザードによる医療サービスの需要増加に繋がらないようにするためには、外来診療によって患者の医療を担当する1次医療機関の役割を強化するなど医療機関の役割分担を迅速に推進する必要がある。