「高齢者の医療費負担が1割から2割に」と慌てる人が意外に知らない制度の実態
早川幸子
2022/09/02 06:00
10月から75歳以上の医療費の自己負担額が上がる。これまで窓口での自己負担額が1割だったものが、2割になるのだ。
ネットでは不安の声も流れるが、実態を理解せずにあおる内容のものも多い。
実はこれはすべての後期高齢者を対象とした値上げではない。
連載『医療費の裏ワザと落とし穴』の第246回では、今回の制度変更の実態を詳しく解説しよう。(フリーライター 早川幸子)
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5歳以上の高齢者、医療費の窓口負担が
2割になるのはどんな人?
10月1日から、75歳以上の人が窓口で支払う医療費の自己負担額が見直される。
これまで窓口負担は1割だったが、所得が一定以上ある人は2割に引き上げられるのだ。
政府への信頼が薄い日本では、“お上”に納める税金や社会保険料などの引き上げに対する抵抗感が大きい。
今回の後期高齢者の窓口負担の引き上げについても、一部の医療者団体などからは、制度の見直しを求める声も上がっている。
特に今は、長引くコロナ禍と、ウクライナ情勢の悪化によって物価が大幅に上昇し、一般家庭の家計は厳しい状況に置かれている。
こうした状況下で医療費まで引き上げられることに、不安を覚える人がいるのも無理はないことだ。
ただし、今回の見直しは、75歳以上のすべての人の自己負担割合を引き上げるものではない。
引き上げ対象となったのは、一定以上の所得のある人で、後期高齢者全体の23%だ。
ところが、SNSのつぶやきなどを見ていると、制度の内容を正しく理解しないまま、高齢者の不安をあおるようなものも散見される。
そこで、今回は、10月1日からの後期高齢者の窓口負担の見直し内容を改めて確認してみたい。
●2割負担になるのは単身で課税所得月額28万円以上、かつ年収200万円以上の世帯のみ
●2025年までは月額負担の上限が3000円までの経過措置がある
団塊の世代の先頭集団が2022年から後期高齢者に
国民皆保険の日本では、この国で暮らすすべての人に、なんらかの公的な医療保険(健康保険)に加入することを義務付けている。
74歳までは、職業に応じて、会社員は勤務先の健康保険組合、自営業者や無職の人は国民健康保険などに加入することとなっている。
そして75歳になると、すべての人が後期高齢者医療制度に移行する。
医療費の窓口での自己負担割合は、未就学児が2割、小学生から70歳未満は3割、70~74歳は2割、そして75歳以上が1割だ。
ただし、70歳以上でも、年収383万円以上(課税所得145万円以上)の現役並み所得者は3割を負担することになっている。
今回、制度改正されるのは、75歳以上の窓口負担割合だ。これまで1割だった人の中で、所得が上位に位置する人の自己負担割合が2割に引き上げられるのだ。
なぜ、このタイミングで引き上げが決まったのだろうか。それは、2022年から、後期高齢者になる人が急増するからだ。
戦後の1947~1949年は、日本がベビーブームに沸いた時期だ。この3年間に生まれた子どもの数は約810万人。他の世代に比べて、突出した出生数となった。
のちに、「団塊の世代」と呼ばれる彼らは、令和の世でも人口のボリュームゾーンとなっている。
総務省統計局の人口推計によると、2021年10月1日現在の団塊の世代(72~74歳)の人口は約600万人で、総人口の4.7%という高い割合を占めているのだ。
今年は、この団塊の世代の先頭集団(1947年生まれ)が75歳になり、後期高齢者医療制度に移行し始めている。
後期高齢者医療制度の医療費の財源は、75歳以上の高齢者自身の保険料は10%で、国や地方の税金が50%、残りの40%は74歳以下の人が加入する健康保険から支援金として負担することになっている。
2022年度の予算ベースで見ると、医療費の総額は18.4兆円だ。
内訳は後期高齢者の保険料が1.5兆円、窓口負担が1.5兆円、税金が8兆円、現役世代からの支援金が6.9兆円である。
そして、この支援金を支払うために、現役世代の健康保険料は年々増加している。
この状況で人口のボリュームゾーンである団塊の世代が75歳になり、後期高齢者医療制度に加入すると、現役世代の負担がさらに増すことが予想されているのだ。
そのため、全国健康保険協会(協会けんぽ)や健康保険組合連合会(けんぽれん)など、現役世代の健康保険の利害を代表する団体は、現役世代の負担を抑えるために、高齢者の自己負担割合の引き上げを求めていた。
負担能力のある高齢者の窓口負担は引き上げ
低所得層への配慮を行うことが前提の制度改定に
実際、今は、一概に高齢者が「弱者」とは言い難い状況になっている。
2019年度の金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査]」によると、1世帯当たりの金融資産保有額の平均は、20歳代が165万円、30歳代が529万円なのに対して、60歳代は1635万円、70歳以上は1314万円で、高齢者層のほうが貯蓄に余裕がある。
公的な年金保険や健康保険が整備され、高齢者に対する福祉が充実する一方で、非正規雇用の増加など雇用環境の変化によって、若い世代でも貧困が見られるようになっている。
そのため、国はこれまでのように「給付は高齢世代中心、負担は現役世代中心」という負担と給付の関係を見直して、「全世代型の社会保障」に転換するための法整備を行っている。
今回の後期高齢者医療制度の窓口負担の見直しも、そのひとつで、75歳以上でも一定以上の所得がある人には、相応の負担を求めることになったのだ。
ただし、2020年12月15日に閣議決定された「全世代型社会保障改革の方針」では、後期高齢者医療制度の窓口負担の引き上げについて、次のような留意事項が記載されている。
少子高齢化が進み、令和4年度(2022年度)以降、団塊の世代が後期高齢者となり始めることで、後期高齢者支援金の急増が見込まれる中で、若い世代は貯蓄も少なく住居費・教育費等の他の支出の負担も大きいという事情に鑑みると、負担能力のある方に可能な範囲でご負担いただくことにより、後期高齢者支援金の負担を軽減し、若い世代の保険料負担の上昇を少しでも減らしていくことが、今、最も重要な課題である。
その場合にあっても、何よりも優先すべきは、有病率の高い高齢者に必要な医療が確保されることであり、他の世代と比べて、高い医療費、低い収入といった後期高齢者の生活実態を踏まえつつ、窓口負担割合の見直しにより必要な受診が抑制されるといった事態が生じないようにすることが不可欠である。(太字は筆者)
このように、国の方針では、負担能力のある後期高齢者の窓口負担は引き上げつつも、負担増大で医療にかかれない人が出ないように、低所得層への配慮を行うことが明記されている。
今回の見直しも、75歳以上のすべての人の窓口負担を2割に引き上げるのではなく、一定以上の所得がある人に限定されている。
では、どのような人が引き上げ対象となったのだろうか。具体的に見ていこう。
2割負担になる後期高齢者は
課税所得28万円以上、年収200万円以上
今回の見直しで、窓口負担が2割になるかどうかの線引きは、課税所得と収入で判断されており、世帯単位で適用される。以下の2つの条件を満たす世帯が対象だ。
1.世帯の中に課税所得28万円以上の人がいる
世帯の中に課税所得の基準は28万円以上の人が、1人でもいることが条件。これを超える人がいなければ世帯全員が1割負担のままだ。
2.世帯年収が単身世帯は200万円以上、複数世帯は320万円以上ある
年金年収とその他の合計所得金額が、単身世帯は200万円以上、後期高齢者が複数いる世帯は320万円以上だと、世帯全員が2割負担になる。
課税所得は28万円以上でも、年収基準を超えていなければ、世帯全員が1割のままだ。
たとえば、夫婦2人世帯で、夫の課税所得が28万円でも、妻の年金額が少ないなどで、夫婦の年金の合計が320万円未満なら、窓口負担は夫婦共に1割負担のままだ。
一方、年金収入の他にも、不動産収入などがあって、その合計が320万円以上になると、夫婦とも窓口負担は2割になる。たとえ妻に収入がなくても、夫の収入が高ければ、夫だけではなく、妻も2割負担になる。
さらに、これらの条件を満たして2割負担になっても2022年10月から2025年9月までの3年間は、外来(通院)での窓口負担の増加額は、最大でも月額3000円までに抑えられることになっている。
所得基準を超えて、窓口負担が2割になった世帯の人は不安に思うかもしれないが、経過措置が設けられている。
たとえば、1カ月当たりの医療費が5万円の場合、1割負担だと窓口で支払う自己負担額は5000円。2割負担になると、自己負担額は1万円となり、これまでより5000円負担が増えることになる。
だが、2025年10月までは、負担が増えた5000円のうち、患者が負担するのは3000円のみだ。
病院や診療所の窓口では、いったん2割を負担するが、後日、高額療養費として2000円が払い戻されるので、医療費が5万円だった場合の実質的な負担は8000円となる。
医療費が単純に2倍になるわけではない。
年間2万6000円の医療費の増加分は早めに家計を見直して吸収しよう
今回の見直しで2割負担になる後期高齢者は約370万人で、後期高齢者全体の23%と予測されている。
この他に、現役並み所得者で3割負担している人が7%いるが、残りの70%の人は1割負担だ。
これまで1割負担だった人が、すべて2割負担になるわけではない。
2割負担になるかどうかは、新たに発行される健康保険証を見れば分かるようになっている。
新しい健康保険証は、都道府県の後期高齢者医療広域連合、または市区町村から8月末から9月にかけて交付されるので、それを見て自分の負担割合を確認しよう。
2割負担になった場合はどうすればいいか。物価上昇で生活費も上昇している今、医療費の自己負担割合の引き上げを不安に感じる高齢者もいるだろう。
だが、経過措置もあり、いきなり医療費が2倍になるわけではない。
医療費が高額になった場合の高額療養費も、これまで通りに利用できるので、医療費が際限なくかかるという心配もない。
厚生労働省の試算では、2割負担になる人の通院の自己負担額の増加分は、平均で年間2万6000円になる見込みだ。
医療費が増えるのはうれしいことではないが、年間2万~3万円の増加なら、家計の見直しで吸収することも可能な金額だ。
家計の見直しをするときは、食費や雑貨費の見直しも大切だが、車両費や生命保険料など単価が高い費目を見直すと、一気に家計改善できる可能性が高くなる。
また、年会費を払っているのに、ほとんど使っていないクレジットカードや有料サイトを解約したり、携帯電話のプランを見直したりするだけでも、年間数千円から数万円の節約効果が期待できる。
まずは、制度の変更内容を正しく理解した上で、2割負担になる人は医療費の増加分を吸収できるように、早めに家計全体を見直しておこう。