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【評伝】安倍晋三元首相 「闘う政治家」として安保法成立、改憲発信

2022-09-25 14:56:30 | 日記
【評伝】安倍晋三元首相 「闘う政治家」として安保法成立、改憲発信 最長

政権も功罪評価分かれる

2022年7月8日 20時08分


新総裁に決まった安倍晋三官房長官(右から2人目)と握手する(左から)麻生太郎外相、小泉純一郎首相、谷垣禎一財務相(いずれも当時の肩書)=2006年09月20日撮影


 長期政権を築き、自民党保守派の代表格でもある安倍晋三元首相が凶弾に倒れた。

世論の反対が強い安全保障関連法、特定秘密保護法などを次々と成立させ、退陣後も改憲や防衛力強化といった持論を発信し続けた。

個人的には現場で取材した第1次政権以前の印象が強く残っている。

「わたしは闘う政治家でありたい」

「闘う政治家とは国家、国民のためとあれば批判を恐れず行動する政治家のことだ」。

2006年に出版した著書に、安倍氏はこう記した。

この年、戦後最年少、初の戦後生まれという52歳で第1次政権を発足させるが、既に片りんは見せていた。

 父の安倍晋太郎元外相の秘書だった1980年代、北朝鮮による日本人拉致疑惑を知り、調べていくうちに事実と確信。対北朝鮮の強硬派として活動した。

小泉内閣の官房副長官だった02年、小泉純一郎首相の訪朝に同行し、拉致被害者5人の一時帰国が実現する。

副長官は首相や官房長官の部下で立場が弱く、まだ40代だったが「国家の意思として被害者を北朝鮮に返すべきではない」と主張し、押し通した。

 一気に頭角を現し、自民党幹事長、官房長官を経て猛スピードで頂点へと上り詰めた。

ジャンクフードやスナック菓子が好きで、ポップコーンを食べながら気さくに雑談に応じてくれる一面もあった。

 第1次政権は参院選敗北に病気が重なり、失意のまま1年で幕を閉じたが、第2次政権で1強の基盤を固めると「闘う」姿勢を前面に押し出す。

「私のことを右翼の軍国主義者と呼びたいのであれば、どうぞ呼んでほしい」など挑発的な言動も目立つようになった。

 数々の政策遂行や行動について、本人は国家、国民のためと信じて疑わなかったのかもしれない。

しかし、安保法は憲法の平和主義を揺るがし、市民らが連日のように国会前で抗議する中での強行採決となった。

政権批判の声を上げる聴衆に向かって「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と声を荒らげたこともある。

支持層を固め、反対意見を遠ざける政治手法は社会に分断やあつれきを生んだ。

 安倍氏は、首相の座を目前に病に倒れた父の無念をよく口にしていた。

国会議員になったときから、首相の地位を意識して活動した結果、戦後最長政権などの足跡を残したが、その功罪の評価は分かれる。(原田悟)





RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』

2022-09-25 14:52:34 | 日記
田畑竜介Grooooow Up

月~木曜 6:30

社会ラジオ

2022-07-12

「なぜ統一教会と報じない?」メディア批判と安倍元首相の功罪

安倍元総理が銃撃を受け死亡する衝撃的なニュースの中で、参議院選挙が終わった。

容疑者は、旧・統一教会への恨みを動機として挙げている、という。

RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、神戸金史(かんべ・かねぶみ)解説委員は、事件と在任中の功罪について語った。

 
リベラル・保守派 それぞれの衝撃

先ほど局内で、RKBラジオ『Toi toi toi』のパーソナリティ・山口たかしさんと会って、「“旧統一教会”って、やっぱり放送で言えないんですか?」と聞かれたんです。「メディアが報道してないんじゃないか」と、ネット上でいろいろ出ている、と。
 
私も「報じるのが本来のジャーナリズムの役割でしょう。その役割を果たそうとする放送局や新聞社は、日本に1社もないのでしょうか?」と書いているのを見て、「え?」と思いました。

この方は、リベラルな考えを持ってらっしゃる有名な方。

逆に、保守派の論客には「安倍さんを必要以上に追及していた左翼の空気が、こういう事件をもたらしたんだ」なんてことを言う方もいらっしゃいます。どちらも私はおかしいと思います。
 
今回の事件は、思想的な背景というよりも宗教トラブルが背景にあるらしいということはだんだん分かってきた。ではなぜ、旧・統一教会と言えないのか。

「容疑者が言っていること」は「警察から伝聞で聞いている」ことで、本当なのかどうか確証が持てません。

もしかしたら、容疑者自身に別の動機があるのに隠している可能性もあるわけです。
 
一般的に事件ではいろいろな供述があります。

「はっきりわからないままでは報道できない」というのが、出さなかった理由です。

だから、「1社もないのか」と言われたら「そうです、みんなまともだから、出さないんですよ」というのが答えになります。
 
だけど昨日(11日)、旧・統一教会=世界平和統一家庭連合が会見をしました。

なぜ会見したか?ずっと取材攻勢にあって、説明せざるを得なくなったわけです。

その中で、母親が会員であるということを認めた。

だからもう、事実としてはっきりしましたから、書けます。

今日の朝刊にはいっぱい出ています。「書けないんじゃないか」という憶測が勝手に歩いてしまっている。それも、この凄惨な事件がもたらした心理的なショックの反映なのかもしれません。もうちょっと冷静になった方がいいんじゃないかと思います。

安倍元首相の功罪を振り返る

安倍さんが好きか嫌いか、賛成しているか反対しているかではなく、まずは追悼の気持ちを持たないことにはスタートできないと思います。

私も本当にそういう気持ちです。でも、それはそれとして、政治家であった安倍さんの功罪を考えることは非常に重要だと思います。
 
1日2日経ってからでもいいので、しっかり報じたり、一人ひとりが考えたりすることが大事かなと思います。

その瞬間に「おかしい!」「それはこうじゃないか」と結論を簡単に導き出す方が危ないと思います。
 
私が考える安倍さんの「功」の面は、やはりデフレ脱却を目指して経済の方向性を変えたことです。

いわゆる「アベノミクス」の成果は、中途で終わっていると私は思っていますが、今までのように続けていくだけでは危なかったかもしれません。
 
それから安保法制も、保守派の中には支持する人は多いですよね。反発もありますが、今までと違うことを打ち出していったということは意味があるでしょう。

それから外交です。「インド太平洋」の概念を打ち出していったのは、明らかに安倍さんです。

「圧力を強める中国にどう対峙していくのか」ということでの概念として大事だと思います。
 
一方で、プーチン大統領と27回も会談しながら、北方領土の返還の議論は完全に破綻しました。

戦後70年、保守派がずっと悲願としていた北方四島の返還が、2島に限定された上に、議論が消滅しているという…ここだけ見ると最悪の結果をもたらしていると思います。
 
私自身は、アベノミクスの評価というのは、今後の判断かなと思っています。

あの時代に必要だったものでも、時代が変わると、逆の効果をもたらす場合もあります。

今の物価高の問題にも関係していると思うんです。
 
前回、安倍さんが自民党の総裁選に出た時、私は「安倍さんに当選してほしい」と思ったんです。

それは、「アベノミクスはこのまま続けてはいけないのではないか」と、漠然と思っていたからです。

自分が言い出した経済政策を「時間が経って一定の役割を終えた」と言って軟着陸させるのは、本人がした方がいいと思ったんです。

他の人がやろうとすると「アベノミクスの否定か」と喧嘩になるかもしれない。安倍さんが当選したら、一番スムーズじゃないかと。

「日本史の年表に載る」

負の面もいっぱいあります。私は、霞が関の官僚たちのやりがいを安倍さんが奪ってしまったという気がしています。

もちろん、「良い悪い」はその時期に求められるものがあり、自分たちの利益だけを考える「省益」で動いてしまっている官僚を許せない、と政治主導の動きが始まったわけではありますが、政治家が何年かに一度変わっていくことに比べて、省庁にいる人たちは国の骨格として長くいるわけですよね。

ロングスパンで国益を考えていく風土がある。

政治家は、変える力を持ちつつも、目の前には選挙もありますから、目立つことに左右されてしまうこともあります。
 
そういう意味では、戦後の経済成長を進めていく中で、官僚の力はすごく大きかったと思います。

政治家の発言について、国会で「データはこうなっております」みたいな答弁をすることもありました。

だが、そういうことが急激になくなってしまいました。

政治主導が人事政治主導になり、文句を言ったらキャリアがなくなってしまうという中で、安倍さんたちを守ろうとすることでしか自分たちが生き延びる方法がなくなってしまっていた。

「モリカケ」の時の高級官僚の国会答弁に明らかに現れていると思います。
 
安倍さんが言っていることが事実と違うことは、官僚の皆さん分かっていたはずです。

118回のうそをついたと言われていますが、分かっていたのに守らざるを得ない。

まさかの書類改ざんも起こしている。これは、霞が関の劣化にほかならない。

長い第2次安倍政権の中で生まれてきたことじゃないか、と私は思っています。
 
6月20日に、キャリア官僚の合格者人数を人事院が発表したんですが、1873人のうち東大卒が217人でした。

2015年度の459人から半減しています。もちろん他の大学の人が増えることはいいんですが「せっかく東大を出てキャリア官僚になっても、あのような答弁をさせられるのではかなわない」と考えた人がかなりいると推察するべきだろうと思います。
 
国の根幹の一つをなしてきた霞が関がかなり劣化し、若い人たちが向かわなくなっているのは、国の将来にとって非常に危険なことです。

それが今進んでしまっている、これは第2次安倍政権の中で起きた強い傾向ではないかと思います。
 
安倍さんの存在自体が、戦後の歴史に大きな変化をもたらしました。

亡くなり方だけではなく、その存在自身、よく私が使う言葉ですが「歴史の年表に載る」ような人だったと思います。

お悔やみ申し上げるとともに、ここで大きく日本が変わっていく転換点になっていくであろうことを考えながら、追悼しつつ功罪を改めて考えていきたいと思います。







[山口二郎コラム] 安倍政治の終わりと戦後の行方

2022-09-25 14:46:15 | 日記
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[山口二郎コラム] 安倍政治の終わりと戦後の行方

登録:2022-08-08 06:35 修正:2022-08-08 08:06
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岸田文雄首相が東京自民党本部で今回の選挙を振り返り、今後の政策方向を示す記者会見を行っている=東京/ロイター・聯合ニュース

 7月に行われた参議院選挙は、いくつかのシステムの終わりを意味する重要なものだった。
 第1は、1989年(この年は冷戦が終わった年でもあり、日本では昭和が終わった年であった)の参院選で始まった政治改革と政党再編の試みが失敗に終わったことである。90年前後に続発した自民党政権の大規模な腐敗事件は政治改革の世論を沸騰させ、冷戦以後の国家路線、バブル経済崩壊と人口減少社会への移行など巨大な政策課題にこたえるための政党政治を求める挑戦が繰り返された。それは2009年の政権交代という成果をもたらしたが、民主党政権が崩壊した後、自民党に挑戦する政党を作る作業は混迷を続けた。今回の参院選では、野党陣営の中で政権獲得を目指さない政党がいくつも現れ、日本の政会はガリバーと小人たちのような状況に陥った。
 第2は、戦後続いてきた平和主義の終わりである。平和国家の象徴である憲法9条について、保守勢力は改正を主張してきた。これに対して、かつての社会党(今の社会民主党)が中心になって憲法擁護を主張し、常に国会で3分の1程度の勢力を維持してきた。今回の選挙に当たって自民党だけでなく一部の野党も憲法改正を主張し、広い意味での改憲勢力は発議に必要な3分の2を大きく上回る議席を得た。護憲の旗頭だった社民党は比例代表で1議席を得ただけで、その衰弱は決定的である。ウクライナでの戦争という危機の中で、防衛力の強化と日米軍事同盟を支持する声は圧倒的多数となった。
 第3は、安倍政治の終わりである。安倍晋三元首相が選挙運動中に暗殺されたことは、日本中に衝撃を与えた。安倍氏は首相在任中に、集団的自衛権の行使を可能にする安保法制を成立させ、退任後も中国を念頭に置いた積極的な防衛政策を主張し、自民党に大きな影響を与えてきた。第2の点で指摘したように戦後の平和主義は崩れているが、他方で平和主義を終わらせようとした安倍氏の死去は憲法改正の動きの推進力が失われることを意味する。
 さらに、安倍氏暗殺の背景にある統一教会と保守政治家の強い結びつきは日本政治の暗部を明るみに出している。容疑者は、母親が統一教会に家財すべてを献納して破産に追い込まれ、人生を破壊されたことを恨み、この教団と親密な関係にある安倍氏を殺害したと供述している。統一教会が日本に進出した時には安倍氏の祖父、岸信介元首相が支援したこと、この教会が日本人信者から莫大な資金を巻き上げ、多くの被害者を出したこと、自民党の多くの政治家が統一教会信者の支援を得ていたことなどが次々と明らかにされている。
 多くの日本人女性が洗脳によって入信させられ、集団結婚式で見知らぬ男性と結婚させられ行方知れずになっていることは、拉致事件と同様の重大な人権侵害である。そうした問題の報道は30年前からあったが、多くの政治家はそれを無視して、統一教会を利用し、また利用された。政治家による統一教会の犯罪的活動への加担について、この機会に全貌を明らかにしなければならない。
 参院選の結果、自民党一強体制はいっそう強化され、岸田文雄政権は自民党内の権力バランスに注意しなければならないにしても、自らが望む政策を実現する好機を得ている。しかし、安倍氏が望んだような憲法改正には困難が付きまとう。改憲派の政治家は統一教会と近い者が多い。人権侵害を繰り返してきた統一教会のために、信用を与えるような宣伝活動を行ったような政治家に憲法改正を言う資格があるのかという議論が当然出てくるだろう。
 岸田首相は安倍氏死去の直後に、国葬を行うと決定した。しかし、安倍氏の首相としての功罪についてもいろいろ議論が続いている。また、統一教会との関係が明らかになるにつれて、政治家としての資質を疑う声も出ている。いくつかの世論調査では国葬への反対論が過半数となっている。岸田首相にとって、自民党の過去の膿を出すことが、未来に向けた政策展開の前提条件となる。
//ハンギョレ新聞社

山口二郎|法政大学法学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr)




安倍政権の功罪 院長コラム

2022-09-25 14:20:10 | 日記
安倍政権の功罪院長コラム


樋口矯正歯科クリニック


2022/08/01 政治・経済

先月、参議院選挙に関する記事を書いたので今月は政治に関する記事を書くのはやめようと思っていましたが、参議院選挙期間中に安倍元首相が旧統一教会に関する怨恨で射殺されるという大事件が起こってしまいましたので、今月も政治問題を記事にする事になってしました。

政治家が選挙の遊説中に凶弾に斃れたことは本当に痛ましいことですが、死を悼むだけではなく、憲政史上最長の約7年8カ月のも期間、首相を務めた政治家が亡くなったのですから、その政治家としての功罪を総括する事も大切だと思います。

 安倍元首相の功の部分は、テレビのニュース等で盛んに報道されていますが、何と言っても印象に残るのは、2020東京オリンピックの誘致とそれに関連してリオオリンピック閉会式でのマリオに扮したオリンピックの引き継ぎセレモニーでしょう。安倍信奉者は日本の安倍首相を世界に知らしめた一大イベントと捉えているようです。

 それに続くのが「地球儀を俯瞰する外交」の理念の元、延べ176カ国を訪問し、トランプ大統領就任前には世界で一番早く会談を行い、G7サミットでも存在感を示したことから、訃報に際して海外の報道機関は外交において並外れたレガシーを残したと伝えていました。

 安倍元首相の大きな功績は、日本という国の世界の置ける政治的な存在価値を高めた事でしょうが、それが国益に繋がっているのかどうかは、また別の問題だと私は思います。中国とは、一段と対立が激しくなっていますし、三顧の礼を尽くしたと言って良いくらい何度も会談を重ねたロシアのプーチンからは、北方領土問題で何の妥協も得られず、ウクライナにロシアが進行しても、ファーストネームで呼び合う友人と豪語していたにも関わらず、電話一本出来ないのですから、外交の成果とは何なのか?得たものは何なのか?疑問でなりません。

 まあ、それでも海外に対しての活躍は評価される点も多いと思いますが、国内の、あるいは国民生活に直接関係する政策については、疑問ばかりです。

 その第一は何と言ってもアベノミクスです。黒田日銀総裁を手足に使い黒田バズーカと言われた金融緩和と財政出動で経済の好循環を目指しましたが、その結果はどうでしょうか?トリクルダウンという言葉もありました。企業業績が上がれば、労働者の所得も上がってくると言う事でしたが、企業業績は今年も過去最高益を更新し、税収も過去最高となっていますが、国民の所得は下がり続けるばかり。格差は開き、低所得者が社会にあふれているのが現状です。

 アベノミクスが始まる前、民主党政権の2012年の数字を見ると、日本の1人当たりGDP(国内総生産)はアメリカと同程度であり、韓国の約2倍だったですが、この所の急速な円安もあって、現在は台湾にも韓国にも抜かれてしまっているのです。国民の稼ぎであるGDPがその体(てい)たらくですから、当然平均所得も低下の一途をたどっています。日本円で見ると2012年には408万円だったのものが、少しずつ増加して2020年には433万円となっていますが、これをドルベースで見ると驚きの結果になります。2012年当時は1ドル、約80円でしたから、年収は51,000ドルだったのですが、現在はと言えば約140円ですから、31,000ドルになってしまいます。ドルベースの年収は40%も下がってしまっているのです。安倍元首相は「悪夢の民主党政権時代」と言いますが、その民主党政権時代が世界から見れば一番国民が豊かだったとは笑えない話です。

 それもこれも実は、アベノミクスで日銀が金を無尽蔵に供給したことで、世界の於ける円の価値が大幅に下がってしまったことが原因です。アベノミクスは、日本の経済的価値、労働力も資産も日本の持つ者全ての価値を下げて、世界中に大安売りで売り払い、いかにも利益が出たように見せかける詐欺まがいの経済政策だったのです。

 コロナの影響で世界経済が停滞している間は、日本の経済の停滞も目立ちませんでしたが、コロナが収束するに従い日本経済だけが停滞していることが明らかになり、一層の円安が進み、その結果エネルギー価格急上昇がおこり、大安売りで稼ぐはずだった貿易も赤字となり、アベノミクスが失敗だったことにようやく国民も気づき始めている気がします。

 アベノミクスの金利の低下は投資を促し、経済を活性化させるためと言われていますが、金利の低下の恩恵を受けるのは実の所企業だけです。庶民も住宅ローンの金利の低下で恩恵があると思われるかも知れませんが、住宅ローンを組んでいる世帯はたかが知れています。実の所、日本では個人は借金よりも貯蓄が多いのです。2021年には日本人の個人の総資産は1992兆円で前年同時期に比べて6.3%増加して過去最高値となりました。日本の人口は1億2000万人ほどですから、1人あたり1000万円ほどの資産を持っている計算になります。貯蓄額の平均1378万円、負債額が平均851万円。貯蓄額から負債額を引いた純貯蓄額は、単純計算、527万円ほどです。つまり金利が低いと言うことは、貰える利息が少ないと言うことですから、個人レベルでは金利が低いことは損をするのです。

 これと反対に多くの企業は借金をして投資をしていますから、金利が低いほど利息の支払いが減り収益が大きくなります。実は国も毎年赤字予算を組んで、その穴埋めに大量の国債を発行して国民から借金をしていますから、金利が安い方が助かります。つまり、国も企業も本来国民が手にするはずだった利息を搾取している状態が低金利であり、アベノミクスのおかげで国民が貧困になったと言うのが本当のところではないでしょうか。

 以上の様な安倍元首相の功罪から、私は安倍元首相の政治姿勢は「見栄とレガシーの政治」だと思います。外国から偉大な国と見られたい、自身の功績を残したいと言う心の奥底の願望(それが政治家の性なのかも知れませんが)をストレートに追求したのが安倍政治だったと思います。そしてその犠牲となったのが、実際の現場、国民生活です。国民生活よりも、世界での日本の評価、自身の評価を優先したのが安倍政治でしょう。

 私は、大学や学会での評価や出世よりも診療現場で患者さん一人一人の幸せを追求することが歯科医としての使命と思っています。ですから、大学勤務も自分の学びたいこと、習得したい技術を身に着けた時点で退職しましたし、開業してからも歯科医師会の活動や学会での活動も極力行わないようにしてきました。それは、私のエネルギーや時間を出来る限り診療の場で患者さんの為に費やしたいからです。大学の教授になるとか、歯科医師会の役員、会長になり、はては勲章をもらうとか、そんな社会的評価は私のとってどうでも良い事なのです。矯正装置を外したときの患者さんの笑顔、矯正治療を受けて良かったと思ってもらえた事、治療現場での患者さんの心が私にとって一番大切なことです。

 根本的に大切な物が安倍元首相と正反対ですから、やはり私は安倍首相の功よりも罪の方が多いと感じてしまうのです。


ニッポンを再び「大国」にした、安倍元首相の功罪とは?

2022-09-25 14:12:36 | 日記
ニッポンを再び「大国」にした、安倍元首相の功罪とは?

8/9(火) 17:56配信

<自分が屈辱的に見えることを犠牲にしてもトランプとうまく付き合い、クアッドやアベノミクスなど功績がある一方で、「ナショナリズムの歴史」とは一線を画すことができなかった。元首相が歴史に残したことは何か?>

【グレン・カール(元CIA諜報員)】

安倍はアメリカやその他のインド太平洋諸国と連携して地域覇権を狙う中国に対抗した KEVIN LAMARQUEーREUTERS

安倍晋三元首相は、第2次大戦後の日本で最も重要な政治指導者として名を残すはずだ。安倍は他国との連携強化を推進したナショナリストであり、日本経済の最も深刻な構造的問題に大胆に切り込んだ。

1960年代初め以降、経済大国だが政治的には弱腰だった日本を再び世界的な外交・軍事・経済大国に押し上げたのも安倍の功績だ。「ジャパン・イズ・バック(日本が帰ってきた)!」と、安倍は何度も繰り返した。ほとんどの面で安倍が正しかったことは、反対派も認めざるを得ないだろう。 安倍は「保守」の政治家と思われていたが、その外交・軍事・経済政策は世界における日本の役割と野心に関する古い固定観念や非公式のタブーに挑戦するものだった。 安倍は日本を、安全保障面で依存するアメリカに唯々諾々と従う同盟国から、アメリカの重要なパートナーでありながら、必要に応じてより積極的で独立した政策を追求する国に変えようとしたのだ。 安倍の狙いは、中国の台頭と地域覇権を狙う野心に対抗することだった。そのため2007年には、アメリカ、オーストラリア、インドとのクアッド(日米豪印戦略対話)の創設を主導した。クアッドの表向きの目的は「自由で開かれたインド太平洋」を守ることだったが、実態は攻勢を強める中国への対抗措置だ。 中国の王毅(ワン・イー)外相は当初、「太平洋やインド洋に浮かぶ泡のようなものだ。すぐに消える」と酷評した。だがその後、中国の(そしてロシアの)侮蔑は警戒に変わった。そのこと自体、クアッドの地政学的重要性と成功の証左だ。王は現在、クアッドを「インド太平洋のNATO」と位置付け、「地政学的対立をあおるものだ」と批判している。 安倍は以前から、攻撃的姿勢を強める中国の国際秩序への挑戦に警鐘を鳴らしていた。安倍の最近の発言の1つは、もし中国が台湾に侵攻した場合、日本は台湾を軍事的に防衛すべきと示唆したものだった。 日本の安全保障と外交の要は、もちろん対米関係だった。安倍はドナルド・トランプ前大統領時代のアメリカと特権的かつ緊密な関係を維持するため、大きな、時には屈辱的にも映る努力を払った。 常にこびへつらいや称賛を求める一方、短気で復讐心の強いトランプの性格を安倍は見抜いていたようだ。だから安倍はトランプの粗野な振る舞いや、時には日本の国益に反する政策にも目をつぶった。 さもなければ、トランプ政権は孤立主義を強め、貿易問題で敵対的になり、日本を犠牲にして中国との関係改善を図り、北朝鮮の脅威に対する日本の懸念を無視する事態もあり得た。 全体的に見て、日米同盟がトランプ時代にも生き延びたのは、ある程度まで安倍の努力のたまものだった。

台頭する中国への対抗措置
国際貿易は長年、日本経済にとって必要不可欠な要素だったが、安倍は中国の経済的台頭と、インド太平洋の小さな国々に対する圧力の強化に対抗する地政学的戦略の一環として、国際貿易協定の締結を積極的に推進した。 特に日米のインド太平洋戦略の柱の1つだったTPP(環太平洋経済連携協定)は、史上最も野心的な貿易協定となるはずだった。 だが、孤立主義者のトランプはTPPから離脱。そこで安倍はすぐにアメリカを除くアジア太平洋地域11カ国の貿易協定CPTPPを締結した。世界のGDPの13%を占める同協定は、加盟国にとって中国との交渉で1つの武器になる。 安倍はまた、金融・貿易分野における日本の力を使って中国の「一帯一路」計画に対抗した。特にアフリカ諸国に対しては、2016~19年に200億ドルを投資。 さらに19年には、22年までに追加で200億ドルの投資を約束した。まだ中国のアフリカ投資には遠く及ばないが、安倍はインド、フランス、アメリカと協力して「アフリカ大陸内部でより包括的な開発を促進」しようとした。投融資対象国を借金漬けにする一帯一路とは大違いだ。 積極的な外交と通商政策を戦略的に組み合わせた安倍のおかげで、国際社会における日本の影響力は戦後最も大きくなった。この地域における中国の台頭とアメリカの戦略的撤退を考えれば、いずれも必要な、歓迎すべき対抗措置だった。 軍事面では、安倍は憲法9条を改正し、憲法に自衛隊を明記することを目指していた。東アジアの安全保障環境の変化――具体的には中国と北朝鮮の潜在的脅威の増大――への対応力を強化することが狙いだった。 結局、最後まで憲法改正という目標を達成することはできなかったが、安倍は、アメリカなど日本と密接な関係にある国が攻撃を受けた場合に、一定の要件の下で集団的自衛権を限定的に行使できるようにするなど、憲法9条による制約を弱めた。 自衛隊に「多用途運用護衛艦」が導入されたのも安倍政権でのことだ。この「護衛艦」は実質的に、第2次大戦後はじめて日本が保有する「空母」である。F35戦闘機の導入計画も、安倍政権下で拡大された。 主として安倍が推し進めた政策により、憲法9条は変更されていないにもかかわらず、日本の防衛力は着実に強化されてきた。ある有力なランキングによれば、現在、日本の防衛力は世界5位と評価されている。 ■成功とは言えない側面も 経済分野でも、安倍は極めて戦略的に首尾一貫した政策を遂行した。安倍政権の遺産として後の時代に最も記憶されるのは、おそらく「アベノミクス」だろう。 低成長と停滞の日々が20年続いた日本経済を活性化させることを目的とするアベノミクスは、大胆な金融緩和を内容とする金融政策、大規模な財政出動を内容とする財政政策、そして、規制緩和など経済活動を刺激するための成長戦略という「3本の矢」で構成されていた。 アベノミクスには功と罪の両方があった。最初は狙いどおり物価上昇と経済成長が実現したが、その後、物価と成長率は再び落ち込んだ。 日本政府が経済を活性化させるためにつぎ込んだ資金の多くは株価の上昇をもたらしただけだったため、日本社会で経済的格差が拡大する結果を招いたことも否定できない。 規制緩和に関しては、電力市場の自由化には成功したし、外国人労働者の受け入れを拡大させたり、女性の労働参加を増やしたりするなど、労働市場の自由化にもある程度成功した。しかし、それ以外の領域で自由化が大きく進展したとは言い難い。 それでも、アベノミクスは、日本の経済政策当局が大胆な行動を取る道を開き、それまでの経済政策の常識を変えたという点で、歴史に名を残すだろう。

韓国政策も失敗だった
もちろん、安倍の政治が全て成功だったわけではない。人種差別的なナショナリズムの歴史とは一線を画しながら愛国心と活力と自立を取り戻すことも可能だったはずなのに、安倍はそのことを理解できなかった。あるいは、理解しようとしなかった。 戦争犯罪者たちを暗黙に、あるいは明示的にたたえることなく、靖国神社に祀(まつ)られた人々に敬意を表することはできたはずだ。 この両者の区別をはっきりさせて行動していれば、日本は未来に向けて進むことができ、国際的な非難を浴びずに済んだだろう。しかし、安倍は自身の支持層である極右ナショナリスト勢力と決別しようとはしなかった。 韓国政策も失敗だったと言わざるを得ない。安倍は野党政治家だった2010年、韓国併合に関して日本の責任を認めた菅直人首相(当時)を激しく批判したことがあった。 しかし、日本が韓国を併合したことは事実であり、安倍は韓国でくすぶり続けている怒りを(それに同意しなくても)認識すべきだった。 確かに戦後80年近くたつのに、韓国はいささか被害者として振る舞いすぎる傾向がある。しかし、日本はこの何十年もの間、自国が過去に韓国で行った行為について責任を認める努力を怠ってきた。そうした態度は、韓国やほかの国々(アメリカも含まれる)の怒りを買っている。 安倍は日本の国益を優先させるべく、自身のナショナリズムを乗り越えて行動することができなかったように見える。この点は戦略上のミスと言うほかない。中国が台頭するなか、日本は戦略的同盟国として韓国を必要としているからだ。 しかし、業績全体を見れば、こうしたことは比較的小さな問題にすぎない。安倍は日本のリーダーとして、歴史上類のない大きな成果を残した。 安倍晋三は、日本の未来を形づくるために積極的に行動し、その取り組みの多くで成功を収めた政治指導者だった。

グレン・カール(元CIA諜報員)