『イカゲーム』に見る韓国格差社会の現実
『ヴィンチェンツォ』も大ヒット
高橋一也 (ジャーナリスト)
2019年から20年にかけてNetflixで公開された『愛の不時着』に続き、今年またもや韓国ドラマの嵐が吹き荒れた。
コロナ禍のため自宅で過ごす時間が長くなったこともあり、もはや韓国ドラマが生活の一部となった日本人も少なくないだろう。
そこで本稿では、21年に公開された韓国ドラマ『ヴィンチェンツォ』と『イカゲーム』を取り上げて、ドラマから見える韓国事情を解説していきたい。
『ヴィンチェンツォ』が見せる〝移民大国〟韓国
幼い頃にイタリアに渡りマフィアのボスに育てられた韓国人ヴィンチェンツォ・カサノ(演:ソン・ジュンギ)は、マフィアの顧問弁護士となり韓国に渡る。
その目的は、ソウルの雑居ビル地下に隠された金塊を手に入れること。
ヴィンチェンツォはビルの住民を立ち退かせようとするが、ビルは違法な手段で開発を進める大手ゼネコンの手に渡ってしまう。
ヴィンチェンツォは心を通わせたビルの住民とともに悪事を働く大手ゼネコンに立ち向い、悪をもって悪を制していく――。
主人公の人物設定から荒唐無稽な印象を受ける方も多いと思われるが、韓国人にとって韓国系外国人は珍しい存在ではない。
そこには一つ目のキーワード「移民」の存在がある。
海外に住む韓国人(永住者を含む)は約700万人で、人口が多い順に米国約254万人、中国約246万人、日本約82万人となっている。
既に現地で帰化した人たちは除外されているため、それらを含むとその数はより多くなる。
韓国の人口が約5100万人であることを考えると、人口の2割近くが海外に居住する「移民大国」であることが分かる。
本稿ではそれらの人々をあえて「移民」と表現するが、それら移民が韓国から離れた理由は経済的なものだ。
近年「キロギアッパ」(雁のお父さん)と呼ばれる、子どもを母親同伴で海外留学させて、父親は韓国で暮らしながら仕送りを続ける移民が多いことが社会問題になっている。
これは韓国の受験戦争が激化するとともに、一流大学を出ても大手企業に就職できず、就職できたとしても熾烈な出世競争で多くが40代で退職しなければならないという事情がある。
イタリア系韓国人の弁護士という人物設定が成り立つのは、このような背景があるからだ。
権力闘争の狭間に置かれた検察
二つ目のキーワードは「検察」だ。
韓国パワーエリートの系譜を辿ると、1945年の独立から93年の軍事政権終焉までは軍人が圧倒的な力を持っており、次いで国家安全企画部(現在の国家情報院)関係者が位置していた。
その後、金泳三(キム・ヨンサム)政権に始まる文民政権で軍人や情報機関関係者は意趣返しを受けて権勢が削がれ、国家機関としては検察のみがパワーエリートとして生き残った。
検察が生き残れたのには理由がある。
韓国の歴代大統領が金泳三氏と金大中(キム・デジュン)氏を除いて安らかな余生を送れなかったように、文民政権以降は新大統領が前大統領を訴追する事態が続いた。
そこで猟犬の役割を果たしたのが検察だ。
韓国の検事は日本と同様に司法試験を突破した秀才たちだが、軍事政権時代は軍人の風下に置かれてルサンチマン(怨恨)を鬱積させていた。
文民政権になり軍事政権関係者糾弾の動きが始まると検事たちは、それまで忠誠の対象であった関係者を次々に取り調べ、全斗煥( チョン・ドゥファン )氏と盧泰愚(ノ・テウ)氏の元大統領を獄に繋いだ。
その後は政権が交代するたびに、新政権の守護者と世論の代弁者よろしく前政権関係者を訴追し続けた。
2019年になぜか日本のお茶の間でも話題になった当時の法相である曺国(チョ・グク)への数々の疑惑事件は、最後に残ったパワーエリートである検察と、検察を含む旧来的な韓国を破壊しようとする文在寅政権の対立であったと見れば理解が容易だ。
ドラマではヤメ検弁護士が殺人を指示するなど悪事を尽くすが、そのような検事像は韓国人の検察へのイメージを反映しているといえるだろう。
『イカゲーム』が浮き彫りにする「借金漬け」の韓国民たち
会社を解雇されてギャンブルにのめり込むソン・ギフン(演:イ・ジョンジェ)が、地下鉄のホームで出会った男に「数日ゲームをやれば金を稼げますよ」と唆されて、秘密の施設に送り込まれる。
施設に集められたのは金に目がくらんで犯罪を犯したり、借金取りに追われたりしている男女456人。
最後まで勝ち残った者が賞金約45億円を総取りできるゲームを提案される。
ただし、ゲームに負けることは死を意味する。
男女は拒否して社会に戻るが、二進も三進もいかない現実をあらためて認識して、秘密の施設に戻ってくる。
死か一攫千金かをかけたゲームは、子どもの頃に慣れ親しんだ遊びだった――。
イカゲームを観る上でのキーワードは、ずばり「借金」だ。
ドラマを一貫する経済格差と拝金主義というテーマも、この借金を淵源とする。
世界金融協会(IIP)によれば、2021年4月~6月期における韓国の家計債務残高の対国内総生産(GDP)比が104.2%となり、世界ワースト1となった。
これは韓国の経済規模よりも、韓国人による銀行からの借入れとクレジットカード使用額などの販売信用が大きいことを意味する。
韓国に次いで香港が92%、英国が89.4%、米国が79.2%と続き、さらに順位は下がって日本が63.9%であることを見れば、韓国が世界で唯一、家計債務がGDPを上回る「借金漬け」の国であることが理解できるだろう。
大きな要因は見栄っ張りな気質
IIPはその原因について、韓国政府の不動産政策失敗で住宅価格が高騰したことと指摘する。
例えば、ソウルと東京の分譲マンションを比較すると、ソウルは約8800万円(韓国不動産統計院)、東京は7712万円(不動産経済研究所)でソウルは東京の約1.14倍であるが、この数字からでは韓国人の皮膚感覚が分からないので別の数値を示してみよう。
20年末に韓国紙ハンギョレ新聞が行った調査によれば、17年に平均年収の16.5倍だったマンション価格は、20年には26.5倍になった。
これを東京都(平均年収約447万円)に置き換えると、新築分譲マンションの平均価格が約1億1845万円になったことを意味する。
とてもじゃないが、共稼ぎして35年ローンを組んだとしても買える価格ではない。
加えて、韓国人の見栄っ張りな特性も家計債務の増大に影響している。
再びマンションを例にすれば、東京の平均面積68.2平方メートルのところ、ソウルは104.9平方メートルと広大だ。
夫婦と子ども一人世帯の韓国人の友人になぜそんなに広い家に住むのかと聞いたところ、「家の広さはステータスに直結するので、狭い家に住むのは恥ずかしい」からだと答えた。
見栄っ張りという特性は、上述のクレジットカード使用額などの販売信用にも影響している。
韓国は1997年のアジア通貨危機を機に、個人消費の増大と脱税防止を目的として、政府が主体となりクレジットカードの利用を推進したため、今ではキャッシュレス比率89.1%と世界で最もキャッシュレス化が進んだ国となった。
さらに韓国政府はこの過程で、30万円を上限として年間クレジットカード利用額の20%を所得から控除(現在は15%)するとともに、1000円以上のクレジットカード利用で自動的に毎月行われる当選金1億8000万円の宝くじを配布(レシートに抽選番号を印字)する政策をとった。
この射幸的ともいえる政策が見栄っ張りな特性を刺激して、一挙に家計債務が増大したという訳だ。
はたして韓国は幸せな国になったのか?
内閣府が実施した調査(令和2年度外交に関する世論調査)では、韓国に「親しみを感じる」とする者は34.9%で、そのうち18〜29歳の女性が最も多くの割合を占めている。
また、日本テレビは今年6月のニュースで、「韓国での就職目指す 日本の若者が増加」を報じ、韓国のコンテンツの影響が大きいという声を紹介した。
これらの傾向は、ひとえに韓国ドラマが日本の若者に好影響を与えた結果だといえる。
確かに、率直に言って韓国ドラマの質は俳優や脚本、演出、映像の面で日本のドラマやバラエティー番組を凌駕していると思う。
これは韓国政府と芸能関係者が一体となって、「韓流」を輸出コンテンツとして育成してきた成果であり、素直に賞賛すべきだろう。
ただ、日本の若者が憧れるような夢の国なのだろうか?
イカゲームは日本のみならず、米国や西ヨーロッパでもヒットしたという。
ここから思い起こされるのは、19年アカデミー賞で最優秀作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』だ。
イカゲームとパラサイトが西欧キリスト教文化圏ではない韓国を舞台としながら欧米人に親近感を抱かせたのは、貧富の格差が拡大していることへの共感があるからだ。
つまり、これら作品は不平等や機会の減少という世界に共通する格差問題を韓国人特有の豊かな感情表現で描き出したからヒットといえる。
世界中の視聴者が楽しむドラマの裏には、経済格差で苦しむ韓国の市民がいることを忘れてはならない。
果たして、ドラマとして社会問題を切り売りしている韓国の未来に夢はあるのだろうか。