いわずと知れた「中国の横暴」ですが
中国当局、また産経取材を拒否 “口封じ”を狙った報道規制の一環:産経新聞 2017.12.14
つまり
中国共産党に疑問をもつ発言を、許さない
とするからこそ、産経新聞を排除しようとするのでしょうね。
もうちょっと余裕があってもよさそうですが、しょせん中国共産党は、そんな程度なんでしょう。
報道規制・言論弾圧・取材制限が満載で、これに違反すると「国家機密漏洩罪」ですから、おきばりやす!←まるでサウジアラビアか
内部では
そうとう異論があるのでしょうが、そんな場所に限って取制限があり、隠れても異論を排除しなければなりません。
2000名を越える大会でも、決して異論などなく「全会一致を見せつけなければならない形式」ですが、これこそ儒教がもっとも大切とするところでした。
繰り返すならば、中国共産党の致命的な欠陥は
- 対外的には一枚岩を見せないとまずい
- 多様な意見を認める事ができない幼稚さ
でしょうか。つまり
「異論を認めていると、政府が転覆される恐れがある」ので「恐怖の弾圧をし続けなければならない」。
弾圧を逃れる連中が一番あぶないので、一層弾圧を強化しなければならない
という負の連鎖論理ですね。
そうすると
産経新聞以外は、中国共産党の意向を受けて、中国共産党と異なる意見を報道しないと「約束させられている」ようであり、そうとう深刻な問題ですね。
何度も言いますが「中国共産党の欠点」は
- 自分と異なる意見の存在を許さない
- 異なる報道をするところには、権力を使って取材を制限
こんな弾圧国家に「楽しい未来」は、なさそうですね。
そういえば、中国の庶民は「明るく」日常を生きているよう演技していますが、それは決して「楽しい」日常ではないようです。
NHK総合テレビでも「明るい農村(1963-1985)」がありましたが、決して「楽しい農村」ではありませんでした。
偽装で「明るい」けれども、心から「楽しい」とは言えない?
こんなことを言うと、中国を擁護する人たちから、必ず反論があります。「そんなのは日本など、どこにでもある話ではないか」と。
これに対しては「そんなことが、極端に大きい場合と、小さい場合がある」とだけ言っておきましょうか。
ものごとを普遍化するのには限界があることを知っておきたいものです。同じ「太陽」でも気候風土が違えば大きく変わるもので(国によって男性名詞だったり女性名詞だったり)、「明るい」と「楽しい」ではまったく異なるのですね(笑)。
「中国だから異論排除が認められる」のかどうか。
これが中国共産党の
- 都合がいいと「国際法に従って対話を」・・・北朝鮮問題など
- 都合が悪いと「国際法や対話を無視」・・・南沙を埋立て軍事基地化
で如実に表れていますね。
尤も
産経新聞も日本政府に対する腰砕けの報道はいただけません
朝日新聞も中国政府に対する腰砕けの報道はいただけません
これが私の考えです(笑)。
さてさて、皆様はどう思われますか。