日本が世界に勝つ「独自性の市場」は、スピードでもスケールでもない
FORBES より 220205 アクセンチュア
前回記事(アワセとソロイ?日本人の精神性が、ビジネスの弱点ではない理由)は、高名な著述家たちが記してきた日本人論を手がかりに、温暖で豊かな気候風土、複雑さや曖昧さを許容する文化を育んだ歴史を振り返り、われわれ日本人の思考や行動様式を「アワセとソロイ」「オモカゲとウツロイ」「シゼンとキンベン」の3つのキーワードに分けて解説しました。
この3つのキーワードが表す日本企業の特性は、今日の資本市場では弱さや脆さの要因となることが多く、それは市場自体が ”ヨーロッパを出自とする彼らの行動様式” に合わせて作られたものであることが原因です。それでも筆者は、考える対象を「戦う場」の定義まで広げれば、日本企業の特性は強力な武器に転じられると考えています。
今回は社会のデジタル化によって実現しつつある「完全競争市場」の中で、日本企業にしかできない立ち回り方、ビジネスにおける ”勝ち筋” を提案したいと思います。
⚫︎自ら「戦場」を選ぶことからはじめよう
グローバルジャイアントと呼ばれる新興企業は、データとテクノロジーを駆使した新たなビジネスによって未曾有の成功を収めています。彼らがこの世の春を謳歌する今日の資本主義市場において、日本企業はどのような戦略や戦術をとるべきでしょうか。戦い方を考えるうえで、ひとつの大切な選択をしなければなりません。
それは「戦場」の選択です。
簡単に言えば、グローバルジャイアントと同じ土俵(今日の市場)で戦うか、日本の強みが活きる市場を作るかの選択です。
もし前者を選ぶのであれば、先行するグローバルジャイアントにならい「スピード」と「スケール」を徹底する必要があります。ゲームのルールと勝つための要諦が定義され日本企業の独自性が入り込む余地は少ないです。
第二次世界大戦中「マッカーサーの参謀」と言われ、優れた分析力で知られた日本陸軍堀栄三氏の言葉「アメリカ軍の鉄量に対するには鉄量を以ってするほかなし」に学び、他企業を凌駕するスピードとスケールを充足する必要があります。
作成:アクセンチュア
一方、日本の独自性を活かせる新たな市場創造を考える場合、その市場はどこにあるのでしょうか。
上に示したのは、縦軸に「デジタルの発展度」、横軸に「市場の大きさ」を取った模式図です。
グローバルジャイアントがメインターゲットに据えている市場は一番左端のエリア、つまりデジタルで完結し、かつ場所や言語を選ばず世界共通で存在するニーズに応えるプロダクトやサービスが該当するビジネス領域です。Google検索、TwitterやInstagramなどのSNS、NetflixやAmazon Prime Videoなどの映像配信サービスなどが該当します。ユーザー数が10億人を超えるサービスも珍しくない領域です。
図の中間に位置するのが、デジタルで完結しうるものの、国ごとに異なる法令や税制への準拠、許認可を要するビジネス領域です。これまでですと、通信や製薬、自動車など「国境がある産業」と言われていた領域で、最近ではUberのようなライドシェアサービスなどがこのエリアに当てはまります。グローバルジャイアントが次に狙おうとしている市場です。
さらに図の右側は、地域特性や文化の違いに対応すべきビジネス領域で、右に行けば行くほど考慮すべき項目が増えていきます。
たとえば同じ日本でありながら異なる文化や嗜好をもつ関東と関西で、サービス内容を変えるようなイメージです。完全自動運転の実現が難しいのも、その技術だけではなく、高精細な地図を地域ごとに揃える必要がありそのコストが膨大であることがあげられます。それぞれの市場は小さいですが、世界中に無数とも言えるほど多くのマーケットが存在するビジネス領域です。
筆者は、前回までの論考を踏まえ上に示した図の「右側」にこそ、グローバルジャイアントが参入しにくく、多様な価値観を重ね合わせてきた日本がもっとも力量を発揮できる領域であると確信しています。
では、具体的にどのように検討を深めるべきか、その論点を「戦略」「リーダーシップ」「オペレーション」の3レイヤーに分けて解説します。
⚫︎1:戦略:少量多品種に対応し多様性を追求
古い経営学の教科書を開くと、プロダクトの価値は「コストバリュー」と「プレミアムバリュー」のふたつであると書かれています。
大量生産による低コスト化、そして機能やデザイン、ブランディングによるプラスαの価値こそがプロダクトの魅力を高めるということです。しかし1980年代に入ると日本企業が新たな価値を生み出しました。「少量多品種生産」です。
半導体製造装置や医療機器、航空機やロケットなど、民生品と比べ非常に高度な加工精度が要求される精密板金加工分野は、一品あたりの生産量は非常に限られる一方品数は多く、また製品ごとに多様な仕様要求に応える必要があり高い利潤を得ることが難しい産業と言われてきました。
そんな中、日本の町工場は工場同士で連携を組み、圧倒的なオートメーション化を図り、また高額の工作機械を共同で購入しそれをカスタマイズし、最終的には「一日板金」「一個生産」を実現してきました。
最近では、全国の印刷工場を束ね多種多様な印刷物を請け負うラクスル、金属加工分野で言うとキャディのように、デジタルの力を活用し経験豊富な職人の技術、特殊な加工設備を有する工場の生産力を最大限に引き出すBtoBマッチングサービス、累計出品点数が25億を超えたメルカリのビジネスはCtoCビジネスなど、多様性を軸とした日本の強みを生かしたデジタルビジネスも立ち上がってきております。
また、グローバル展開している一部の日本企業では、古くから本社と海外現地法人とで異なる経営方針・販売施策及び社員の採用基準を用いている企業もあります。日本では正しいとされる方法が現地で通用するとは限らないためです。これはトップダウンによる中央集権的なガバナンスを是とする欧米企業ではあまり見られない傾向と言えるでしょう。
ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と受容)は、欧米からきた新しい概念として受け止められていますが、多様な存在を認め活用する「アワセとソロイ」、自然を規範とし努力と研鑽を厭わない「シゼンとキンベン」という、古くから日本人が大切にしてきた特性そのものであり、今日のビジネスを考える上でも、この特性を活かすべきだと筆者は考えます。
⚫︎2:リーダーシップ:日常感覚に訴えるストーリーを提示
日本企業はトップダウンでは動かない。いろいろな所で聞く言葉であり、そのように感じる方も多いと思います。一方、前回紹介した石田三成のリーダーシップに見るように、トップに大義を与えつつ、「オモカゲ」として象徴的な存在とし、そこから「ウツロイ」として執行権限を握った現場の納得感が醸成された時に、日本人の集団を大きな力を発揮します。
現場の納得感は、その仕事が日常の中の喜びを生み、自らを高めることにつながると感じた時に醸成されることを、我々が持つ「シゼンとキンベン」の特性が教えてくれます。
かつてホンダは、のちに業務用オートバイとして大ヒットするスーパーカブの広告で、排気量や馬力よりも大きな文字を用いて、集団就職で上京したばかりの青年に「片手運転もOKの素晴しい性能・ボクだって働きがいがあります」と語らせ、多くの共感を得たといいます。(参考: HONDA)
こうした日常感覚に訴える広告戦略は、ホンダの創業者である本田宗一郎の発案によるもので、居丈高に性能を誇示するよりも日常感覚に訴えるストーリーを選ぶことによって、消費者の心をつかむとともに、社員のモチベーションを高め、ホンダが体現すべきフィロソフィーを浸透させるのに成功したと言われています。
情報出版事業からテックカンパニーへの転換に成功したリクルートも、社員の意欲をかき立てることに長けた企業のひとつです。同社では事業部ごとに半期に1度開催する、全社社員参加の「キックオフ」の場で、ビジネス最前線で奮闘した写真にスポットを当てたたえ、社員にとっての身近なヒーローを作り出します。これは現場のやる気に火をつけ、経営ビジョンの再確認と今後の事業戦略の浸透を図るのにも有効だからです。
⚫︎3:オペレーション:企業内の共通事業基盤の確立
少量多品種から転じて、ニッチ市場を狙った小規模事業を展開するうえで、コスト競争力が大きな課題となります。我々の諸先輩方はそれを徹底したオートメーションで工場内を最適化してきました。
工場を企業に見立てれば、デジタル化・共通化によって、企業内のオペレーションコストを下げる余地はまだまだ十分にあります。また、デジタルを前提としたビジネスプロセスを再構築すること、個別事業の特殊性を保ったまま、ミドル・バックエンドを共通化することも可能になってきました。
事実アクセンチュアでは、世界200箇所の拠点で個別の顧客に最適化されたサービスを展開しながら、バックエンドの仕組みは世界で標準化されており、非常にコスト競争力のあるビジネスオペレーションが構築されております。
このような仕組みを日本企業型にアレンジすることで、小規模ビジネスにコスト競争力を付与し、新たな企業基盤を確立することができれば、グローバルジャイアントとは一線を画した事業展開が可能であると考えます。
いかがでしょうか。業種や業態により選ぶべきビジネスは異なるでしょうが、今後の日本企業の勃興のための検討の一助になれば幸いです。