陽子に新たな素粒子が含まれている可能性が浮上!教科書に書き直し必須か?
ナゾロジー より 220821 川勝康弘
Credit: MIT Center for Art, Science & Technology . ナゾロジー編
⚫︎高校物理の教科書も書き換わるかもしれません。
国際的な研究組織「NNPDFコラボレーション」によって行われた研究によって、陽子の内在的な因子として、新たにチャームクォークと反チャームクォークのペアが含まれる可能性が明らかになりました。
これまで物理の教科書には「陽子は2個のアップクォークと、1個のダウンクォークが結合したものである」と書かれていましたが、これからは、さらにチャームクォークと反チャームクォークのペアを加えて記入する必要があるかもしれません。
しかし、陽子の基本的な構成要素であるにもかかわらず、なぜこれまでチャームクォークの存在は知られていなかったのでしょうか?
研究内容の詳細は2022年8月17日に『Nature』にて掲載されています。
ーー目次
陽子に新たな素粒子が含まれている可能性が浮上!
陽子に含まれるチャームクォークは陽子よりも重い
人工知能が物理学を切り開く
国際的な研究組織「NNPDFコラボレーション」によって行われた研究によって、陽子の内在的な因子として、新たにチャームクォークと反チャームクォークのペアが含まれる可能性が明らかになりました。
これまで物理の教科書には「陽子は2個のアップクォークと、1個のダウンクォークが結合したものである」と書かれていましたが、これからは、さらにチャームクォークと反チャームクォークのペアを加えて記入する必要があるかもしれません。
しかし、陽子の基本的な構成要素であるにもかかわらず、なぜこれまでチャームクォークの存在は知られていなかったのでしょうか?
研究内容の詳細は2022年8月17日に『Nature』にて掲載されています。
ーー目次
陽子に新たな素粒子が含まれている可能性が浮上!
陽子に含まれるチャームクォークは陽子よりも重い
人工知能が物理学を切り開く
⚫︎陽子に新たな素粒子が含まれている可能性が浮上!
物理学の教科書には、上の図のように、陽子は3個のクォーク(アップ2個・ダウン1個)がグルーオンによって結び付けられた状態として記されています。
しかし実は、物理学者たちは何十年も前から、陽子の内部にはチャームクォークと反チャームクォークと呼ばれる別の素粒子ペアが存在しており、陽子の運動量や質量の一部を担っているかもしれないと、疑っていました。
ですが、この仮説(陽子にチャームクォークのペアが含まれること)を実験的に確かめるのは、極めて困難でした。
陽子にどんな素粒子が含まれているかを確かめるには、衝突実験によって陽子を砕き、飛び散った素粒子を観測する必要があります。
しかし厄介なことに、小さなサイズの世界では、陽子に含まれている素粒子と飛び散った素粒子が一致するとは限りません。
私達の住む宇宙を極めて小さなサイズで観測すると、真空から素粒子が対生成されては対消滅していく様子がみられます。
特に高エネルギーでの衝突実験を行った場合には、陽子の構成材料以外の多様な粒子が生成され、検出器で観測されることが知られています。
衝突によってどんな未知の粒子が生成されるかを調べるだけならば、それでも問題はありません。
しかし実際、衝突実験を行うと、高エネルギーに誘発された外因性のチャームクォークが空間から生成されることが知られています。
そうなると飛び散ったチャームクォークたちが元々、陽子内部に存在する要素(内在的要素)なのか、高エネルギー衝突の影響を受けて新たに陽子内部に現れた要素(外在的要素)なのかを判別するのは極めて困難でした。
そこで今回、NNPDFコラボレーションの研究者たちは、膨大な観測データの分析や複雑な判別を人工知能(ニューラルネット)を用いて分析することにしました。
実験に当たってはまず、実際に存在するかどうかを気にせず、あらゆるクォークによって構成される、仮想の陽子が想定され、実際に行われた50万件を超える衝突実験の結果や理論値との比較が行われました。
条件に縛られない学習を行うことで、人間の物理学者が思いつかないモデルを生成したり、人間の偏った測定の可能性を減らすことが可能になります。
するとニューラルネットは学習により、特定の陽子の構成要素が、どのような素粒子の飛び散り方をするのかを正確に予測することができるようになりました。
次に研究者たちは、学習済みのニューラルネットに対して、陽子にチャームクォークが内在的に含まれる場合と、そうでない場合のどちらが実験結果に即するかを尋ねてみました。
結果、陽子にチャームクォークが含まれている場合のほうが、さまざまな実験結果や理論値とつじつまが合うことが判明します。
一方で、陽子にチャームクォークが含まれない場合でも同じ実験結果になる可能性(間違っている可能性)は、わずか0.3%(σ3)となりました。
今回の研究を行った研究者の1人Rojo氏は「非常に異なる実験が、どれもチャームクォークがある条件のほうがつじつまが合うという結果に収束する事実は、私達の結果が確かなものであるという自信になる」と述べています。
では、陽子の中にチャームクォークがあるとして、影響度はどれほどのものだったのでしょうか?
それを理解するには、次の大きな矛盾点を超えなければなりません。
⚫︎陽子に含まれるチャームクォークは陽子よりも重い
今回の研究では、陽子におけるチャームクォークの影響度も算出されています。
陽子にチャームクォークが存在する場合に、どれほどの影響度になるかは、単なる重量比率を超えた極めて重要な問題です。
というのも、チャームクォーク1個の重さは、陽子よりも重いからです。
陽子より重い素粒子が陽子に入っていると考えると、頭がこんがらかりそうになるかもしれません。
しかし量子力学において、粒子は確率的にしか存在できないという大原則があるため、この混乱は回避できます。
量子力学の領域にある粒子の多くは存在する場合と存在しない場合が重ね合わさっており、観測によってはじめて状態が確定するのが基本となっています。
つまりある時点で陽子の内部を調べた場合にはチャームクォークは存在しないものの、別の状況で調べた場合には、チャームクォークが存在しているという結果が得られるため、観測された素粒子の質量を真面目に加算して陽子の質量と比べることにあまり意味はないのです。
なにやら煙にまかれたような、屁理屈のような話に聞こえますが「確率的にしか物体が存在できない世界」では、日常生活レベルでの足し算や引き算が上手く機能ないことがよくあります。
一方で、陽子に内在するチャームクォークが一定確率で検出され続ける場合、陽子の内部には陽子に属するチャームクォークが「ある」と結論されます。
確率的にしか物体が存在できない世界では、一定確率で検出されることが存在の根拠となりえるからです。
(※検出される確率は同じ実験条件ならば一定の数値に収束します)
またチャームクォークが存在する場合の影響力を調べたところ、チャームクォークは陽子全体の運動量のうち約0.5%を占めていることが示されました。
研究者たちは陽子の基本構造を正しく理解することは、続く他の実験にも影響を与える可能性があると述べています。
たとえば、宇宙線が大気に衝突してニュートリノを生成する確率は、陽子に含まれるチャームクォークの存在に非常に敏感であると考えられます。
⚫︎人工知能が物理学を切り開く
今回の研究により、宇宙で最もありふれた存在である陽子にはチャームクォークと反チャームクォークが存在する可能性が、ニューラルネットを用いて示されました。
無数の異なる実験条件と観測結果を学習することでニューラルネットは、陽子の内部に内在的なチャームクォークがある場合とない場合では、ある場合のほうが妥当性が高いと判断したのです。
また分析結果をもとに結論の強固さを調べたところ、陽子に内在的なチャームクォークが存在する可能性は99.7%の確かさ(3σ)と算出されました。
類似の人工知能を用いた研究はヒッグス粒子の発見にも役立てられた業績があり、今後の物理学において人工知能による導きは重要となっていくでしょう。
ただ一般に物理学において新しい素粒子を発見したと表現できる基準は「99.9999%の確かさ(5σ)」とされています。
このため3σで確認された場合は、結果について「兆候が見られる」という表現に抑えられます。
研究者たちも,最終的な結論を出すには,より多くのデータが必要であると述べています。
しかし結論が正しければ、陽子が本質的に含んでいる素粒子として、新たにチャームクォークと反チャームクォークの存在が新たに教科書に書き加えられるでしょう。
⚫︎参考文献
Protons contain intrinsic charm quarks, a new study suggests https://www.sciencenews.org/article/proton-charm-quark-up-down-particle-physics
⚫︎元論文
Evidence for intrinsic charm quarks in the proton https://www.nature.com/articles/s41586-022-04998-2
しかし実は、物理学者たちは何十年も前から、陽子の内部にはチャームクォークと反チャームクォークと呼ばれる別の素粒子ペアが存在しており、陽子の運動量や質量の一部を担っているかもしれないと、疑っていました。
ですが、この仮説(陽子にチャームクォークのペアが含まれること)を実験的に確かめるのは、極めて困難でした。
陽子にどんな素粒子が含まれているかを確かめるには、衝突実験によって陽子を砕き、飛び散った素粒子を観測する必要があります。
しかし厄介なことに、小さなサイズの世界では、陽子に含まれている素粒子と飛び散った素粒子が一致するとは限りません。
私達の住む宇宙を極めて小さなサイズで観測すると、真空から素粒子が対生成されては対消滅していく様子がみられます。
特に高エネルギーでの衝突実験を行った場合には、陽子の構成材料以外の多様な粒子が生成され、検出器で観測されることが知られています。
衝突によってどんな未知の粒子が生成されるかを調べるだけならば、それでも問題はありません。
しかし実際、衝突実験を行うと、高エネルギーに誘発された外因性のチャームクォークが空間から生成されることが知られています。
そうなると飛び散ったチャームクォークたちが元々、陽子内部に存在する要素(内在的要素)なのか、高エネルギー衝突の影響を受けて新たに陽子内部に現れた要素(外在的要素)なのかを判別するのは極めて困難でした。
そこで今回、NNPDFコラボレーションの研究者たちは、膨大な観測データの分析や複雑な判別を人工知能(ニューラルネット)を用いて分析することにしました。
実験に当たってはまず、実際に存在するかどうかを気にせず、あらゆるクォークによって構成される、仮想の陽子が想定され、実際に行われた50万件を超える衝突実験の結果や理論値との比較が行われました。
条件に縛られない学習を行うことで、人間の物理学者が思いつかないモデルを生成したり、人間の偏った測定の可能性を減らすことが可能になります。
するとニューラルネットは学習により、特定の陽子の構成要素が、どのような素粒子の飛び散り方をするのかを正確に予測することができるようになりました。
次に研究者たちは、学習済みのニューラルネットに対して、陽子にチャームクォークが内在的に含まれる場合と、そうでない場合のどちらが実験結果に即するかを尋ねてみました。
結果、陽子にチャームクォークが含まれている場合のほうが、さまざまな実験結果や理論値とつじつまが合うことが判明します。
一方で、陽子にチャームクォークが含まれない場合でも同じ実験結果になる可能性(間違っている可能性)は、わずか0.3%(σ3)となりました。
今回の研究を行った研究者の1人Rojo氏は「非常に異なる実験が、どれもチャームクォークがある条件のほうがつじつまが合うという結果に収束する事実は、私達の結果が確かなものであるという自信になる」と述べています。
では、陽子の中にチャームクォークがあるとして、影響度はどれほどのものだったのでしょうか?
それを理解するには、次の大きな矛盾点を超えなければなりません。
⚫︎陽子に含まれるチャームクォークは陽子よりも重い
今回の研究では、陽子におけるチャームクォークの影響度も算出されています。
陽子にチャームクォークが存在する場合に、どれほどの影響度になるかは、単なる重量比率を超えた極めて重要な問題です。
というのも、チャームクォーク1個の重さは、陽子よりも重いからです。
陽子より重い素粒子が陽子に入っていると考えると、頭がこんがらかりそうになるかもしれません。
しかし量子力学において、粒子は確率的にしか存在できないという大原則があるため、この混乱は回避できます。
量子力学の領域にある粒子の多くは存在する場合と存在しない場合が重ね合わさっており、観測によってはじめて状態が確定するのが基本となっています。
つまりある時点で陽子の内部を調べた場合にはチャームクォークは存在しないものの、別の状況で調べた場合には、チャームクォークが存在しているという結果が得られるため、観測された素粒子の質量を真面目に加算して陽子の質量と比べることにあまり意味はないのです。
なにやら煙にまかれたような、屁理屈のような話に聞こえますが「確率的にしか物体が存在できない世界」では、日常生活レベルでの足し算や引き算が上手く機能ないことがよくあります。
一方で、陽子に内在するチャームクォークが一定確率で検出され続ける場合、陽子の内部には陽子に属するチャームクォークが「ある」と結論されます。
確率的にしか物体が存在できない世界では、一定確率で検出されることが存在の根拠となりえるからです。
(※検出される確率は同じ実験条件ならば一定の数値に収束します)
またチャームクォークが存在する場合の影響力を調べたところ、チャームクォークは陽子全体の運動量のうち約0.5%を占めていることが示されました。
研究者たちは陽子の基本構造を正しく理解することは、続く他の実験にも影響を与える可能性があると述べています。
たとえば、宇宙線が大気に衝突してニュートリノを生成する確率は、陽子に含まれるチャームクォークの存在に非常に敏感であると考えられます。
⚫︎人工知能が物理学を切り開く
今回の研究により、宇宙で最もありふれた存在である陽子にはチャームクォークと反チャームクォークが存在する可能性が、ニューラルネットを用いて示されました。
無数の異なる実験条件と観測結果を学習することでニューラルネットは、陽子の内部に内在的なチャームクォークがある場合とない場合では、ある場合のほうが妥当性が高いと判断したのです。
また分析結果をもとに結論の強固さを調べたところ、陽子に内在的なチャームクォークが存在する可能性は99.7%の確かさ(3σ)と算出されました。
類似の人工知能を用いた研究はヒッグス粒子の発見にも役立てられた業績があり、今後の物理学において人工知能による導きは重要となっていくでしょう。
ただ一般に物理学において新しい素粒子を発見したと表現できる基準は「99.9999%の確かさ(5σ)」とされています。
このため3σで確認された場合は、結果について「兆候が見られる」という表現に抑えられます。
研究者たちも,最終的な結論を出すには,より多くのデータが必要であると述べています。
しかし結論が正しければ、陽子が本質的に含んでいる素粒子として、新たにチャームクォークと反チャームクォークの存在が新たに教科書に書き加えられるでしょう。
⚫︎参考文献
Protons contain intrinsic charm quarks, a new study suggests https://www.sciencenews.org/article/proton-charm-quark-up-down-particle-physics
⚫︎元論文
Evidence for intrinsic charm quarks in the proton https://www.nature.com/articles/s41586-022-04998-2