惣無事令…
秀吉の許可なくして戦が出来なくなるという事ですが、
武将同士の争いの殆どは土地問題です。
戦が出来なくなった代わりに秀吉が裁定を下さなくて
はならなくなります
一所懸命と言いますが、武士は命懸けで土地を守るも
のです
理不尽な裁定を下すと禍根が残り豊臣政権が揺らぐ事
にもなりかねません
鎌倉幕府二代将軍・源頼家も土地争いに対する裁定が
元で失脚したとも言われています
ある意味、戦で解決するより難しいかも知れませんね
いよいよ戦国裁判の始まりです。
被告・真田、原告・北条、裁判官・石田三成と秀次、
証人・本多正信、各々の思惑が絡んだ裁判です
裁判長・秀吉の判決が見物ですね。
判決…
沼田の2/3北条、残りの1/3を真田、徳川が真田へ代替
地を用意する。
北条氏政が上洛する。
掻い摘んで言うとこんなところでしょうか。
秀吉は北条氏直に大きく譲歩し沼田領の割譲と引き換え
に氏直の上洛を約束させます
長く続いた沼田領問題は秀吉によって解決されますが、
三か月後大問題が発生、いわゆる名胡桃城事件
この事件が引き金となって北条征伐が発動されます。
沼田城に入ったのは北条の中でも親秀吉と言われている
北条氏邦の家臣・猪俣邦憲です
その猪俣邦憲が名胡桃城の城代・鈴木主水を騙し城を乗
っ取ってしまいます
明らかな惣無事令違反。
そもそも沼田城の目と鼻の先に在る名胡桃城だけを何故?
真田領として秀吉は認めたのでしょうか??
秀吉の作為が感じられます
伊達・徳川⇔北条との間に楔を打つ為の時間稼ぎだったの
ではないのでしょうか??
戦国時代では名胡桃城事件のような争いは日常茶飯事です
が、天下人・秀吉が出した惣無事令に違反したのは確か。
何れこのような争いが起きると秀吉には確信があったと僕
は思っています
氏政が速やかに上洛し秀吉に謁見し形だけでも臣従してい
れば別ですが、大大名北条を潰す大義名分を秀吉に与えて
しまった北条氏政は凡庸な国主だったのでしょうね
ところで
個人的には裁判官・秀次が言った言葉がとても印象的でした
「譲り渡すにせよ、奪い取るにせよ、沼田城が暗に真田の城
だと認めている事にならないか?もし、沼田が北条のものだ
とすれば、取り返す、奪い返すと言うべきである。語るに落
ちるとはこの事。」
ドラマでは無能力な二代目として描かれていましたが、好人
物の片鱗を見せましたね
もし?秀次が殺されなかったなら…
豊臣家はあんなに早く滅亡しなかったと今でも確信している
僕なのです