公暁を焚き付ける三浦義村
義村としては、公暁の鎌倉殿就任を逃すと、御家人の
トップに立つ悲願を叶えられません
ここが勝負どころと踏んだのでしょうか
京と鎌倉の仲立ちとして政権の中枢で権力を得ていく
源仲章ですが、「執権になっちゃおうかな~。」と義時
に嘯くのには笑ってしまいました
世の中そうは上手くいきません。
慎重さが薄くなると墓穴を掘るものですが、義時の妻・
のえにも色仕掛けで迫るとは驚きです
何でも有りの様相と化してきましたね
公暁は実朝の猶子となっていますが、おそらく政子の意
向が強く働いたのでしょうね
実朝と公暁は親子関係を結んだ事になるので、この時点
での次期鎌倉殿は公暁にも権利が生じます
出家してから六年後、政子の命で公暁は鶴岡八幡宮の別
当に就任します
普通に考えると、別当就任で鎌倉殿の目は無くなったと
考えるのが自然です
成長するにしたがって、公暁は実朝の次は自分だとの思
いが強くなっていたのかも知れません
「源氏の血筋は自分で絶える。」と言った実朝に対して
も徐々に憎悪の気持ちが膨れ上がったのかも知れません
後鳥羽上皇の皇子を宮将軍として鎌倉に招き入れる手筈
になったと知った公暁の怒りは想像を絶します
もし、公暁を将軍に据えるとなれば義時も黙っていない
筈
公暁が将軍になれば、何れ義時は粛正される可能性が大
きいからです
父・頼家を殺した北条への恨みは、よほどの事が無い限
り消える事はないのです
公暁として、頼るのは乳母父でもある三浦義村しかいま
せん
義村も北条に替わり執権となれば、公暁と二人で幕府の
実権を握れると考えたとしても不思議ありません
しかし、ここでも義村は動きません。
何という忍耐力でしょうか
義村は五割の可能性が有っても動かないのです。
間違いなく勝てる戦いしかしないと言う、強い信念に似
た様なものを感じますね
ところで…
実朝のあまりにも早いスピード出世。
分不相応な官職を次々と与えられ、不幸を呼び込む官打
ちそのものですね
最終的に右大臣となり、その拝賀の式典で殺されてしま
うのですから、絵に描いたような官打ちです
鎌倉はあくまでも武士政権
和歌や蹴鞠などに現をぬかし、官位だけ上昇するのをみ
ている御家人達にとって、もはや鎌倉殿ではなく公家と
しての実朝としか見えていなかったのかも知れません
官打ち=呪いとは言い切れませんが、武士達との間に隙
間風が吹いた事だけは間違いなさそうです
そう言う意味では、後鳥羽上皇の思う壺に嵌ったのかも
知れませんね
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