◆大阪を撮影している写真家・奥田健一氏から作品図録を頂いた。写真展「奥田健一の大阪」(於・ギャラリートラヤ)というタイトルがついている。作品はすべて白黒で、「とかげの散歩(大阪城公園)「街頭法師(JR「大阪駅」前歩道橋)」「法善寺横丁とジャンジャン横地丁」「新世界組(新世界)」「さようなら(梅田『新梅田食堂街』)」など、いずれも今の大阪の日常を切り取っていて、のどかな雰囲気が漂う。それらは、大都会大阪の「平成」でありながら、懐かしい「昭和の風景」であり、大阪人の相も変わらない旺盛な生活感とも言える。
◆奥田氏は1977年大阪市阿倍野区生まれ、新進気鋭の写真家である。コンビニエンスストアの夜勤の傍ら、昼間は大阪のスナップを撮影する生活を開始して、大阪のほか、東京でも個展を開き、今日に至っているという。身の回りのスナップは、新聞で言えば、「絵と記(絵解き)」に使われる。日常生活の森羅万象に、時代の息遣いや変化を読み解くことができる。何万語を費やして書いた文章も、たった一枚の写真には勝てない。しかも、瞬間のシャッターチャンスは、一度限りである。しかし、どんな瞬間を狙ってシャッターを切るかは、写真家が何をテーマにしているかによって異なる。奥田氏のテーマは、目下、「大阪の今」ということであろう。
◆先月、酒田市を訪れた際、案内された市立美術館で、写真家、青野恭典氏の作品を鑑賞した。青野氏は、鳥海山を中心とした庄内地方の景色をこよなく愛しておられ、多くの作品の題材としてきた風景写真を展示し、自ら解説されていた。朝早くから重さ20キロもする機材を担いで、山野に分け入り、シャッターチャンスを狙うとその苦労を語っておられた。作品はみな、大自然に宿る神霊をとらえていて、その清純に心洗われる思いがした。次に、同館で市原基氏の写真展「ヒマラヤ水系」を鑑賞した。さらに近くにある「土門拳記念館」にも案内され、名作「古寺巡礼」を堪能させてもらった。写真界の「鬼」と言われた土門氏が最初に手がけたのは、報道写真だった。後年、最も大切にしたテーマは、「日本」そして「日本人」だった。没後20年になるけれど、いずれも不滅の業績である。
◆写真家と一口に言っても、青野氏や市原氏、土門氏がみな違うように、いろいろなタイプがある。ピュリッツア賞狙いの写真家の多くは、戦場カメラマンとして砲弾や銃弾飛び交う戦地に飛び込む。だから、大自然をテーマにするもよし、人物にフォーカスを当てるもよし、大阪府の橋下徹知事の日々を追うのもよし、大阪落語、漫才、文楽などの世界を記録し続けるのもよし。土門氏は「日本人としてのぼくは、どこの国よりも、日本が大好きである。そして日本的な現実に即して、日本的な写真を撮りたいと思っている」(「死ぬことと生きること」より)と述べているように、脳溢血で倒れて九死に一生を得た土門氏は、「仏像」に魅せられた。奥田氏が、大阪の日常を皮切りに、今後、どんな世界にチャレンジして行かれるのか、楽しみであり、若き才能に大いに期待したい。