和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

「意味」

2008-12-16 23:03:53 | 小説。
目を覚ますと、白い部屋にいた。

ゆるゆると起き上がり、改めて周囲を見回す。
天井も床も壁も真っ白。
目の前の壁には扉らしきものがひとつあるが、それ以外の壁には何もない。
窓も、通気口も、何もない。
天井には照明がある。が、ここでは大した意味はない。
床には、何故か少量の水と食料が置いてある。

僕は、ひたすら考える。

ここはどこだ。
いつから――何故、僕はこんなところにいる。

考えろ――
――考えろ。

とにかく、まだまだ情報が足りない。
僕は再度、周囲を調べる。
今度はより入念に、壁に歩み寄り、細かく細かく調べ上げる。

すぐに気付いた情報は、まずひとつ。
扉のすぐ脇に、赤い、妙なボタンがある。
このボタンは、何だ。
普通に考えれば、扉を開くボタンだろう。
逆説的に、この扉にはカギがかかっているということになるが――
案の定、扉は押しても引いてもビクともしない。
やはり、このボタンが開錠のスイッチなのだと推測できる。

だが、僕は安易にそれを押すことはしない。
何事も慎重に。それが僕の信条だ。

僕はもう少し、周囲を調べることにする。
次に気になるのは、水と食料だ。
これは――口にしても大丈夫なものか?
水は、よくある2Lペットボトル。
開封された形跡はない。
蓋をあけ、少しだけ口に含む。
無味、無臭。おそらく、普通の水だろう。
そして、食料は、200~300グラム程度だろうか、干し肉のようだった。
こちらは取り敢えず置いておくことにする。
最悪、水さえあればしばらくはしのげるだろうという考えだ。

――さて、早くも手詰まりとなった。
周囲を調べた結果は、これだけだ。
となると、やはりポイントはあの扉の脇にあるボタンだが。
もう一度、改めてボタンを眺める。
そこでふと――ペンキの臭いに気が付いた。
それは、一度気付いてしまえば逆に気にならなかったことが不思議なほどだ。

ペンキ。
誰に言うでもなく、ぼそり、と呟く。
そして、ボタンの上部・・・ペンキが、剥げかけていることに気付く。

何だこれは。
気になって、爪でガリガリとそのペンキを剥ぐ。
パラパラ、パラパラと、よく見れば雑なその塗装は勢い良く剥がれていく。
そして、剥げたペンキの下には、こんな文字が書いてあった。

『 SwitcH / を / 押セ! 』

――スイッチを、押せ。
スイッチのすぐ上に、敢えて剥げ易い塗装で隠して書く内容とは思えない。
これは、ストレートに受け取ってはいけない。
明らかに、あからさまに、罠だ。
しかし・・・何の為に?
一体、何の意味がある?

僕は考える。

この部屋に、この扉に、このスイッチに、この食料に。
一体何の意味がある!?

目覚めた位置まで後ずさり、腰を下ろして考える。
慎重に、慎重に。

――SwitcH、を、押セ!
英語、記号、平仮名、記号、漢字、カタカナ、記号。
6文字、1文字、3文字。
switch、wo、ose。
すいっち、を、おせ。

ぐるぐると、これまでに目にした暗号の解法が頭の中を駆け巡る。
が、しかし、得心のいく解には辿り着けない。

そうして、どれほどの時間が経っただろう。
手元のペットボトルは、8割がた空になっていた。
数時間?
否、半日。もしかしたら、丸一日?
ポケットに入れていたはずの携帯は抜き取られていたから、時間も分からない。

ああ――
さすがに、限界だ。
分からない。
何ひとつ、意味が、分からない。

何の意味がある何の意味がある何の意味がある何の意味がある何の意味がある
何の意味がある何の意味がある何の意味がある何の意味がある何の意味がある!

ゆらり、と立ち上がり――僕は勢いに任せて、スイッチを、押した。

がちゃり。
ぎい・・・。

扉が、チープな音を立てて開く。

ああ、何の罠も――なかったというのか。
否、まだ早い。気を抜くな。落ち着いて、考えろ。
まずは――新しい情報の入手だ。
僕は、開いた扉の向こうを覗き込む。

そこは、白い部屋だった。

ここと同じ、白い部屋だった。

そして、同じように――男が一人、閉じ込められていた。

「ああ、君は――スイッチを押したのか」

男は、驚いたようにそう呟いた。僕はそれに答える。
「押した。意味が、分からなくて、じっとしていられなかった」
「そうか・・・罠などがなくて何よりだ。それよりも――」
情報交換といこうじゃないか。
男はそう提案した。

お互いの部屋は、同条件だった。
照明、扉、スイッチ、水、食料。
そして、閉じ込められた男。

すなわち。

扉一枚隔てて、お互いの部屋が、、、、、、、お互いの部屋を、、、、、、、封じていた、、、、、

何という――密室。
あまりにも意味不明。

「こうは考えられないかね」
男は、持論を展開する。
――この部屋は、我々を囲むように作り上げられたのではないか?
気絶した二人を、所定の位置に寝かせる。
急作りで薄く軽い壁を組み、扉を作り、スイッチを組み込む。
天井で蓋をして、完成。
この間、短ければ1日程度で可能らしい。
1日程度ならば――場合によっては、目を覚まさないこともあるだろう。
何らかの薬物を用いれば――。

なるほど、なるほど――。
辻褄は、合う。
しかし、辻褄が合うだけだ。
やはりここでも意味が分からない。

「一体、犯人の目的は何だというのだ!」
僕はたまらず喚いた。
「目的、そうだな。例えば――君は金持ちじゃないかね?」
「いや、ごく平均的だと思う」
「そうか。私の方は財布を盗まれていてね――金目当ての線を考えたのだが」
まぁ、たった1万程度だがね、と男は笑った。
僕の財布は――あった。額は3万円程度。盗まれてなどいない。
盗まれたのは、携帯だけだ。
「・・・携帯?つまり、それは・・・『情報』ではないかね?」
――情報!
確かに、携帯には莫大な情報が入っている。
会社の電話番号、取引先や、その要人の連絡先。
「情報が欲しかった・・・?」
「可能性は否定できまい」
だが、その程度の情報であれば世の中のあらゆる人の携帯に入っているだろう。
確かに重要なものだが、僕をピンポイントで狙う意味はないように思う。

「そちらは、何か盗まれた情報は?」
僕は、男に質問を返した。
「携帯は勿論、手帳も無事だね」
胸ポケットから手帳を出し、へらへらと笑う。
「あなたは、金。僕は、情報。互いに・・・一応盗まれてはいるわけだ」
「そうなるかな」
しかし。
「やはり、意味が分からない」
そう、意味不明。
だが、それでも――必ず、意味はあるはずだ。
僕と彼を誘拐し、こんな大掛かりな密室に閉じ込めた理由。

「意味、意味ね・・・確かに、意味が重要だ」
男は独り言のようにそう言った。
「金、情報。それ以外には・・・怨恨かな」
「怨恨?」
「ああ。君には、家族はいるかね?」
――家族。そこで浮かぶのは。
「両親はいるが、妻や子はいない」
「なるほど。私も同様だ」
「僕を・・・僕たちを誘拐して、両親に嫌がらせを?」
「と、考えたが。考えにくいかね?」
それもやはり、ないとは言えない。
しかし、可能性としては薄いだろう。
それは、僕の携帯のメモリーくらいに。
それは、彼の財布の中身くらいに。

「考えろ、考えろ・・・必ず」
「ああ、考えよう・・・必ず」
「意味があるはずだ」
「意味があるはずだ」
そして、それがここから脱出するキーになるはずだ。

その時不意に。
薄い壁の向こうから、甲高い男の声が聞こえた。



「意味なんかねえよ、バァカ!」



――次の瞬間、照明が落ち、世界は深い闇に閉ざされた。
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